合流するまで二年かかり、すぐに追い抜かれました

 イドリスは十四歳になった。


 背も伸び、幾分大人びたが、やはりどこか幼さも残る。


 冒険者の階級も「四等星」になり、あといくつか依頼をこなすことで昇進が可能となる。


 かつて、皇都東支部では「四等星」がエースとして扱われたが、イドリスはその立場にはなかった。


 ちなみに元エースだったドナドは迷宮の階段で足を踏み外し、頭と打って、そのまま帰らぬ人となっている。前世ではダーウィン賞を受賞できたかもしれないあっけない最期だった。


 では、今のエースは誰かと言えば、それは「剣神」アルスランのことを指す。冒険者登録して、わずか二年弱で「二等星」まで上り詰めた。いずれ「一等星」にもなれるだろうし、「一等星」が所属するパーティに与えられる称号「十二宮」も得ることになるともっぱらの噂だ。


 アルスランの率いるパーティ「異端兵団ソルダート・エレヒェ」は少数精鋭で知られる。一人を除き、いずれも「三等星」で、「磐石」のベルク、「銀癒」のアスリ、「焱燐」のディララの名も世に広まろうとしていた。


 イドリスだけ置いて行かれる形になったが、すべて計画の内だ。アイリンのこともあって、遠征など日数のかかるクエストを受けることができないイドリスは効率的なクエストをアルスランらに割り当て、赴かせたからである。


 効率を求めたのは彼らの存在を存分にアピールし、タルタロス人の地位向上を図るのが目的だ。今まで何度指を差されたり、避けられたり、あるいは暴力を振るわれそうになったか。


 そのために「異端兵団」という名のパーティを創出し、プロデュースからマネジメントまでも一手に引き受けた。その甲斐あってか、彼らは順当に出世し、今や東支部の顔にまで成り上がったというわけである。


 当初は創られた偶像でしかなかったが、今や名声に比した実力を有するまでになった。イドリスにすれば、「わたしが育てました」というシールを作って、パーティメンバーの胸辺りにつけさせ、承認欲求を満たしたいところではある。


 仲間とともに駆け抜けてきたこの二年間、実に楽しかった。イドリスは心底からそう思う。


 だが、その時間ももうすぐ終わる。終わらせなければならない。


 イドリスは兄弟たちと袂を分かち、アカデミアへと行かねばならず、アルスランたちはイドリスなき道を進まねばならない。


 一人往く道に不安がないと言えば嘘になる。何度アルスランらにいっしょに来てほしいと口を滑らしかけたか。その思いは時が進むにつれ、大きくなっていく。


 イドリスは甘えを断ち切るために、わざと彼らに厳しく、辛く当たるようにした。未練なく別離をとげるには嫌われるのが最もいい。


 そこで自身の昇格と「異端兵団」の仕上がり具合を見ることも兼ねて、皇都近郊の街「リュービア」まで足を運ぶことにした。リュービアでは「大猿エデ・グォ」が仲間を引き連れ、街や畑を荒らし、人々を傷つけているのだという。


 久しぶりにイドリスも冒険に参加したことで、アスリとベルクは浮かれていたが、その表情はすぐに暗くなることになる。


「ディララ! おまえが牽制の一発を撃たねえと、他の攻撃ができねえだろうが! もたもたすんな!」


「ベルク! てめえがヘイトを取らないで、どうすんだ! アスリとディララがやられたら、全滅だぞ! そのでけえ図体は何のためにあると思ってんだ! もっと前に出ろ!」


「アスリ! その程度の怪我、いちいち治すな! おまえの魔力と回復アイテムは常に温存しとけって言ってんだろうが! 今まで何を聞いてた?」


 他のメンバーが戦っているというのに、イドリスは後方で腕を組みながら、ただ指示に徹していた。いや、指示などと言うものではないだろう。イドリスの要求に応えようとすれば、今の限界をさらに超えねばならないのだから。


 討伐対象である「大猿エデ・グォ」を討つまで、さほど時間がかかったわけではない。むしろ、今までで最速の結果が出たのではないかと思えるほどだったのだ。


 それなのに、ボスを斃し、一息つくアルスランに向かい、イドリスは突然鉄拳をその頬に見舞った。もんどり打って倒れるアルスランを見下ろし、冷たい声で言い下す。


「こんな猿にいつまで時間かけてんだよ? おめえなら最初の一撃で真っ二つにできたはずだ。見ろ、あいつらを。ベルクがしなくていい怪我して、アスリが治そうしてた。あいつらに無駄なことをさせねえのがおまえの役割じゃねえのか?」


「イドリスっ!」


「何だ、その目は? おれは間違ったことを言ったか? ほら、おれの間違ったところ、言ってみろよ。聞いてやるから」


 イドリスの陰湿な難詰は性に合っているのか、実に執拗で粘着質だ。さらに正論で相手の退路を断つのだから、たまらない。


 口喧嘩では一度も勝てたことのないアルスランは返答に窮し、唇をかみしめ、項垂れた。


 そんなアルスランを一瞥し、鼻を鳴らすと、それ以上は何も言わず、今度はアスリのほうへと向き直る。常ならぬイドリスの表情にアスリは怯え、後じさった。


「アスリ、依頼書寄越せ」


 一瞬何を言われたのか、わからない風だったアスリだが、これ以上イドリスの機嫌を損ねたくないとの思いから、慌てて鞄の中を掻き回し、くしゃくしゃになった依頼書を震える手で差し出してきた。


 イドリスは無言で依頼書をひったくると、彼らに背を向け、一人歩き出した。


「先に帰るぜ。こいつはおれが届けておく。報酬は後で全額おまえらに渡すから、安心しろ」


 振り返ることもなく、ただ去って行くイドリスの背中に四対八本の視線が刺さる。イドリスは背中に物理的痛覚を覚えて、顔をしかめた。あれだけ言われたにもかかわらず、恨みのこもった視線は一つもなかった。むしろ、イドリスを怒らせたことへの自責の念すら感じる。それがイドリスにさらなる痛みを加えた。


「そんなわけねえだろうが、馬鹿野郎ども。おまえらはうまくやってるよ。おれの想像を遙かに超えてな」


 仲間と別れるため、辛く険しい道を選んだのは他ならぬイドリスである。イドリスは歯を食いしばって、苦痛に耐えた。そうでなければ、その責め苦に心が折れて、涙したかもしれない。


 イドリスの姿が完全に消えた後、アルスランは起き上がり、パーティに対した。


「みんな、話がある。ホームに帰ったら、集まってくれ」


 アルスランの深刻な表情は他のメンバーを不安にさせた。それはすぐに具現し、彼らの心を揺さぶることになる。

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