第10話 古代魔法との出会い
私はカレイシアさんと連れ立って街を歩き、教会に向かっていた。
アーシャさんを連れてくると護衛がついて色々と手間だから、今はカレイシアさんと二人きりだ。
彼は喋る方じゃないし私もコミュ障だから、歩いている間ずっと沈黙が続いていた。
「げっ……」
そんな中、私たちの傍に一台の馬車が停まった。
そこから顔を覗かせた人を見て、カレイシアさんは顔を露骨に顰める。
長い髭の生えた老人だった。
瞳は値踏みするように私を睨め回し、嫌みたらしい声で私たちにこんなことを言い出した。
「おやおや、そこに居るのは先ほど珍奇な仮説を持ってきた筆頭宮廷魔法使い殿じゃあないかのぉ。それに隣には何やら可愛らしい少女を連れてるときた。ふむふむ、おそらく最近成果が出せなさすぎて、幼い少女の妄想にまで頼らざるを得なくなったと見た。確かに最近発表した論文の数は、宮廷とギルドとを比べると、歴然の差が見て取れるからのぉ」
滔々と語る爺さん。
何か嫌な奴。
チラリとカレイシアさんの方を見ると、ムスッとした表情で無言を貫いていた。
「ふぉふぉふぉ、図星だからか、黙ってしまいおったわい。やっぱり人は不利になると黙ってしまうものなのかのぉ。これぞ、正しく人間の心理! じゃのぉ! ふぉふぉふぉ!」
心底楽しげにそんなことを口にする。
性格わるぅ……。
思わず言い返しそうになったが、カレイシアさんが怒りを堪えているのを見て、私も黙ることにした。
爺さんはそんな風にベラベラ喋り、高笑いしながら馬車で何処かに行ってしまった。
あの爺さんの馬車が見えなくなると、カレイシアさんはポツリとこう言った。
「絶対に見返すぞ」
「はい、頑張りましょう」
私たちはそう決意を新たにすると、教会に向かうのだった。
***
「手の皺のルーツですか。なるほど、その話を聞くのも久しぶりかもしれません」
教会に行き神父さんに手相のことを尋ねてみると、彼は遠い目をしてそう言った。
それからついてくるように言って、教会の奥に歩いて行く。
私たちも彼を追って教会の奥、様々な神話や歴史の書かれた書物のある書斎に来た。
「ええと、どれだったかな……? あった、これだこれ」
老眼鏡をかけ直し、書斎の書物を漁る神父さん。
なかなか杜撰に積まれていたりして、かなり苦労して探し出していた。
「ちょっとそこの男の方。この本が取りたいので上の本をどかすのを手伝ってくれませんか?」
「ああ、もちろんだ」
神父さんに声を掛けられカレイシアさんは本をどかす作業に移った。
私の小さな体では逆に足手纏いになると思い、近くの本のタイトルを眺めていた。
創世記とか、神々の休暇とか、色々な書物が積まれている。
面白い本はないかな……?
そう探していると、ひとつとても興味を引かれるタイトルの本があった。
〈古代魔法入門〉
……何これ?
古代魔法?
そんなの聞いたことがない。
少なくともうちの屋敷の書斎にあった魔法教本には書かれていなかった。
その本をジッと眺めていると、ようやく一冊の本を取り出せた神父さんが寄ってきて私に言った。
「それが気になりますか?」
「はい、とっても気になります!」
「そうですか。古代魔法が現在、なんて言われているか知っていますか?」
神父さんの言葉に私は首を横に振った。
すると神父さんは苦笑いをする。
そして優しく子供に語りかけるように言った。
「古代魔法というのは、人の夢です。憧れとも言えます。神々が使う魔法とされ、尊ばれてきました……ずっと昔は。今は物語の中の魔法だという理解が広まっています。こんな都合のいいもの、この世にはないと。人々はそう言います」
神父さんは少し悲しげに目を伏せて、話を続けた。
「最近、神々を信じない人が増えてきました。それはいいでしょう。そういう考え方も、またひとつの思想です。しかし、そういう人は夢を見なくなりました。未来を信じられなくなりました。私はそれを憂いてしまいます。もっと夢のある世界の方が、美しいと思うのに……って、少し難しい話でしたね。申し訳ございません」
そう謝る神父さんに私は言った。
「この本、貸してくれませんか?」
「……空想の、お伽話の魔法ですよ? 良いんですか?」
「だから良いんじゃないですか。さっき、神父さんも言いましたよね? 夢のある世界の方が美しいって」
私の言葉に神父さんはハッと目を見開いた。
そんな彼に私は笑いかけて言うのだった。
「でも、夢が現実になる世界の方が、もっと美しくないですか?」
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