来たぜ……トゥインクル・スターズがよ
イドリスとフェルナンが友誼を深め合ってから、一時間ほどして、新入生が続々と集まり始めた。
普段は傲慢な貴族でも、親元と故郷から離れて新生活を送らねばならないとあっては、寂寥と不安はいや増すことだろう。
彼らの邪魔にならぬよう、もしくは目をつけられぬように、イドリスとフェルナンはやや離れたところから、談笑しつつ、他の新入生の様子を眺めている。
イドリスはフェルナンと話しながらも、周囲に気を配る。どうせ「
そう思っていたが、それらしい人物は見つからない。いや、人が多すぎて、「鑑定」を使っても、ウィンドウが重なりすぎて何が何だかわからない状況になっている。
いつしか、フェルナンとの会話も一段落したので、イドリスは目を細めて、出現したウィンドウを一つずつ確かめていく。情報量の多さに頭痛がし始めた頃、フェルナンが苦笑とともに尋ねてきた。
「誰かを捜しているのかい?」
「あ、いえ、今年は皇族の方も入学してくるとかで、いくらアカデミア内が身分を問わないとしても、失礼があってはならないと思いまして」
「ああ。でも、そんなに心配することはないと思うよ。だって、見れば一目瞭然だからね。それに殿下は気さくなお方だよ。ぼくみたいな地方貴族の名前すら覚えていて、お声がけしてくれたからね」
フェルナンはトリスタンのことを崇敬しているようだ。イドリスとしては危ぶまざるを得ない。長子でありながら、皇位継承権が第三位であることが、トリスタンの立場がいかに不安定であるかを物語っているからだ。あまり肩入れさせないようにしなければならない。
この際だから、在学中にフェルナンの地歩を固めてもいい。相手は貴族という名の魑魅魍魎どもだ。退治するのに何ら遠慮はいるまい。
すでにフェルナンの家臣気取りなイドリスは不意にあることを思いだした。それは「主人公」の出身地はデフォルトならば子爵領から始まることだ。聞いておく必要がある。慎重に言葉を選んで。
「ところで、皇子殿下の他にも大物が来ると聞きました。何でもフェルナン様の領地から『聖女』がやってくるとか」
「え? そんな話は聞いてないな。そもそも聖女なんていないし。何かの間違いじゃないのかい?」
「そうですね。わたしも噂を聞いたってだけで」
「ああ、でも、一人すごい力を持った娘がいたなあ。ちょうど同い年で、幼馴染みみたいな感じの娘が。もう十年も前のことだから、顔も名前も覚えてないけどね。ちょうどその頃に両親が亡くなって、家督を継ぐための手続きとかがあって忙しかったから。そういうのが全部終わったと思ったら、いつの間にか、その娘もいなくなっちゃったんだけどね」
「お辛いことを思い出させまして、申し訳ありませんでした」
イドリスは頭を下げつつ、考えを巡らせ、ある確信を持った。フェルナンをして「すごい力」と言わせるからには、子供でもわかるほど傑出した能力者が子爵領にいたということだ。「主人公」がいた可能性は十分にあり得るし、精度も高くなってきた。
娘が姿を消したというのは死んだという意味ではないだろう。おそらく移住したか、何者かに連れ去られたか。後者の可能性は外すとして、移住先となると、その能力からも皇都に招聘されたという話が妥当なところだろう。
為政者にとって、卓越した能力者が他国に流出するものほど頭を悩ませるものはないはずで、その意味においてはまず手元に置くに違いない。さらに進めれば、アカデミアに入学させるのが最良だ。手元に置いて、なおかつ手の届く位置にいるのは実に都合がいいというわけである。
とはいえ、この中から捜すのは骨の折れる仕事だ。平民の入学生もそれなりにいるからである。砂浜から砂金を見つけるよりはたやすいだろうが、藁の中から金の針を見つけるよりは難しそうだ。
とにかくやるほかない。決意を新たにしたところで、フェルナンに肩を叩かれた。
「イドリス! ほら、殿下がいらしゃった!」
声に興奮を乗せて、フェルナンが視線で指し示す先に「主要登場人物」が姿を見せた。周囲も騒然とする。
「真ん中におわすのがトリスタン殿下だ」
トリスタンの容姿は「ごく典型的な王子様」というところだ。彫刻的な美しさがあるが、一流の芸術家の作ではなく、一流の職人による量産品のような印象を受ける。要するに没個性的な美形というわけだ。
周りに光の粒を伴い、トリスタンは周囲の声に応えて笑顔を向けてはいるが、その無機質さには底知れぬ寒さを覚える。秀麗な顔の皮を一枚剥がせば、裏にどんな闇が潜んでいるのか。
「近づかんとこ」
トリスタンへの対応はこれしかないだろう。向こうから関わってこない限り、こちらから接触することはない。むしろ積極的に避けたほうがいい。トリスタンの姿が見えたら、即逃亡を基本方針とする。
「で、こっちから見て、殿下の左側の彼がベルトラン・デ・ラ・バランディン殿。近衛騎士団の団長ゴトフレド様の次男で、すでに魔物退治で手柄を上げているそうだ」
熱血脳筋馬鹿。それが「アストレイ・アストラル」でのベルトランの評価だ。その上、弱いものと平民を認めないという一面もある。隔離区の価値観と差別主義者をあわせた存在だ。イドリスなど格好の的だろう。軋轢ですんでいればいいが、衝突するのは目に見えている。こちらも近づく利はない。むしろ害悪だ。
「さらにその左にいるのが勇者テオ様のご子息レオ・デ・ラ・フィロアスル殿だ。噂ではレオ殿の実力はテオ様を超えているらしい」
レオの評価はさらにひどい。「むっつり」だからだ。父があまりにも偉大すぎるために、いろいろとこじらせた挙げ句、韜晦の術だけがうまくなってしまった。誰かに何かを伝えるのが下手すぎて、いわゆるコミュ障ではあるが、トリスタンの学友に取り立てられ、ぼっち街道には進まずにすんでいる。
一方で、レオの潜在能力は勇者以上で育てれば、いずれ世界最強の座を恣にすることもできよう。もっとも、育ちきればだが。
「こいつにも近寄らんとこ」
性格的には似通っているが、それだけに相反するものがあろう。同族嫌悪というやつだ。
さらにイドリスは個人的な恨みもある。「アストレイ・アストラル」での使い勝手が非常に悪かったのだ。スキルがピーキーすぎて、うまく嵌まればすさまじい破壊力を生み出せるが、そこまでの性能を出せるものはほぼいない。ライトゲーマーから蛇蝎のごとく嫌われていたのも納得である。
「それで殿下の右側にいるのが、魔法兵団団長アスドルバス様の外孫であるアドリアン・デ・ラ・バルリオス殿だ。見てわかるとおり、彼は十歳という若さでアカデミアに飛び級で入学した天才だよ」
アドリアンは天才であるが故に人間性が欠如した部分があり、しばしば常識が通じない。かろうじて序列というものはわかっているらしいが、仲間以外は皆実験体程度にしか思っていない節がある。
「アストレイ・アストラル」では、「主人公」が姉のように接し、導いたおかげで、アドリアンは愛を知り、命の尊さを知るのだ。
「おれがそこまでしてやる必要はねえな。パス」
無軌道な子供に関わるだけ神経がすり減るというものだ。よって、ノータッチが最適解との結論に到る。触らぬ神に祟りなしだ。
「で、右側最後尾にいるのが左丞相エンリケ様の嫡男ノエ・デ・ラ・カンデラレア殿だ。勉学においては誰も彼の右に出るものはいないとされるほどの秀才だよ」
ノエは取りを飾るに相応しいひどい渾名がある。「陰険眼鏡」だ。トリスタンがレティシアとの婚約を解消をしたとき、婚約解消の
しかし、他の四人と異なり、理が通じる。ノエは賢人を認め、そこに身分の差異はないと考えている。故にノエ以外の四人と何らかの形で折衝せねばならなくなったときの保険として使えるかもしれない。
「一勝四敗か……」
何の勝敗かは、イドリス自身もわかっていないが、光り輝く五人衆はトリスタンを中心に、その両翼を固めるご学友とともに真っ直ぐ歩を進めていく。
だからこそ、イドリスは見落とした。光があまりにも強く、どうしても目を逸らせず、すぐ近くに「主人公」がいたことに気づかなかったのだ。
その上、トリスタンの後ろにはある意味物語の中心人物となる「悪役令嬢」がいたことも察知できなかった。
イドリスは「ミュージックプレイヤー」を起動するべきだった。そうすれば、「ヒア・シー・カムズ!」という何とも恐ろしげな曲が流れていたというのに、聞き逃したのは、完全なる過失だ。
イドリスがしでかした運命の負債はすぐに回収されることになる。
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