なんか悲しいよね、土下座って

「さぁて! 今日もいっちょリッチからお友達料せびってこないとな!」


 初の討伐から半年、イドリスは一日も欠かすことなく、リッチを狩りまくっている。おかげで「インベントリ」は「パンパンだぜ」という有様で、優先度の低いアイテムを売るか、捨てるか、どちらかを選ばねばならなくなっている始末だ。


 ただ、リッチから得られたアイテムをどこに売ればいいのか、わからないでいる。ギルドに持ち込むのは論外だ。出所を聞かれたら、返答に窮してしまうからだ。正直に話せば、情報が共有され、瞬く間に狩り場を荒らされるだろう。それだけは避けたい。


 いずれ闇市などを利用するかもしれないが、そう焦る必要はないだろう。リッチが落とす金だけでも十分で、今や五〇万オーロにも届こうとしている。いずれ合流するであろうアルスランたちの装備を調えるための資金にするのもいいだろう。


 金はいくらあってもいい。今日もまた稼がせてもらおうと、イドリスは鼻歌交じりにボス部屋の扉を開けた。


「今日も対戦、おなしゃーす!」


 意気揚々と入室したものの、常とは様子が違い、イドリスの空虚な陽気さは途端に萎んでいく。


 いつもなら、入室してすぐにリッチが部屋の中央に現れ、高笑いしながら、ここに閉じ込められた恨み節を延々と語って聞かせてくる。なのに、それがない。


 慎重に歩を進めながら、短剣を引き抜いたとき、「ひぃ!」という小さな悲鳴がどこからか聞こえてきた。


 音の正体を探っていくと、部屋の中央、リッチが出現する場所に、骸骨が土下座するような形で蹲っているところに辿り着いた。イドリスは攻守いずれにも対応するため、軽く腰を落とし、身構える。


 骸骨をよく観察していると、その脇にはきちんと畳まれた衣服が置かれ、前面には見やすいように陳列されたアイテムの数々がある。そのうちの一つにイドリスは目を奪われた。まごうことなく日本刀だったからだ。


 一瞬だけ意識が逸れたときを見計らったように、再び声がした。


「あの……」


 イドリスは注意深く警戒しながら、首を巡らすも、声が出るようなものは存在しない。イドリスの背筋に冷たいものが走る中、声は薄闇に三度響いた。


「それ、差し上げますから、どうかお引き取りを」


 どうやら足下の骸骨が声を発しているようだ。まさかとは思うが、消去法的にこの骨格標本みたいなのがリッチで間違いないだろう。


 許容できかねる現実を前にして、困惑の極みにあったイドリスだが、一つだけ言えることがあった。


「ってか、声カワボ」


 前世で推しだった声優の声に似ている。声優がこの世界にリッチとして転生したとしても不思議はないくらいだ。もっとも、そんな末路を辿ったのだとすれば、何とも哀れすぎるが。


「え? かわ……?」


「いや、こっちの話。で、これは何事なん?」


「何事って……命乞いに決まっているじゃないですか! あなたがポンポコポンポコ同胞を殺しまくってくれたせいで、わたしの順番が回ってきたんですよ!」


「えぇ……」


 何故責められているのか、イドリスにはさっぱりわからない。わからないが、とりあえず話を整理させる必要があるのだけは理解した。


「ここのリッチって同一個体じゃなかったの? だって、ほら、リッチってアンデッドじゃん? 時間経過で蘇るんじゃないの?」


「普通だったらそうですよ! でも、あなた、わたしたちの弱点属性で攻撃してましたよね? みんな浄化されて、昇天しちゃいましたよ! そんなことも知らなかったんですか? 馬鹿なんですか? 死ぬんですか? バーカバーカ」


「うん、おれ馬鹿だからさ……おまえを生かしておく理由が見つからねえんだわ」


 イドリスが持つ短剣が清浄な光を帯びていく。それを見たリッチは慌てて弁明に走る。もし、リッチに汗腺が残っていれば、冷や汗で全身をしとどに濡らしただろう。


「待って! 早まらないで! とにかく話を聞いてくださぁい!」


「聞く価値ある? 時間は有限だよ? おれの時間、無駄にしていいと思ってんの?」


「ごもっともですけども! 少しはわたしの話を聞いてくれてもいいじゃありませんか!」


 リッチの熱意に押されて、イドリスは思わず頷いてしまった。イドリスの承諾を受けたリッチは喜色を浮かべた、ように見えた。骸骨だから、本当のところはわからないが。


「では、説明させていただきます。わたしを助けるとですね……いいことがあります! 功徳も積めます!」


「……それだけ?」


「はい!」


 何とも明朗快活な返事に、イドリスは晴れ晴れとした様子で頷く。


 しかし、顔を上げたとき、表情は修羅と化し、短剣を掲げて、猛然とリッチに襲い掛かった。


 振り下ろされる刃をリッチは間一髪のところで真剣白刃取りの要領で押しとどめる。光属性の刀身を掴んでいるから、リッチの手から白い火花のようなものが飛び散っていくが、気にしてはいられない。


「な、なんでこうなるんですか! 何がお気に障ったんですか?」


「プレゼン下手は死すべし! なあ、先っちょだけ、先っちょだけでいいから、おまえの頭蓋骨にこの刃を食い込ませてくれ!」


「いやあああああ! そんなの先っちょだけでも刺されたら、わたし、死んじゃいます! いいんですか? わたしが死んでも? もしかしたら、リッチが絶滅しちゃうかもしれませんよ!」


「リッチなんて害虫みたいなもんじゃろがい! 滅んで、どうぞ!」


「ひ、ひどい! 差別だ、差別! ヘイトスピーチだ! リッチにも生存権を!」

「おまえら、もう死んでんだろうが!」


「あ! それ言っちゃいけないやつ! アンデッド差別! アンデッドバイオレンス! UV! UV!」


 なんだか紫外線を防ぎそうな造語をリッチが創りだしたところで、両者の体力が尽き、その場にへたり込んでしまう。


 お互いに息を荒げているが、リッチのどこに呼吸する器官があるのか、謎だし、問うのは無粋なのかもしれない。


 しばらくして、呼吸が落ち着いてきたところで、リッチのほうからイドリスに声をかけた。


「あの、ちょっといいですか?」


「どうぞ」


 イドリスがやけに丁寧なのは、気づいてしまったからだ。目の前のリッチがこの為体だから忘れていたが、真正面から戦って勝てる相手ではなかったことに。今まで仕様の隙を突いて勝ってきただけだ。いくらレベルがカンストしたと言っても、所詮は13しかないのだから。


 決して気づかせてはならない。そう思って、イドリスはリッチの言葉に耳を傾けることにした。


「やっぱり死にたくないですぅ。どうか命ばかりはお助けください。何でもしますからぁ」


 涙腺がないから、涙を流せないが、リッチの声は湿り気を帯びていた。


 好機だった。眼前のリッチを斃さないと、今後リッチ狩りでアイテムを得られなくなるが、背に腹はかえられない。この個体の明らかな失言、利用するに限る。


「ん? 今何でもするって言った?」


 しまったと言わんばかりに口をあんぐりと開けたリッチだが、この期に及んですっとぼけてみせた。


「イイエ、ワタシ、ソンナコト言ッテマセンケドモ」


「ほう? じゃあ、第二ラウンド開始しようか?」


 イドリスが短剣を構えると、すかさずリッチは土下座した。


「嘘です! ごめんなさい! ちょっとした骸骨ジョークで場を紛らわせたかったんです! 許してぇ!」


 骸骨ジョークとは何なのか、非常に興味をそそられるところではあるが、一旦そこは置く。


「わかった。それで、あんたはおれに何をしてくれるんだ?」


「えーとですねえ」


 ちょこんと座りながら、人差し指を顎に当て、考え込む様は骸骨のくせに愛嬌があって、実にあざとい。徐々に苛立ってきたイドリスのこめかみに青筋が浮きかけた頃、ようやくリッチの頭上に電球が閃いた。


「そうだ! いっそ、わたしのこと従魔にしていただけませんか?」


 リッチの提案を聞いたとき、イドリスに浮かんだ表情は絶望であった。前世で「テイマーに転生した主人公がもふもふと戯れる」という物語をいくつも読破した身だ、それなりの憧れがあった。転生してから、金と時間と労力を相当費やすと知って、断念はしたが。


 だが、いつの日か、自分の許にもふもふが現れてくれると信じて、今日まで生きてきたのに、よもや骸骨となんてあんまりではないか。イドリスは涙ながら、心情を吐露した。


「おまえ、カッチカチやないか! おれのもふもふを返してよったら、返して!」


「ちょっと何言ってるか、わからないんですけど」


「つまりだ、リッチなんか引き連れてたら、町中パニックになるわ! ただでさえ、悪目立ちしてんのにさあ」


「あ、それなら大丈夫ですよ。従魔契約してくれれば、多分受肉して、生前の美少女のわたしを取り戻せますから」


 自ら美少女と言ってしまうイタい人の可能性もあるが、とりあえず美醜はあまり関係ない。人に紛れても、怪しまれないのならば。


 その上、こちらにリスクはないように思える。従属化すれば、大きな戦力となるだろう。


「わかった。契約しよう」


「では、わたしの頭に手を置いて、契約を行ってください。契約は勝手に行われるので大丈夫ですよ」


 何が大丈夫なのかはわからないが、とりあえずイドリスはしゃれこうべの頭に手を置いた。すると、口から勝手に声が出る。


「今、ここに絆が生まれた。汝、主たる我に跪き、献身と犠牲をもって、忠誠を誓うか?」


「誓います。我が身滅びるまで、決して命に背かず、主をお守りいたします」


 小恥ずかしい中二病科白を強制的に言わされるのは、羞恥心をいたく刺激する。


 ただ、顔を赤らめた甲斐があってか、リッチはまぶしい光に包まれ、その光が収まったとき、十代半ばとおぼしき少女が全裸で立っていた。


「服着ろ!」


 そう叫んで、イドリスは傍にあったリッチの羽織るぼろきれみたいなローブを投げ渡した。いそいそと元リッチの少女は着替えると、イドリスに向かって悪戯っぽく笑いかけた。


「あれあれ、もしかして、わたしの裸見て、ときめきました?」


「いや、全然」


 事実、イドリスの心は何の波も立っていなかった。これがリッチを従魔にしたことで、精神攻撃耐性を得たことによる弊害だった。


 しかし、このことがいずれ恩恵となって返ってくるとは、神ならぬ身であれば、思いもよらなかっただろう。

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