第7話 研究準備のおじかん

「えと、私、明後日には領地に帰らなきゃいけないんですけど……」


 アーシャさんの言葉に私は控え目にそう告げる。

 彼女もそのことをすっかり忘れていたみたいで、落胆したように肩を落とした。


「そう、そうだったね。忘れてた」

「本当は私ももっと居たいんですけど……」


 ずぅんっと空気が重くなる。

 ……かと思いきや、カレイシアさんがなんてことないようにこんなことを言った。


「それじゃあこの研究所で臨時に雇っちゃえば?」

「え? そんなこと出来るんですか?」

「まあ、特例にはなるだろうけどな。ただこいつはこの国の第二王女だぞ。それくらい訳ないさ」


 そう言ってカレイシアさんはアーシャさんの方を見た。

 なるほど、確かにそれなら問題ないのか……?

 アーシャさんもカレイシアさんの言葉を聞いて納得したように手を叩いて頷いた。


「確かに、それが唯一の解決策かも。ただ、レイラのお母様に確認を取らないといけないと思うけど」


 ということで、急遽、この研究所で雇って貰えることになった。

 臨時とは言え、なかなかの好待遇だ。

 正直、昨日までの私は、自分の仮説がここまで評価されるとは思ってもいなかった。

 先ほどは褒められて無邪気に喜んでしまったが、こう実際に動き始めて実感が湧いてくると、少しビビってしまうものだ。


「それじゃあ、私はレイラのお母様に確認を取ってくるから、先に研究に必要になりそうな要素を書き連ねておいて」

「分かりました。ありがとうございます、わざわざそんなことまでしていただいて」

「ううん、問題ない。それよりも、ほら、話し方が固くなってるよ。お友達なんだからもっとラフにしていいから」

「は、はい。ごめんなさい」

「謝らなくていい。これはただのお願い」


 それだけ言ってアーシャさんは部屋を出て行き、カレイシアさんと二人きりになる。

 ……うーん、なんか気まずい!

 何話していいかよく分からない!

 そもそもコミュ障な私と、あまり他人を寄せ付けなさそうなカレイシアさん。

 相性は最悪だ!


 しかしカレイシアさんは沈黙が気にならないタイプなのか、はたまた私自身にはそこまで興味がないのか、再び窓際の机に戻って書類の確認に戻った。

 私も気を取り直して紙に何が必要になりそうか書き出していく。


 ええと、まずは魔法使いの手相をたくさんと、彼ら彼女らの得意魔法や魔法の強度威力など詳細な情報も欲しい。

 手相は手にインクをつけて紙に押しつけて手形を取ってもらう形にするとして、レポートは自分で書いてもらう感じで良いかな。

 レポートには、得意属性、魔法の維持時間や使用出来る回数とかかな。

 後は、全力で魔法を使ったときに、どのくらいの規模の魔法が使えるかも知りたいけど、これを何百人分にレポートにしてもらうのも忍びないか。

 うん、まずはこの仮説が正しいかを検証する必要があるだろうし、詳細を調べる必要はまだないはず。


 私は紙に、


・魔法使いの手形(出来るだけ多く)

・手形を取ってくれた魔法使いの得意魔法や、魔法の維持時間や使用出来る回数を書いたレポート(体感で構わない)


 と言うのを書いた。

 書き上がると同時に、カレイシアさんが立ち上がった。

 どうやらずっと私の考えている様子が気になって見守っていたらしい。

 全く気がつかなかった。


「どうだ? 書けたのか?」

「はい、書けました。こんな感じです」


 ソファの方に寄ってきたカレイシアさんに紙を手渡す。

 彼はそれをサッと読んで、一言。


「うん、問題ないな」

「本当ですか? 自分で書いて何ですけど、なかなか大変そうで申し訳ないなって思ったんですけど」

「いや、レイラの仮説を聞かせれば、魔法使いならみんな絶対に興味を持つはずだ。快く協力してくれるはずさ」


 カレイシアさんは自信満々に言った。

 まあ、彼がそこまで自信満々に言うなら本当に大丈夫なのだろう。

 そんな話をしていると、アーシャさんが帰ってきた。


「とりあえず許可を取ってきた。快く承諾してくれたよ」

「……母はなんて言ってました?」

「ええと『あらあら、もうそこまで成長しちゃったのね。子供の成長って思ったより早いのね』って言ってたわ」


 うん、うちの母らしい。

 うちの母はかなりのノンビリ屋さんで、基本ずっとおっとりしている。

 しかしスイッチが入ると人が変わったようにテキパキと動き出すのだ。

 先ほどのお茶会では完全にスイッチが入っていたね。


「で、何が必要になるか書き上がった?」

「はい。こんな感じですね」

「ふむふむ、良いんじゃないかな。うん。私も最初はこれくらいで良いかと思ってた」


 アーシャさんは私の書いた紙を眺め、人差し指と親指で顎をさすりながらそう言った。

 そしてその紙を丁寧に折りたたんで、ポケットに入れると言った。


「それじゃあ今日はそろそろ日も暮れるし、レイラは帰った方が良いかな。お母様も待たせてるしね」


 言われて窓から外を見てみると、既に空は赤く染まっているのだった。

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