ギルド推薦枠を巡って
冒険者からアカデミアへと行こうとするものは稀だ。
何が悲しくて、貴族のお子様たちと机を並べなければならないのか。彼らの大半は躾のなってない猿にも似た連中なのだ。
冒険者の中に依頼以外で貴族に積極的に関わろうとするものはいないはずで、故にアカデミアなど行くものは奇特だと思われる。
例年ならば、一人も選抜試験を受けようとするものはいなかったのだが、その年は違った。何しろ入学してくるのが大物ばかりだからだ。
アイドル的な人気を誇る第三皇子トリスタン、ロサブランカ公爵家の令嬢レティシア、勇者テオの息子レオ、飛び級で進学してくる若き天才魔道士のアドリアンを始めとして、魔王の座を継いだヤレアハとシャンテ・ラ・フォレからダークエルフのエクレールが留学してくるのだ。これを見逃す手はないということだろう。
皇都東支部の試験会場にも想定以上の人で溢れていた。会場はギルド裏手の訓練場であり、その中央にいつの間にか高台が築かれ、パウラが登壇している。格好からしてラウンドガールみたいである。いや、そのものだったかもしれない。
ラウンドガールことパウラは大きく息を吸うと、声を張り上げた。
「みんなーっ! アカデミアへ行きたいかーっ!」
「おーっ!」
「トリスタン王子を拝みたいかーっ!」
「拝みたーいっ!」
男たちの歓声は途端に止み、黄色い声のみが会場に響き渡る。
「レティシア嬢に踏まれたいかーっ!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
欲望に塗れた獣たちが吠えた。その騒音で会場全体が振動しているかのようだ。女性冒険者は耳を塞ぎ、ゴミ虫を見るような視線を男どもに向ける。つい先刻、トリスタンに声援を上げたということを棚に上げてはいるが。
「よろしい! ならば戦って、権利を勝ち取れ! 今年の試験はバトルロワイヤルだ! 言っておくけど、相手を殺したり、取り返しのつかない怪我を負わせたものは失格だ! ついでに冒険者資格も剥奪されるから、注意したまえ! それでは試験開始!」
筆記試験がないことに困惑した冒険者も、すぐに状況を把握して、隣の冒険者と乱闘を始める。伊達に「三等星」まで上り詰めたわけではない。彼らは常に果断で拙速だった。
受験者はざっと五〇人。イドリスは人混みを巧みにすり抜け、目立たないところで休もうとした。こんな序盤から体力を消耗するような連中とはつきあっていられない。
気配を消して、成り行きを見守っていたが、やはり敵もさるもの、狩人系の冒険者がイドリスをめざとく見つけ、襲い掛かる。
しかし、横合いから狩人を殴りつけたものがいる。イドリスはその姿を見て、目を丸くした。
「ア、アルスラン?」
アルスランは狩人を伸すと、イドリスのほうは見ずに新たな敵へと当たる。その一騎当千の戦いぶりは他の冒険者の追随を許さず、片端からちぎられては投げられる。
よく見ると、アルスランだけではない。ベルクとディララもいた。アスリの姿が見当たらないのは、彼女が攻撃手段を持っていない回復系の冒険者だからだ。
さすがは新進気鋭の冒険者と謳われるだけはあって、他の冒険者との実力差は歴然、瞬く間に受験生の数が減っていく。
すぐに受験会場に残ったのはイドリスとかつての仲間たちだけになった。床の上は死屍累々と言った惨状だ。なぜか高台も倒され、パウラも喧噪のさなかに落とされてしまったようだが、そちらはどうでもよかった。
イドリスが声をかけようとしたその矢先、ディエゴに抱えられ、這々の体のパウラに向かって、高らかに宣言した。
「あ、おれ、棄権します」
「オ、オデも!」
「それじゃあ、わたしも」
アルスラン、ベルク、そしてディララの三人はあっけなく試験から降りると、イドリスの目を潜るようにさっさと会場から立ち去ってしまった。
またしても一人取り残されたイドリスだが、パウラの試験終了宣言が轟いた。
「試験終了! 勝者イドリス・エクシオウル!」
よくわからないが、イドリスはとりあえず両手を挙げ、ガッツポーズを取る。
「コロンビア!」
「お、意味はわからないけど、力強い言葉だね。まずはおめでとうと言っておくよ。それといい仲間に恵まれたね」
祝福の言葉を述べるには、パウラの姿はあまりも悲惨だった。ただでさえ少ない布は引き裂かれ、ぼろきれを纏ったかのようだ。これでも肝心なところが見えないのはもう奇跡と言ってもいいかもしれない。
「そりゃどうもって言いたいけどさ、あんた、大丈夫なの、それ?」
「大丈夫大丈夫。みんなにもみくちゃにされて、新しい扉を開きかけたくらいだから」
「あ、心配ないようっすね」
パウラに最後まで言い切る前に、イドリスは自分の言葉を被せた。聞かずともたいしたことは言ってないのだ、ならば聞く必要はあるまい。
「なんだかボクの扱いがどんどん雑になってないかい?」
「割と最初からこういう扱いだった件」
「ま、まあいいや、これ以上追及すると、ボクのダメージが計りなくでかそうだし。それはともかく、ギルド長ときみの名前が入った推薦状を用意しておくから、後で取りに来てくれたまえ。まあ、明日には必ず用意しているからさ」
了承して、パウラの元を去ったイドリスだが、会場の出口にアルスランと仲間たちの姿を認め、足を止めた。アルスランも少し歩み寄ると、何かを投げ渡してきた。反射的に取ってしまうと、ずっしりと重い。
どうやら先日、討伐報酬でもらった金のようだ。それにしてはやけに重いが。
「忘れ物だ。おれたちもかつての仲間が野垂れ死にするなんてことになったら、目覚めが悪いからな。それだけあれば、しばらくはなんとかなるだろ?」
「そういうことなら、遠慮せずにもらっておくさ」
イドリスは中身を確認することもなく、金の入った袋を無造作にインベントリに抛り込んだ。
「それから、さっきの援護、ありがとな」
「勘違いしないでくれ。おまえが受ける試験ってのをちょっと荒らしてみたくなっただけだよ」
「何だ、そりゃ? 嘘をつくの下手くそすぎだろ」
イドリスは呆れて、苦笑しながら肩をすくめる。この先に続く言葉は墓まで持っていこうとしたが、やはり彼らの欠点を指摘しておかないと、心配で先に進めそうにない。
「あのさ、先に謝っておくわ。正直言わないでおこうと思ったんだが、おまえら気にするかと思って、やっぱり言うことにするわ」
「な、何の話だ?」
「いや、な、おれを追放するって話な、あれ、おれも近くで聞いてたんだわ」
「は? はぁぁぁぁぁ?」
「いや、ごめんて。でもさ、おまえら、小芝居すらできてないじゃんか。今後、こういう小細工してくるやつは大勢いるからさ、まあ、気をつけろってことで」
イドリスのネタバレに、アルスランの膝が崩れる。耳まで赤くして項垂れるアルスランの傍にアスリが駆け寄り、その背に手を置いた。
「大丈夫、アルスラン?」
アルスランとアスリは妙に密着しているし、かける声も情がこもっている。二人はこんなにも近しかっただろうか。
目を転じると、四つん這いになって消沈するベルクの背を、まるで赤子をあやすかのようにディララが軽く掌で叩いている。
嫌な予感がした。イドリスの背を冷や汗で濡らしていく。心臓が痛くなるほど拍動し、呼吸は浅くなる。
再び視線を戻すと、アルスランがアスリの肩に手を回し、立ち上がっている。ベルクもディララに支えられ、二人とも気恥ずかしそうにこちらを見ている。
声なき声でこの現実を問うよりも早く、アルスランが弁明という名の爆弾を投げつけた。
「ごめん、イドリス。おれたち、実は……」
それ以上は聞きたくなかった。十分に察したし、実際に言葉にされたら、もう立ち上がれない。脳裏で「N・T・R! N・T・R!」と合唱団がデスボイスで叫んでいる。
もう戻る場所なんてない。そう思ったとき、ついにイドリスの涙腺が決壊した。何かを喚きながら、アルスランたちから全力で離れていく。しばらくして立ち止まると、振り返りつつ叫んだ。
「おまえら全員末永くお幸せにもげやがれ! 覚えてろーっ!」
祝福なのか、あるいは呪いの言葉なのか、判断つかぬ捨て台詞だった。おそらくイドリス自身何を言ったのか、わかっていないのだろう。
やがてイドリスの姿が完全に見えなくなったとき、アスリがアルスランを見上げ、鼻声で請うた。
「もう手を離してよ、アルスラン。あたしにこうしていいの、イドリスだけなんだから」
「ごめん。でも、もう少しこのままでいさせてくれ」
アスリの肩を掴むアルスランの手は小刻みに震えていた。また、アスリと同じくその頬には涙の筋がついていた。
アルスランはイドリスの一面をよく知悉していた。策は必ず破られると思い、二重三重に罠を張ったのだ。最終的にはアイリンやペドロといったイドリスの頭が上がらない人物に説得を頼んでもいたという念の入りようである。
ここまでしたのは、イドリスの背中を追うのではなく、並び立ちたいとの思いがあったからだ。今は道を違えども、いつかまた交わると信じて。
「行け、兄弟。おまえが目指す高みまで」
――後にアルスランは「一等星」になり、「異端兵団」は「緋色の天秤」と名を改める。やがてパーティは膨れ上がり、「クラン」となって、その名を大いに轟かせることになる。
しかし、中核メンバーはクラン名とは別の名を自分たちにつけていた。
「
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