冒険者新規登録できるまであと何字費やせばいいんだ?

 茶番はさらに進んでいく。


「それでは、三度目だけど、冒険者ギルドへようこそ! ボクが以下略のパウラちゃんだよ! いやあ、新人なんてあまりにも久しぶりだったから、舞い上がっちゃって、登録の仕方も忘れちゃってたよ」


「いや、そうはならんやろ」


 ツッコミが遅いと詰られたから、今度は早めに返したのに、パウラは素知らぬ顔で、体中を忙しくまさぐっている。欲情したのなら、別の場所で一人致してくれないものかと辟易したが、どうやらそうではないらしい。


「あ、あったあった。ててててってってーっ! 冒険者ギルドにありがちなステータスを見られる水晶玉!」


 身も蓋もない説明で取り出された水晶玉は人の頭大ほどの大きさがあり、隠すところがほとんどないパウラの一体どこから取り出したのか、第三者がいれば、不思議に思っただろう。


 しかし、イドリスはツッコミをスルーされ、虚無を顔に貼りつかせていたし、ディエゴはまだ立ち直れておらず、その場に居合わせた全員がパウラの期待に答えることができなかった。


 再び眉間の辺りに暗雲を漂わせたパウラは不機嫌を声に込めた。


「おいおい、ノリが悪いな。ここは『それ、どっから出したんだよ?』ってツッコミか、『わあ、確かにありがちだなあ』って感想が出るところじゃん。どっちもないって、何事かね、キミたちは?」


「……それ、どこから出てきたんですか?」


 義務感十割の口調でイドリスが問うと、我が意を得たりと言わんばかりにパウラが鼻息荒く応じた。


「ほほう、知りたいとな? ならば、教えてあげよう! 『乙女袋』さ!」


「そっか」


 パウラの白々しい演技につきあいきれなくなり、イドリスの表情筋は死んでしまったかのように動かない。瞳は濁り、左右それぞれ別のものを見ているかのように離れている。


 種の割れた手品ほどつまらないものはない。どうせパウラが使ったのは「インベントリ」だろう。いわゆる、ロールプレイングゲームなどによくあるアイテムなどが保管できる異空間収納のことだ。容量さえ考えなければ、この世界では割とありふれたスキルである。現にイドリスも前世で言うところの業務用冷蔵庫程度のものを持っている。


 満を持しての奇術が不発に終わったことを覚ったパウラは音高く舌打ちした。先ほどまでの威勢はどこへやら、気怠げな様子で受付嬢の本来の仕事に立ち戻ろうとしている。


「それじゃ、適性検査でもしますか~?」


 ようやくここまで来たかと、イドリスはついしみじみとしてしまう。パウラの対処法もわかった。ボケは逐一ツッコまないで、潰していくのがよい。そうすれば、パウラはボケるのをやめ、正常に戻ってくれるのだ。


 そう判断したイドリスがいかに浅はかだったか、彼は後悔とともにすぐに知ることになる。


 パウラはゆっくり左足を上げると、そのまま爪先が天を衝くかのように足を真っ直ぐ高く突き上げた。水晶玉を頭上に掲げ、上半身を限界まで捻る。その不穏な仕草に見覚えがあったイドリスは驚きのあまり目を見開いた。


「そ、それは大リーグボー……いや、タンマタンマ! そこから何するつもりだよ! それ、シャレにならないやつ! 児童虐待反対!」


 イドリスは法の遵守か、もしくは良心に訴えたが、今さらパウラの耳に届くはずもない。


「食らえっ! 情報開示請求パンチ!」


「ギャーッ!」


 あの体勢からてっきり水晶玉を投げつけてくるのかと思いきや、パウラは水晶玉をイドリスの額めがけて叩きつけたのだ。どちらにしたところで、痛打を被ったイドリスからすれば、痛みは変わらないし、そもそも痛みを受ける理由もないのだから、「不条理ここに極まれり」でしかない。


「あ、いけね。起動前からボクが持ってたから、ボクの個人情報出ちった。おっと、これは見せられないぞ。子供には刺激が強すぎるからね」


「ふざけんな! それじゃ、ただのどつかれ損じゃねえか!」


 あまりの対応に、温良なること聖人のごとしと自称するイドリスもキレた。いや、聖人でも故なく鈍器で殴られれば、理性も蒸発するだろう。


「だいたい、それって手をかざせば、ステータスが見られるってアレじゃねえのかよ!」


「そうだけど?」


「そうだけど! じゃあ、なんでオレ殴られてんだよ! 殴る必要なかったじゃねえか!」


「そうだけど?」


「Botかよ! つーか、もう他で登録すっから、放せよ、こんちくしょうが! それからここのひでえとこ、他の支部にチクってやるからな!」


 椅子に縛られたまま、暴れたので、傍目から見ると、まるで前衛芸術的なダンスのようにも見える。あいにく観客もいなければ、審査員もいなかったので、単なる体力の無駄遣いでしかなかったのは残念なところだ。


「ふふん、そんなこと言われて、逃がすと思うかい! ディエゴさん! 押さえつけていて!」


「あっ! てめっ! この大腿四頭筋野郎が! てめえの尺側手根屈筋はガキを捕まえるために鍛えたのかよ!」


「すまん、少年!」


 痛いところを突かれたディエゴは苦悶の表情を浮かべながらも、翻意することはなく、イドリスの肩と頭をぞれぞれ掴む。それだけでイドリスは行動を封じられ、奇怪なダンスは強制的に終わらされた。


 そして、パウラは次なる一撃を放つための動作に移っている。


「歯ぁ食いしばれえ! 受付嬢極限奥義! 個人情報抜き取りキック!」


 来るとわかっていて、どうすることもできないことへの恐怖は相当なものだ。イドリスは情けない悲鳴を上げたが、それを惰弱と誹るのは酷な話である。


「あ゙ーっ!」


 パンチでもキックでもない、水晶玉のような鈍器がイドリスを襲う。先ほどとは比較にならないほど嫌な打撃音が室内に響き、押さえつけているディエゴも思わず顔を背けてしまったほどだ。


 哀れ、額に大きなこぶを作ったイドリスは白目を剥き、口の端から涎を垂らして、気を失ってしまった。


 イドリスにライセンスが与えられるのは一体いつになるのか、この茶番劇がいつ終幕するのか、それは誰にもわからない。

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