第11話 陰と陽、光と闇

「良いでしょう。お貸ししましょう」


 そう言った神父さんの顔は何処か晴れやかだった。

 そんな会話をしていた私たちに、カレイシアさんが服の埃を払いながら話しかけてくる。


「そろそろ手相の話を聞きたいんだが」

「ああ、そうでしたね。お話しいたしましょう」


 そうしてカレイシアさんから本を受け取り、書斎を出て一つの部屋に入った。

 そこは休憩するにはもってこいのスペースで、ソファがあり、その側のテーブルの上にはお菓子が置かれていた。


「このお菓子は信者たちが持ってきてくれるのです。私一人では食べきれないので、シスターに渡したりしているのですが、それでも余ってしまう事もあるので、ぜひ遠慮せず食べていってください」


 神父さんはそう言いながらヤカンでお湯を作り始める。

 どうやらお茶も淹れてくれるみたいだ。

 それから温かい紅茶の入ったカップを手渡され、ソファに促された。

 カレイシアさんと隣同士で座る。

 その向かいに神父さんが腰を掛けた。


「さて。それでは手相に関連する神話の話を始めますが、宜しいでしょうか?」


 私とカレイシアさんは頷いた。

 それから小一時間ほど神父さんの話は続いた。

 やはり思った通り、手相には様々なルーツがあった。

 しかしなるほど、これはこの神父さんの話を聞いてないと辿り着けない考え方だと思った。

 私たちは興奮冷め止まないまま教会を出て、王城の研究所に帰ってきた。


「あ、二人ともおかえり……って、凄い形相だけど、なんかあったの?」

「あ、いえ! 何かあったわけじゃないんですけど、神父さんの話を聞いて早く確かめなきゃって!」

「そ、そう……。頑張ってね」


 私の勢いに若干引き気味のアーシャさん。

 私は先ほど聞いた話を元に、手相とレポートを確認しながら仕分けていく。

 カレイシアさんはソワソワと部屋の中を歩き回る。

 そんな私とカレイシアさんの様子に、アーシャさんは結果を聞くタイミングを失ってしまったみたいだ。

 ただ私の作業をジッと眺めている。

 そして、仕分けを開始してから十数分後。


「本当だ……やっぱりあの話は正しかったんだ……」


 並んだ手相を見比べながら私は呆然と呟いた。

 こんな、こんな常識を覆すようなことだなんて思ってもみなかった。

 そんな私にアーシャさんが尋ねてきた。


「その様子だと分かったみたいだけど、私にも説明してくれる?」

「はい。もちろんです。……結論から言うと、手相が魔法の発動に関係しているというのは正しかったです」

「おおっ! それは凄い! やっぱりレイラならやってくれると信じてたよ!」


 そう喜んでくれるアーシャさんに、私は更に爆弾発言をぶつけた。


「でも……ここからが問題で、この魔法の四大属性と呼ばれるもの。それは実質的には存在しない・・・・・ということです」


 私が言うと、アーシャさんは眉を寄せた。

 それから訝しげに私に尋ねてくる。


「それってどういうこと?」

「そのままの意味です。四大属性というのは存在せず、代わりに陰と陽で分けられていたんです」

「つまり、魔法は四大属性に分かれているわけじゃなくて、陰と陽の二属性に分かれていた、ってこと?」

「正確には、陰と陽、定形と無定形の二パターンに分かれていたのです」


 つまり水属性だと思われていたものは、陽と定形。

 火属性は陽と無定形で、風は陰と無定形、土は陰と定形と言った形だ。

 それに、今は分かりやすいように火属性水属性と暫定的に名義付けして説明したが、火属性の中にも定形の魔法があったり、逆に水属性の中にも無定形の魔法があったりするっぽい。

 そういった理由で、手相を分類分けした時に、火属性の人たちの中でも縦線横線の長さがバラバラだったりしたのだ。


「なるほどねぇ……それは確かに凄い発見だね。しかしそこまで必死になるほどのことかな?」

「いえ、少し考えてみてください。陰と陽、言い換えると光と闇になりませんか?」


 私の言葉にアーシャさんはハッと目を見開いた。

 それから震える声で言う。


「もしかして、魔法陣でしか使えなかった魔法が……?」

「そうです。まだ何も分かっていませんが、この考え方がもしかしたらキッカケになるかもしれません」


 そう。

 この考え方は、今まで魔法陣を使ってでしか発動できなかった光魔法や闇魔法が使えるようになるかもしれない糸口だ。

 もしかしたらもっと詰めていければ、光魔法や闇魔法を人の手で使えるようになるかもしれない。

 私がそう説明すると、アーシャさんは突然バッと飛びついてきた。


「凄い、凄いよ、レイラ! やっぱり私の見込んだ通りだった! もう、感謝しかないよ!」

「いえ、まだそうと決まったわけじゃないですし、小さな糸口を見つけたに過ぎないので」

「それでも凄いんだよ! だって書物が残っている千年前から一向に糸口も見つかってないとされてるんだよ! 凄いよ!」


 そう純粋に喜ばれて、こっちまで嬉しくなる。

 しかしここで天狗になる訳にはいかない。

 確かに凄いことなのかもしれないけど、結果を出せた訳じゃないからね。

 ……いや、手相の謎を紐解いたのは、十分結果とも言えるのかもしれないけど。

 でも、私はもっともっと研究をしていきたい。

 そのためには天狗にならず、好奇心の赴くままに実験を繰り返していく。

 それが重要だと思うんだ。


「とにかく、まずは手相と魔法属性の関係を論文に纏めないとね!」

「はい! 頑張ります……って言いたいところなんですけど、論文の書き方を知らなくて……」

「ああ、それくらいなら任せて! ちゃんと教えてあげるから!」

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