第26話 太陽神殿の存在意義

「さあ、これで完璧でございますよ」


 野乃が自信満々に胸を張る。

 お風呂で身体を磨かれた美雨の埃塗れた肌は本来のきめの細かい白い肌に戻った。


 美雨は鏡に映る自分の姿におかしいところがないか確認を行う。

 今、身に付けている服はドレスではなく王女がラーマ神の祭事の時に身に着る通称「巫女服」と呼ばれるものだ。


 王女の正装はいくつかありこの「巫女服」も正装のひとつである。

 薄い青色の布地に銀糸で王家の紋章が描かれているものだ。


 旅に出る時に族長へ挨拶する時の服装を考えたのだが王族の正装用のドレスは荷物としてかなり嵩張ることが分かり持ち運びのしやすいこの「巫女服」を持って行くことに決めた。

 青い色に銀糸が輝くこの「巫女服」は美雨の美しさを引き出してくれている。


「これなら族長に会っても王配候補者に会っても大丈夫よね」


「もちろんです。王配候補者の方は美雨様の美しさに虜になりますよ」


「そんなことはないわよ。私より美しい女性はたくさんいるもの」


「はあ、美雨様はもっとご自身の美しさを自覚するべきですよ」


 野乃は大袈裟に溜め息を吐くが美雨は自分が美人だとは思っていない。

 だからといって醜いとも思わないが平凡な顔つきではないかと思っている。


 そんなことを考えていると部屋の扉がノックされた。

 野乃は慌てて扉の方に行き誰が来たのか対応する。


「美雨様。光の族長様がお見えになりました。お通ししてよろしいですか?」


 美雨は慌てて鏡の前から移動して心の準備をする。


「いいわよ、野乃」


「承知しました」


 野乃が扉を開けるとひとりの男性が入室してきた。

 その男性は年齢が50歳ぐらいで白い神官服に金糸で光族の紋章が大きく描かれた服を着ていた。


 背は男性にしてはそれほど高くはないし太っているわけではないが一言でいうなら存在感が大きい男だ。

 そこにいるだけで他者を圧倒するような雰囲気を纏っている。


 美雨はそういう人物たちをよく知っていた。

 自分の母親の女王と父親の王配たちだ。


 女王や王配が姿を現すとその場の空気が変わるぐらいの存在感を放つ。

 臣下や民はその姿を見ただけで自然と頭を垂れるぐらいだ。

 そんな母や父の存在が身近にいなかったらこの光族の族長の存在感に気圧されていたかもしれない。


「はじめまして、美雨王女殿下。私は光族の族長の澄光です」


 澄光は美雨に頭を下げた。


「はじめまして、澄光様。華天国第三王女の美雨です。今回はお世話になりますのでよろしくお願いします」


 美雨が挨拶をすると澄光が頭を上げにこりと微笑む。


「こちらこそよろしくお願いします。長旅でお疲れでしょうが王配候補者たちとの顔合わせだけはしておきたいのでこれから王配候補者たちと会っていただけますでしょうか?」


「もちろんです」


 王配選びでここに来たのだから王配候補者たちと会わなければ何も始まらない。

 王配候補者たちの準備ができているならなるべく早く会ってみたい。


「ではこれから王配候補者たちのいる場所へご案内します。どうぞ私について来てください」


「はい。分かりました」


(ようやく光の王配候補者たちと会えるわ。どんな人たちかしら)


 澄光に続いて美雨は部屋を出る。

 そのまま階段を降りて一階まで来ると今度は渡り廊下を進む。


(太陽神殿って本当に広いわよね。迷子にならないように気を付けないと)


 美雨は方向音痴ではないが王宮並みに広い太陽神殿には初めて来たので油断すると迷子になりかねない。

 自分ひとりでも自分の部屋に帰れるようにと角を曲がる度にそこにある目印になるような物を探して目をキョロキョロさせているとその気配に澄光が気付いたようだ。


「どうかされましたか? 美雨王女殿下」


「あ、いえ、すみません。太陽神殿が広いので迷わないで自分の部屋に戻れるように来た道を覚えておこうと思ってキョロキョロしてしまいました」


 正直に話すと澄光が笑いを堪えるような表情になる。


「こう言っては不敬かもしれませんが美雨王女殿下は素直で可愛らしい御方のようですな。それなら簡単にこの辺りの建物の説明をいたしましょう。ここは太陽神殿の住居区域です。美雨王女殿下の滞在する部屋があるのは東棟と呼ばれています。迷ったらその辺の神官に東棟はどこだと訊けばいいですよ」


「分かりました。ありがとうございます」


(迷子になったら東棟を探せばいいのね)


「これから行く場所は西棟です。東棟とは中庭を挟んで反対側にあります。ここには主に私の身内、族長の身内の者の部屋があります。王配候補者たちはこの西棟で暮らしています」


「そうなんですか」


「ええ。ここが西棟です」


 渡り廊下を抜けてたどり着いた建物は東棟に比べたら廊下に飾っているような壺や絵画もなく柱に模様も描かれていない質素な感じだ。


「西棟の方は東棟に比べると質素な造りですね」


「東棟は来客用でこちらの西棟に住んでるのは身内ですからね。太陽神殿と同じようにする必要のある東棟と違いこちらは華美に飾る必要はありませんから」


 その一言で美雨は全てを理解する。

 おそらくこの太陽神殿は光族の権威を示すモノなのだ。


 だから太陽神殿の外から来る者にはその者に光族が侮られないように高価な品物や豪華な部屋を用意する。

 しかし身内に対しては無駄なお金は使わないという方針のようだ。


(なるほど。さすが族長の澄光様は人の上に立つ方だわ)


 美雨は女王教育で民や国を治めるために王家の権威を示すことが必要なのだと教わった。

 無駄遣いだと民を代表する女王が粗末な姿をしていれば民は女王を侮るようになると。


 そしてそれが民に浸透すれば民は女王の言葉を聞くことはなくなり騒乱の種になるという教えだった。

 もちろん民の税金を無駄遣いしてはいけないが女王は民から敬われる存在であると同時にある程度の畏怖を抱かせる存在でなければならない。


 自分の母の氷雨が見せる女王としての厳しさを美雨は何度となく見てきた。

 優しいだけでは女王にはなれないのだ。強さと優しさを併せ持つ者でなければ国の頂点には立てない。


 光族を治める族長も女王と同じということだろう。

 光族が他の部族に侮られずに済むことはもちろんのこと光族の民に対しても信仰と権威の象徴としてこの巨大な太陽神殿は存在する必要があるようだ。


「この部屋です。どうぞ」


 王配候補者たちが待つ部屋までやって来た美雨はゴクリと喉を鳴らす。

 この部屋に美雨の未来の夫のひとりがいるのだ。


 美雨の前でゆっくりと運命の扉が開いた。

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