第23話 光主の背中に残る傷

 自分の部屋へ向かう廊下を歩いていた光主は前から歩いてきた男を見てげんなりした気分になる。

 その男も光主に気付いたようで声をかけてきた。


「やあ、光主じゃないか。盗賊退治に出かけていたと聞いたが女王候補の美雨王女が来るから帰ってきたのか? お前は王配にはなりたくないと言ってた気がするのにやはり王配になりたくなったということか?」


 光主のことをどこか嘲るように見つめるこの男は光主の三歳年上のいとこの月天げってんだ。

 光族にしては色の薄い淡い金髪の長い髪は腰まである。そして金の瞳も淡い色だ。


 何も話さなければそれなりに美丈夫と言ってもいい男だがこの男の性格の悪さは筋金入りだとういうことを光主は知っている。

 自分こそが次代の光の王配に相応しいと思っている月天は自分の最大のライバルとなるであろう光主を嫌っていた。


 嫌いなら自分に近付かないでほしいと願う光主だが月天は族長の甥に当たる立場なので族長の息子の光主と関係なしにいられる間柄でもない。

 内心溜息を吐きながら光主は口を開く。


「女王候補者が来るのに王配候補者がそろっていなかったら光族の落ち度だと女王陛下に思われるだろうが。それに俺は別に王配を望んでいるわけではない」


「そうか。それもそうだよな。私には月神の加護があるがお前は何の加護も持たないもんな。あるのは雷神に傷つけられた醜い背中の傷くらいだしな」


 雷神と聞いて光主はピクリと反応する。


(こいつ、誰のせいで雷神に襲われたと思ってんだ!)


 思わず月天に怒鳴りそうになり光主は言葉を呑み込んだ。

 太陽神殿の中で族長の身内同士が争う姿を見せるのは良くない。


 月天に言われた通りに光主の背中には傷がある。

 雷神に鋭い爪で引っ掻かれた時にできた傷はただ切り裂かれた痕だけでなく火傷のように爛れてしまった。


 自分に醜い傷跡があること自体は光主も特に何も思わない。

 雷神に襲われなくても普通に剣で争ったってケガをすれば傷ぐらい誰でも負うだろうからだ。


 光主が許しがたいのはその雷神に襲われるきっかけを作ったのがこの目の前にいる月天だということだ。


「雷神に襲われてこれぐらいの傷で済んだのは俺の霊力が高かったおかげかもだな。どこかの誰かは「雷神降ろしの儀式」に必要な霊力を未だに持てずに雷神より格下の月神の加護を受けて満足するしかなかったようだが」


 痛烈な光主の皮肉に月天の顔が引き攣る。


 月天に加護を与えた月神は太陽神と対なる神として光族が崇拝している神だ。

 光族は太陽神を主神としているが月神も祀っている。


 光主の背中に傷跡を残した雷神は太陽神の使いの神とされていて光族の中では月神より雷神の方が格上に位置付けされていた。

 雷光を武器に攻撃する雷神は力の象徴でもありその雷神を自分の身体に宿す儀式が「雷神降ろしの儀式」だがこの雷神降ろしを行い成功させるにはかなり高い霊力が要求される。


 その証拠に月神の加護を得てる者は月天以外にも他に数人存在するが現在雷神の加護を受けている人間は存在しない。

 族長の澄光でさえ己の霊力が「雷神降ろしの儀式」を成功させるほどのものではないと自覚しているので「雷神降ろしの儀式」を行うことはしていないらしい。


 もし「雷神降ろしの儀式」を成功させて雷神をその身に宿すことができれば間違いなくその人物は光族で最強の力を手に入れたことになる。

 それぐらい雷神の加護を持つのは難しい。


 しかし月天は昔、その「雷神降ろしの儀式」を僅か13歳の時に行おうとした。

 それには月天が光主に対して強いライバル意識を持っていたことが原因のひとつだった。


 霊力の高さだけで言うならば月天も光主も同じくらいだ。

 だが光主は族長の息子であり大人たちは月天よりも光主の方に期待を寄せた。


 光主ならば将来光の王配か族長になるだろうと大人たちが話しているのを聞いて月天は自分こそが光主よりも優れているという証明をしようとまだまだ未熟者であったにも関わらず「雷神降ろしの儀式」をして雷神を自分に宿そうと考えたのだ。


 勝手に月天が「雷神降ろしの儀式」を行う分には光主には関係ないことだったのだが狡猾な月天は万が一雷神降ろしに失敗した時の為に光主を強引に自分の「雷神降ろしの儀式」に巻き込んだ。


 その時の記憶が光主の脳裏に蘇る。





「月天。どこに行くんだよ。この森は父上たちが危ないから入ってはいけないって言ってた場所だよ」


「いいから私について来い、光主」


 いとこの月天が太陽神殿の自分の部屋に突然現れて「大事な用事があるからついて来い」と言われた光主が連れて行かれたのは光の都の近くの森だ。

 この森は普段人気が無く危ない獣もいるので大人たちからは子供だけで行ってはならないと注意を受けていた。


 不満を持ちながらも10歳の光主は月天について行く。

 自分より三歳年上のいとこは機嫌を損ねるとねちねちと光主へ嫌がらせをしてくることが分かっていたので光主もなるべくなら月天を怒らせるようなことはしたくなかったからだ。


「よし、この場所でいいな」


 月天が足を止めたのは森の中の木々が無く小さな広場のようになっている場所だった。


「ここで何をするんだ?」


「黙ってお前は私の言うことを聞いていればいい」


 光主にそう言い放ち月天は地面に何やら魔法陣のようなものを描いていく。

 それは「雷神降ろしの儀式」の魔法陣だったのだがこの時の光主にはまだその知識がなかった。


「完成したぞ。光主。この魔法陣の中に入れ。私が儀式を行っている間はこの魔法陣の中にいろよ」


「別にいいけど。これって何の儀式なんだ?」


「いいから。早く言われた通りにしろ」


 月天に急かされて光主は月天と共に魔法陣の中に入ってそこに座る。

 すると月天は呪文を唱え始めた。


 呪文に反応するように魔法陣が光りだす。

 そしてそれまで青空だった空が黒い雲に覆われて辺りが一気に暗くなった。


 光主の中で嫌な予感が膨れ上がる。

 いとこが行おうとしている儀式はやってはいけない類のものではないのか。


 疑念が浮かんだ光主が月天の行為をやめさせようと口を開こうとした瞬間、空を厚く覆った黒い雲から突然大きな雷鳴と共に雷が地面に向かって落ちた。

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