第32話 古代魔法
「ぜえ……ぜえ……お待たせ致しました。私がここの当主、エリバ・フォン・アルシュバインです」
大慌てで父と玄関前に向かった。
そこではソワソワした様子の王子様とその部下らしき人が待っていた。
何とかリーチェが繋いでくれていたみたいだ。
後で何かお礼をしなきゃ。
父がアムステラ神聖大国の第三王子にそう挨拶をすると、彼は真剣な表情でこう言った。
「初めまして。私はアムステラの第三王子、エレイア・アムステラです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。……それで、こんなところに何の御用でしょうか?」
そう尋ねると、彼はまるで罪を告白するように後ろめたそうな雰囲気で視線を逸らして話し始めた。
「それが……うちの国で捕らえていたはずの魔族が二匹、逃げ出しまして……おそらくこちらの方面に来たのではないかと予測されます。なので、それをお伝えしようと思い、こうして馬を走らせていたのです」
「ま、魔族だって!?」
エレイア王子の言葉に父は目を見開き声を震わせた。
その表情は恐怖で歪んでいる。
リーチェもその表情は芳しくない。
私は自分の記憶を遡ってみても魔族なんて単語は出てきていなかった。
不思議に思って尋ねてみる。
「魔族って何のことでしょう?」
「ああ、貴女は幼いですからね。知らなくても当然かもしれません。魔族というのは今から二十年前、人類を恐怖に貶めていた半人半獣の生物です。彼らは魔物と同様、人や動物の命を奪うことを目的とし、魔物と違うのはコミュニケーションを取って結託すること、魔法を使えること、などが挙げられます」
なるほど。
魔物と似たような存在ということか。
しかし、魔物とか魔族とかっていうのは悪意の塊みたいなものだね。
……悪意、悪意か。
魔力が意思を持ち、人の思考を読み取るなら、善意だったり悪意だったりも読み取っているのだろうか?
……ん? いや、待てよ?
魔力は個人に合わせて変質する。
魔力は思考を読み取る。
ってことは、魔力は人の思考の
つまり、悪意を多分に含んだ魔力と、善意と多分に含んだ魔力が生まれるというわけだ。
いや、善悪ではなく、正の感情、負の感情という尺度の方が良いのかもしれない。
魔物は突然生まれる。
何もない空間から、突然生まれるのが魔物だ。
しかし街中や家の中で突然湧いて出たという話は聞いたことがない。
それは何故か。
街中や家の中では、
例えば森の中や洞窟の中では、魔物が生まれるものとされ、そこに行くだけでストレスだったり恐怖心だったりを感じる。
その感情に空気中の魔素が反応して、魔素が負の魔力となり、魔物が生み出されるのでは?
そう考えると辻褄が合うような気がしてきた。
だから、この負の感情を詰め込んだような魔力の塊の魔石と、私の正の感情が詰め込まれた魔力を持つ腕輪が反発し合うのでは?
『古代魔法というのは、人の夢です。憧れとも言えます。神々が使う魔法とされ、尊ばれてきました……ずっと昔は』
以前神父さんはこんなことを言っていた。
魔力に正負がある、としよう。
もし古代魔法があるものと仮定した場合、それを行使するにはどんな魔力が必要になる……?
夢、希望、憧れ、明日へ進もうとする力。
それこそが古代魔法に必要な感情なのではないか?
魔力がその感情に反応して、変質したときのみ、古代魔法が使えるようになるのではないか?
パチリ、と全てのピースが揃った気がした。
気づきと同時に、自然と古代魔法が使えるような気がしてきた。
両手を、両方の手のひらを、私は握りしめる。
「転移」
呟いた瞬間、私はアムステラ王子たちの背後に現れていた。
「で……出来た……」
まだ数メートルを転移しただけだ。
しかし、出来た。
古代魔法を使うことが出来た。
心が震えてくる。
突如として背後に現れた私を見て、王子たちや父、リーチェは驚き瞳が零れ落ちそうなくらい見開かれていた。
「それって……もしかして転移……ですか……?」
エレイア王子が恐る恐るといった感じでそう尋ねてくる。
私はハッキリと頷いて言った。
「そうですね。これがおそらく、古代魔法の一つ、転移魔法になると思います」
そう告げると、ピタリと時間が静止したような沈黙が訪れた。
しかし次の瞬間には、絶叫が玄関前の広間に響き渡るのだった。
「「「ええぇえええええええええええええええええええええええぇえええええええええぇえええええええ??!!」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。