愛じゃ世界を救えないので、「主人公」のフラグを全力で折りにいきます!
秋嶋二六
プロローグ
上から来るぞ! 気をつけろ!
「わたしは真実の愛を見つけた!」
静まりかえるダンスホールに、トリスタン・"アルタイル"・デル・エストレアの声が朗々と響き渡る。
「さっすが皇子さま。公爵令嬢を捨てて、ゴブリンに走るなんて、性癖ぶっ壊れてんじゃねえの?」
親の顔より見た光景を「画面越し」に眺めて、せせら笑うのは、星崎千隼という引きニートである。
千隼がこの様であるのはとりあえず置いておくとして、有り余る時間をとある一つのゲームに費やしていた。
「アストレイ・アストラル」
ジャンルは乙女ゲームだが、「乙女ゲームとはなんぞや?」との論戦が後に一部で巻き起こることになる。
その原因の一つが、主人公が固定されている乙女ゲームでは珍しく、自在にキャラクリエイトができるところだ。しかも、スキンが豊富で、凝り性だったら、作成だけで一日は優に潰れるだろう。
開発当初はあらかじめ定められた主人公がいたようだが、ポリコレ棒を持って暴れ回る人たちがやれ「サベツガー」だの、「ジンケンガー」だの喚き散らかすものだから、「なら、ご自分でどうぞ」という流れになったそうだ。
仕様の大幅変更という割を食った開発陣はそれはもう頑張ったという。その結果、肌や髪の色が緑や青が選べるだけではなく、体色や体毛が七色に光り輝くなんてものもあり、一体どこの誰への配慮なのかとの指摘もあったが、声は大きくなかった。
悪ふざけというのは度が過ぎている頑張りの結果、ネタに走るものが後を絶たなくなるのは必定と言ってもいい。千隼の「ゴブリン娘」もその一つであり、このプレイ動画が小バズりし、なんとか収益化にこぎ着けたところだった。
これでようやく少しは自身の状況が改善されるかもしれない。そんな淡い期待を抱き、最新の動画を投稿サイトにアップしたところだ。
高らかにエンターキーを打ったところで、不意に眠気を催した。以前なら、動画一つ作るのに時間を要したせいか、達成感から来る興奮でしばらく寝つけなかったものだが、今となっては疲労感しか残ってない。
「寝るかあ……」
一つあくびをして、時間を確かめると、正午過ぎ。世の学生や社会人は唯一の憩いの時間である昼休みを満喫しているであろう時間だ。
だが、日時や曜日を超越してしまった千隼に俗界の理はすでに届かない。何の罪悪感もなく、ベッドに倒れ込もうとした。
愛しの枕に顔ごと押しつける強烈な接吻を強いたとき、階下から物音がした。ドアの開閉、廊下の歩き方、とにかく生活音が激しい。千隼が知る限り、そんなはた迷惑な家族は一人しかいない。
「玲那が帰ってきたのかよ……っていうか、何でこんなに早いんだよ? サボってないで、学生は勉学に励んでろ」
自分のことを手の届かない位置の棚に上げて、枕に顔を埋めたまま、毒づいた。日時はおろか、季節すらおぼつかない千隼は覚えてなかったが、高校生は今、一学期の期末考査の時期である。玲那が早めに帰宅したとしても、不思議はないのである。
それだけならまだしも、階段を上り、兄を呼んでくるではないか。
「ちい兄いるー? ってか、いるよねえ? いなかったら、事件だし」
やかましいわ。千隼は布団の中に潜って、妹の呼びかけを無視した。何が悲しくて、ギャルと化した妹と対面しなければならないのか。オタクに優しいギャル、ニートの兄を見捨てない妹、どちらもタチの悪い都市伝説の中にしか存在し得ないものだというのに。
しかし、千隼に都市伝説と相まみえる機会は永久に失われることになる。
二階まであと二段を残すのみとなったとき、ふとどこからか壊れた笛の音のような甲高い空を切る音が聞こえ、玲那は足を止めた。ついで炎が勢いよく燃えているような音が空気を震わせる。
地震と思う間もなく、破壊的な衝撃音と爆発音が轟き、遅れて二人の兄妹は巨大なミキサーに抛り込まれたかのように周囲の物体とともに攪拌された。
何が起こったのか、考える時間すら与えられず、その意識は無意識の深淵へと落ち込んでいった。
「……速報です。本日正午過ぎ、○○県△△市の住宅街に隕石が落下した事故により、星崎千隼さんと星崎玲那さんの二人が行方不明となっており、現在、消防と警察による懸命な捜索が行われています。この事故により星崎さん宅は全壊し、周辺の家屋も半壊、一部損壊の被害を受け、重軽傷者併せて五名が近くの病院に搬送されましたが、いずれも命には別状ないとのことです」
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