第三章:生まれの土地
第28話 ひさしぶりの家族
「そういえばこっちにはどのくらい居るのかしら?」
近況をお互い話し終えた頃、ふと思いついたように母が尋ねてきた。
いや、もしかすると、突然思いついたのではなく、最初から聞こうと思っていたのかもしれない。
うちの母はいつも私の頑張りを邪魔しないように気を使ってくれているから、おそらく自分から聞くかどうか迷っていたのだろう。
もし滞在期間が短かった場合、私が答えにくくなって、少し長めに答えてしまうことを危惧してくれたのかもね。
母は前々からそうだった。
魔法に興味を持ったときも、色々と考え事を巡らせているときも、私の邪魔にならないように気を使ってくれる。
そんな優しい母だ。
だからこそ、努力を悟られるのがむず痒いのかもしれない。
絶対に微笑ましい目で見られるから。
私は母の問いに、う〜んと考えた後、カレイシアさんの方を見た。
「アライアス王女殿下には一ヶ月ほどは居ても良いと言われているな」
「それじゃあ一ヶ月はいますか」
「あらあら、良いの? そんなに長い間こっちにいて。研究の方は大丈夫?」
その母の問いにカレイシアさんが頷いて答えた。
「定例魔法会議はこの間終わったばかりですので、あと半年はないですし、直近で急いで熟すべき業務もないですね。雑務はアライアス王女殿下がやってくれています」
王女殿下に雑務を押しつけている時点で早めに帰った方がいいのは間違いないのだが、こればかりは彼女が自ら引き受けてくれたことなのだから、その好意をわざわざ無下にして急いで帰るのも逆に申し訳がないと思う。
「ふふっ、一ヶ月もうちにいてくれるのは嬉しいわ。エリバさんも喜ぶでしょう」
「あ、そういえばお父様は?」
エリバさんとはうちの大黒柱、つまりアルシュバイン伯爵その人である。
そして私の父だ。
私が母にそう尋ねると、母は少し考えた後こう言った。
「う〜ん、今は書斎で税の収支の確認をしているんじゃないかしら。まあ、あの人が書斎から出てくることはあまりないですけどね」
そう言って苦笑いを浮かべる。
確かに父の記憶は書斎と常にセットだった。
ずっと書類仕事に追われているイメージだった。
ツルの合ってないメガネをずっとかけていて、いつもずれ落ちそうになっているところを人差し指で押し返す、という光景までがセットだ。
貴族で収入もあるのだからメガネくらい変えれば良いのにと思うけど、どうやら母が昔に誕生日にあげたものらしく、それを今の今までずっと大切に使っているみたいだ。
ツルの位置が合っていないのは、貴族家の当主になって少し痩せたからだと母は言っていた。
確かにストレスとか責任とか凄そうだもんね。
そんなことを話していると、廊下の方でドタバタと音がする。
そして勢いよく部屋の扉が開かれた。
「レイラが帰ったって本当か!?」
入ってきたのは父、エリバ・フォン・アルシュバインだった。
完全にメガネがずれ落ちそうになっている。
が、父はそんなことは気にしていない。
部屋の中を慌てて見渡して、私を見てホッと安堵のため息を吐き、次にカレイシアさんを見て大慌てで背筋を伸ばした。
「ゴホンッ! も、申し訳ない。娘が帰ってきたと聞いて、慌ててしまって。アライアス王女殿下の研究室に入ったと聞いたときには驚いたものでしたが、こう、カレイシア殿とともにおられると、ようやくそのことに実感が湧いてきますな。レイラはお二方にご迷惑をおかけしていないでしょうか?」
テンパったような早口で言う父に、カレイシアさんはゆったりと笑みを浮かべて頷いて言った。
「ええ、レイラはよくやってくれていますよ。私たちでは思いつかないような面白い発想で凄い研究結果を出してくれましたから。それに普段のやり取りもしっかりしていて、まるで十歳には思えないくらいですね」
「そうですか、それなら良かった……。あ、いえ、私はそれだけですので。じゃあ、レイラ、しっかりやるんだよ。……失礼しました」
そう言って父は慌ただしく帰っていった。
母は苦笑いしてカレイシアさんに言う。
「既にご存じかもしれませんが、エリバさんはちょっとおっちょこちょいなので、大目に見てくれると助かります」
「ふふっ、あれくらいのこと、問題じゃありませんよ。それに今は非公式の場だと言ったのは、エレナさんでしょう?」
「そうでした。すっかり忘れていましたわ」
あははー、うふふー、と笑い合う二人。
自然に笑い合っているように見えて、やっぱりどこか貴族的なやり取りにも見える。
しかし……父も大変そうだよね。
あそこまで裏表を作れない性格をしていると、貴族として相当不利な気がする。
まあそこを補っているのがうちの母なんだろうけど。
母はスイッチが入ると凄いからなぁ……。
「一旦、近況は話し終わりましたし、解散としましょう。カレイシアさんは客間に案内しますね。レイラは好きにすると良いわ。自分の部屋に戻るでも、書斎に篭もるでも、ね」
そういうわけで解散になり、私はいつも通り屋敷の書斎に入った。
うん、まだ一ヶ月弱しか経っていないのに、凄く懐かしく感じる。
私はそこで魔力のヒントを求めるべく、何度も読み返した本たちをもう一度読み直すのだった。
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