リッチ(Liches)はとってもリッチ(Rich)だった(激うまギャグ)

 イドリスにとってスライム退治は副次的なものであり、本命は下水道のさらに奥にある。


 噂では下水道から皇城地下の宝物庫に通じていると言われているが、凄腕の盗賊がその実在を探して、なお未だに見つからないでいる。


 しかし、「アストレイ・アストラル」作中内で、トリスタンが皇城から秘密の抜け道を使い、「主人公」とともにパーティ会場から離れるというイベントがあった。つまり、噂は真実であり、盗賊をも謀るほど巧遅な仕掛けがあるということだ。


 前世でその事実を知ったイドリスは隠し通路の場所をすでに掴んでいた。


「たしかこの辺だったよな?」


 前世の記憶は年ごとに薄れつつあるが、この隠し通路を見つけたときのことはまだよく覚えている。


「こんなん初見でわかるかーい!」


 そうツッコミながら、思わずコントローラーを投げ捨てかけたものだ。


 とはいえ、完全に偽装してしまうと、仕掛けた本人すらわからないものになってしまう。故に他の壁とはほんのわずかな違いを作っておくはずである。


 盗賊らが気づかなかったのは何の変哲もない通路に仕掛けられていたからだ。ここに隠し通路を作ったのは相当性格に問題がある人物なのだろう。一説には大盗賊ガルゴが宝物庫まで掘り進めた坑道だったというが、真実のほどは明らかになっていない。


「お、あったあった。ほんと何度見てもわかんねえな、これ」


 イドリスが石壁を手探りで探していると、小さな石が石壁の間に填め込まれているのを見いだした。壁の仕掛けを作動させると、鈍い音を立てて、石壁が左右に割れていく。思った以上に音がしないのは摩擦が極端に低くなるよう設計されているからだろう。下水道の水音も隠し扉の開閉音を紛らわせている。


 目の前に現れた通路から埃と黴の臭いが立ち籠めた。長年使われてなかったのがよくわかる。一歩立ち入ると、足下から埃が舞い、思わずクシャミが出そうになる。


 通路に入ると、背後で扉が音もなく閉まった。自動ドアだったとは恐れ入った。防犯意識の高さにも舌を巻く思いだ。


 それなのに、どこかの第三皇子は一般人でしかない少女に隠し通路のことを教えてしまったのだから、目も当てられない。彼女が敵国のスパイだったらどうするつもりなのか。おそらくはそこまで考えていないのだろうが。


 勝手知ったる隠し通路と言わんばかりに、イドリスは歩を進めていく。通路は一直線で下水が流れているわけではないから、なかなかに歩きやすい。


 このまま進めば、いずれ宝物庫へと辿り着くだろうが、イドリスの目的地はそこではなかった。


 宝物庫はしかるべき手順を踏まないと入れず、仮に入れたとしても魔法と絡繰りの警報装置により一瞬で見つかってしまう。警報装置を無効化させなければならないが、その苦労に見合うだけのお宝があるわけでもない。


 むしろ、中にあるのはこの世に存在するありとあらゆる呪具ばかりだ。宝物庫と言うよりは「特級呪物」博物館と改名したほうがいいかもしれない。


 目的地はその一つ手前の部屋だ。番犬代わりのボスがいて、いいアイテムを落としてくれる。


「でも、まあ、ここのボスってリッチなんですけどね」


 いわゆるボス部屋に入ると、背後で扉が閉まる。二〇メートル四方の部屋の中央にそれはいた。


「……おお……ここを訪れるものがいようとは……歓迎しようぞ」


 リッチの口上の途中だが、イドリスはかまわず駆けた。ナイフを鞘から引き抜くと同時にリッチの弱点属性である光属性魔法「光球」と火属性魔法「火球」を刃に付与する。光と火は混じり合い、ナイフは白い炎に覆われた。


 なおも語り続けるリッチの眉間にイドリスのナイフが突き立てられる。避けようと思えば、いくらでも避けられたはずだが、そうできなかったのは口上途中にリッチは身動きができないという仕様があった。しかも、その科白がとてつもなく長い。まあ、こんなところに閉じ込められては恨み言も吐きたくはなろうが。


 ゲームではあくまでも現実のシミュレータでしかないと思っていたが、実際にできてしまったので、イドリス自身が驚いていた。成算はあったにせよ、そこそこ賭けだったのだ。


 しかし、これだけではリッチを斃すには到らない。何しろレベルが83もあるのだ。本来ならば、レベル2のイドリスが挑んでいい相手ではない。リッチの語りが終われば、圧倒的実力差で、イドリスの冒険譚はここで幕を閉じることになるだろう。


 リッチを討伐するにはさらに一押し、いや、二押しくらい必要だ。命の際、イドリスは不敵に笑った。


「欲しがりさんだな! なら、これでも食らいやがれ!」


 イドリスの両手、五指の先に光の球が集まり始める。始めは弱々しい輝きだったが、光球が小さくなるにつれ、光はより強さを増していく。光届かぬ地下に、極小の太陽が現れたかのようだ。


「圧光球十連!」


 そんなスキルはないが、下級魔法とは言え、「同時」に一〇発も放てるのはこの世界ではイドリスくらいなものだろう。


 誰も知らなかった故に高い魔法耐性を持つリッチですら防ぎようがない。極大魔法に匹敵する光を食らったリッチは穴という穴から光を噴き出させ、未だに語り続ける途中で黒い塵となって霧散する。


「さーて、ドロップアイテムはなーにっかなー?」


 仕様に囚われ、何をなすでもなく葬り去られた哀れなリッチのことなど意識の外に追い出し、イドリスの心はリッチの「遺産」に目が向いていた。


 リッチがいた場所には複数のアイテムと金貨が転がっていた。


「おっほ! いいのあんじゃーん」


 イドリスが手にしているもの、刀身が厚めの短剣だった。「鑑定」で調べてみると、「自動修復」が付与されている。店売りされるような数打ではなく、全くの稀覯品だ。


 普段使いできそうな武器が早速見つかり、イドリスはご満悦といった表情を浮かべ、短剣を腰に帯びた。


 他には闇と即死耐性のある「暗夜のマント」、何も付与されていないが、質のいい小型盾「バックラー+8」、鍵のかかった扉や宝箱を開けることができる「ガルゴの鍵」、リッチの骨とか魔石などの素材と3018オーロが手に入った。ちなみにオーロとはこの国の通貨の名で、大陸諸国いずれでも使える、言わば基軸通貨にもなっている。


 イドリスの装備の質が一気に上がる。レベルも8まで上がり、能力値も上昇した。何の文句もなかった。


「そんじゃ、また明日も来るわ」


 主のいない空虚な部屋に向かって、イドリスは声をかける。「アストレイ・アストラル」ではストーリーに関わらない中ボスは日付が変わればリポップする。ということは、現実でも起こりえるというわけだ。


 今日より後、イドリスにとってはアイテム厳選のマラソンが始まり、リッチにとっては苦難の日々の始まりでもあった。

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