受付嬢パウラのオ・ト・ナな説明会(全年齢版)

「おまえの腹直筋も割ってやろうか!」


 お笑いも二度三度同じネタが続くと、興味も薄まり、笑えなくなるものだ。


 しかし、それが数十年続けば、芸となる。オチがどうなるかわかっていても、笑ってしまうのが、本当の芸というものなのだ。


 イドリスは寝言芸を究めるための第一歩を踏み始めたにすぎない。


 そんな自覚がイドリスにあるかと問われれば、多分ないだろう。


 今、自覚すべきは現状の把握だろうが、イドリスはすぐに自分が何をされたのかを覚った。二度も人前で昏倒するとは何という不覚かと臍を噛みちぎりたい気分だ。


 そして、何一つ変わっていない状況に絶望する。相変わらず椅子に縛られたままで、向こうに解放する気はないようだ。欲情しているようにしか見えないパウラがイドリスに邪悪な笑みを向けてきた。


「やあ、イドリス・エクスオウルくん! 気分はどうかな?」


 まるでデスゲームの主宰者みたいなことを言うパウラに個人情報を知られたのは痛恨の極みである。


「おかげさまで最悪だよ、クソが」


「まあまあ、そんなカリカリしなさんな。次のオリエンテーションで終わりだからさ」


「いや、もうそういうのいいんで、帰してくんない?」


「でさ、キミのステータスなんだけどさ、結構いい線行ってると思うだよね」


「聞けよ、人の話!」


 イドリスは椅子を揺らして抗議するも、パウラは意に介すことなく、話を続けた。


「キミの能力値は確かに低いんだけど、『剣客』と『魔法士』の二つの職業スキルを持ってるから十分冒険者としてやっていけるよ。まあ、冒険者以外にはあまり潰しが効かないスキルだけどさ」


 パウラの口からイドリスの「職業スキル」を聞いたとき、思わず口から笑いが漏れそうになった。ステータスの偽装ができていることがわかったからだ。


 師であるペドロ祭司から隠蔽のスキルを得てから、常日頃から使用し続けた結果、つい先日「改竄」スキルを習得したのである。


 ちなみに「職業スキル」とは複合スキルの総称である。ジョブと言えばわかりやすいだろう。


 例えば、「剣客」は主に「撃剣」、「剣適性」、「受け流し」といった三つのスキルからなる。「剣客」自身にもスキル効果があり、「力・中補正」がつく。


 ややこしいのが、「剣客」を構成する個別のスキルをそろえたとしても、職業スキルはつかないことだ。


 他のスキルと同様職業スキルも後天的に習得が可能ではある。スキルを持っているものに師事する、あるいは「スキル屋」で購入するかだ。「スキルロバー」があれば、確率で奪うこともできるが、個々人が持つ「固有スキル」だけは習得も強奪も不可能である。


 イドリスが自身のスキルを隠したいのは数万、いや、あるいは数十万に一人しか発現しないスキルを有しているからだ。しかも、それらは過酷な修行や経験によって得られるものであり、天性スキルとして有しているものはまずいないからでもある。


 知られれば、確実に混乱させるし、何よりも研究機関が放置しておかないだろう。被差別種族のタルタロス人であるから、人権と人道、双方を無視され、生きながら地獄を見るに違いない。


 眼前にいるパウラやディエゴにしてもそうだ。新規登録者を獲得するために、児童を拉致監禁し、同意なしに個人情報を抜き取るような倫理観の持ち主には細心の注意を払う必要があるだろう。いや、前世での倫理観などこの世界では通用しないのだ。改めて気を引き締めることが肝要である。


 警戒心も露わにイドリスが睨みつけていることを知ったパウラは自嘲気味に苦笑した。


「そう怖い顔しないでくれよ。ここで得た情報を外に漏らすなんてことはしないからさ」


「それを信用しろと?」


「さすがに御法度に触れるわけにはいかないさ。それにね、もし、個人情報を流出させようものなら、『研修所』で再研修させられてしまうんだ。その研修所というのがひどいところでさ、人里離れた場所で受付嬢のあるべき姿なんてものを延々と叩き込まれるんだよ。ボクの知り合いも今では無感情になって、残業することも嫌がらずに仕事するようになったよ」


 だったら、何故パウラは研修所送りになっていないのか。心底から疑問に思うが、答えてはくれないだろうし、そもそもその答えに興味も意味もない。


「安心したところで、キミにこれを進呈しようじゃないか」


 そう言って、パウラはイドリスの首に「六等星」のタグをかけた。後ろに回らず、わざわざ前からつけたのは自身の胸をイドリスに見せつけるためだが、当の本人の目は死んでいて、何の感銘も起こさない。


 仮にパウラのことを知る前ならば、事故に見せかけて、胸に顔を押しつけるようなことをしたかもしれない。


 前世から合算してアラサーのイドリスの性欲は旺盛で、至近に目の当たりにする乳を見れば発情しただろうが、あいにくパウラの胸につまっているのは夢と希望ではなく、悪夢と絶望が詰め込まれているのを知った今、股間の感度は著しく減退してしまったというわけだ。


 イドリスの心情の変遷を知らないパウラは目の前の少年が一向に欲情しないのを見て、不機嫌に口を尖らせていたが、ふと何か悪いことを考えたような笑みを浮かべ、身体をくねらせる。本人は妖艶だと思っているらしいが、MPを吸い取る系の踊りにしか見えない。


「で、ボクのおっぱいを間近で見た感想はいかがかな?」


「すげえストレートに聞くじゃん?」


「だってさあ、思春期のキミがいきり立たないのって変だと思うんだ。だからさ、ちょっと診せてみ?」


「な、何をだよ?」


「股間に決まってるじゃないか。あ、大丈夫大丈夫、ボク、ショタじゃないから。って言うか、ストライクゾーンが異様に広いだけだから」


「ヒェ……」


 全年齢版とはそういうことではない。メタいツッコミをしようとしたイドリスだったが、涎を垂らしにじり寄るパウラにこの日最大最悪の恐怖を覚え、自身の役割すら忘れた。


 逃げろと本能が訴えた。いつもなら直感などには従わなかったかもしれないが、状況が状況だ、イドリスは椅子を前後左右に揺らして、器用に逃げていく。ともすれば、走るより速かったかもしれない。


 逃走の途上、イドリスの脳裏に「椅子走りを習得しました」とのアナウンスがあったが、ただパウラから逃げるのに精一杯で聞いていなかった。もっとも、聞いたところでこのスキルが何の役に立つのかはわからなかっただろうが。


 イドリスは窓を破り、そのまま皇都の人混みへと消えていった。その背後で大きな舌打ちの音がしたが、それが誰のものだったか、本人以外は誰も知るよしもないことだった。

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