第30話 光主の決意

「最後は私ですね。私の名前は空月です。年齢は20歳。月天兄上の弟です。趣味というか私は主に光族の土地で収穫される農産物の研究をしています。よろしくお願いいたします」


 うっかり光主の方に気を取られていた美雨は慌てて自己紹介をしてくれた空月に意識を向けた。


(この方は月天様の弟なのね。確かに姿は月天様に似ているわ)


 空月は兄の月天と同じ淡い金髪に色味の薄い金の瞳をしている。

 ただ月天と違うところは月天が長い髪に対して空月は肩までの短い髪だ。


「こちらこそよろしくお願いします。農産物の研究ということは空月様は学者様ですか?」


「学者というほどではありませんが昔から植物が好きでそれが転じて農産物への興味が湧きました。この国では農産物は土族の土地で収穫しているものに頼っているのが現状です。しかしそれでは土族に何か問題が起きた時に国全体が食糧難に陥る可能性もあります。なので光族の土地での農産物の収穫量を多くすればそのような時にも役立つのではないかと思うのです」


(確かに華天国の農産物の収穫量は土族が一番多いって習ったわ。空月様の言う通り土族の土地に異変があったら国全体に飢饉が起こるかもしれない。食料争奪で六部族が争わないとは限らないし)


 現在は土族から他の部族へ農産物が均等に売買されているので問題はない。

 だがもし土族の農産物の収穫量が落ちることがあれば土族だけでなく他の部族への影響も大きい。


 人は飢えることにもっとも恐怖を抱く生き物だ。

 飢饉が起きないように他の土地でも収穫できる農産物があれば皆が助かるに違いない。


(空月様は国民のために研究されているのね。月天様と違って空月様なら王配としての適性はあるかも)


 女王と王配は常に国や民のことを考えて行動することが求められる。

 空月が王配になっても研究は続けられるだろうから王配候補としては適任だ。


「空月様の研究はこの国の利益になりそうですね。とても素晴らしいと思います」


「ありがとうございます。美雨様」


 温和な笑みで空月は美雨に答えた。


「美雨様。これで光の王配候補者の紹介は終わりです。明日からは各個人と話をするのも何か行動するのも自由にしてください。彼らから美雨様をお誘いする時は美雨様の従者の方にお伝えすればよろしいですか?」


「はい。それでかまいません。それと澄光様。明日の朝はこの太陽神殿でも太陽神への礼拝が行われるのでしょうか?」


「ええ、そうですよ。それが何か?」


「では私もその礼拝に参加させてくれませんか?」


 美雨がそう申し出ると澄光は目を瞠った。


「王族の方が光族の神である太陽神を崇める礼拝に出席されてよろしいのですか?」


 王家が崇めるのはラーマ神だ。

 王女の美雨はラーマ神を信仰しなければならない。


 しかし各部族の神も正式な存在として王家は認めている。

 美雨が太陽神の礼拝に出ても問題はないはずだ。


「確かに王家はラーマ神を崇めています。けれど太陽神を始め各部族の神も正式な華天国の神です。その礼拝に出席しても問題はありません。それに王族は六部族の血が混ざった者です。私にも光族の血が流れています。なので私が太陽神を崇めることはなんら不思議ではありません」


「なるほど、美雨様の仰る通りですな。王族は誰よりも高貴な光族の血が混ざっておられる。太陽神の加護を受けるべきは美雨様かもしれませんな。それなら明日の太陽が昇る前に部屋に迎えをやりますので神殿にお越しください」


「ありがとうございます。澄光様」


「ではお部屋まで私がお送りしますので今日はゆっくりお休みください」


「はい」


 澄光に促されて美雨は部屋を出た。






 美雨が部屋を出て行くと王配候補者の面々は態度を崩す。


「はあ、王女様の前じゃ礼儀正しくしないとだから疲れるよな。でもあんな美人なら王女の夫になるのもいいかも。身体つきも俺好みだし」


「光延! 下品な物言いはやめろ。美雨様に失礼だろうが!」


 光主は自分の弟でもある光延の頭を拳で殴る。

 もちろん手加減はしているが光延の言葉に美雨王女が汚されたようで光主には怒りの感情が浮かんでしまう。


「いってえぇーっ!!」


 光延は大袈裟なほど自分の頭を手で擦った。


「フン、美雨様は私のものだ。お前たちが何をしたところで私が光の王配になることに変わりはない」


 月天は早々に捨て台詞を吐いて部屋を出て行った。


(本当はお前も殴ってやりたかったがな)


 光主は憎々し気に月天が出て行った扉を睨みつける。


「それじゃあ、今日はこれでお開きだね。美雨様が誰を選ぶかは神のみぞ知るってことかな、ハハハ」


 笑いながら光拓が席を立つと空月や光延も席を立ち部屋を出て行く。

 ひとり部屋に残された光主は溜め息を吐いた。


「まさかあの銀髪の女性が美雨様とは……神もいたずらが過ぎるよな」


 あの教会で歌を歌っていた美雨の姿が脳裏に蘇る。

 美雨がこの部屋に入って来た瞬間、光主は文字通り心臓が止まるかと思ったのだ。


 もう一度だけでも会いたいと願った女性が女王候補者で自分はその王配候補者のひとり。

 一目見るだけでもいいと思った女性の夫に自分がなれるかもしれないのだ。


 これを運命と呼ばずなんと呼ぼうか。


 美雨は女王になる存在だから自分の他にも夫を持つことになる。

 しかし他の部族の王配たちのことは後々考えればいい。


 まずは美雨に自分を光の婚約者として選んでもらうことが重要だ。

 絶対に月天たちに譲るつもりはない。


(美雨を愛するのは俺だけだ。美雨が手に入るなら光の王配でもなんにでもなってやるさ。どんな手を使ってもな)


 光主の金の瞳が妖しく輝いた。

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