第二章:遠征と研究の二週間
第18話 遠征のおじかんです
あれからというものの、私の日常に大きな変化が訪れたかと聞かれれば、そんなことは一切なかった。
いつも通りに朝にリーチェに起こされて、研究室に行き、研究をするという変わらない日々を送っていた。
現在、私が研究しているのは魔力量測定器だ。
古代魔法とどちらを研究するか考えたのだが、魔力量測定器の方が楽そうだからという理由で選ばれた。
一旦、休憩がてらに、あまり頭を使わない研究を選んだというわけだ。
しかし、頭を使わないと言っても、やるべき事はある。
それは〈ミスリル〉の確保だ。
王城の図書室にあった鉱石事典によると、ミスリルは別名〈魔導鉱石〉とも呼ばれ、魔力浸透率が高いことから魔導具を作る際の魔法陣の記入などに使われているらしい。
このミスリルを魔力量測定器に使用しようと考えていた。
体内に魔力が巡っているなら、おそらく血液に魔力が含まれていると私は考えていた。
ヘモグロビンが酸素と結びついているように、魔素版赤血球的な何かが血液に含まれているのだと仮説を立てた。
ちなみに魔素と呼ばれる魔力の元となる物質が空気中に含まれているってのも、私の仮説である。
そこで私が考えたのは、ミスリルを高温で液体状に溶かし、そこに血液を入れるとどう反応するのだろうか、ということだった。
全く分からないが、とにかくやってみるしかない。
しかしミスリルを高温で溶かして駄目にする可能性があった。
アーシャさんは少しくらいなら宝物庫から出すと言ってくれたが、駄目にする可能性がある以上そういうわけにはいかない。
というわけで、私はミスリルの取れる王都から一番近い鉱山〈ラライエ鉱山〉に向かうことにした。
しかし問題は同行者だ。
まだカレイシアさんも帰ってきておらず、多忙なアーシャさんを連れ出すわけには行かず、一人で行こうと覚悟していたところ、リーチェがこう言った。
「あ、私、昔は冒険者をしていたので問題ありませんよ」
初耳だ。
ちょっと気になったので詳しく聞いてみることにする。
「冒険者って一人で? それともパーティーを組んでたの?」
「一人でですね。レイラ様のご両親に拾われるまで、私は冒険者として定住地を持たず、旅をしながら生活していました」
何で私の両親に拾われたのか。
そしてどうして冒険者をやめたのか。
そのことも聞きたかったが、あまり話したくなさそうにしていたので聞かずにいた。
「とにかく、ラライエ鉱山であれば私がいれば無問題でしょう。こう見えても私、A級でしたので」
その言葉に目を見開く。
冒険者はS~Fまでランク付けされていて、Sが一番高い。
AはSの一つ下、だからランクで言えば二番目に強い人ということになる。
「凄いんだね、リーチェって」
「そんなことありませんよ」
その言葉をリーチェは割と本気で言っているみたいだった。
***
「ずずずっ……あっ、そういえば明日からラライエ鉱山に行くことになったので、当分この研究室には来れないかもしれません」
出立する前日、私は研究室でお昼ご飯のスープを啜りながらアーシャさんに言った。
「了解、分かったわ。本当はミスリルなんていくらでも貸し出すんだけど……借りを作ることでレイラの心が安まらなくなるのなら、仕方がないよね」
「もちろんそれもありますが、少し他の場所にも行ってみたいというのもあります」
その言葉を最後に私は王都を経つ。
行き先はラライエ鉱山のあるラマネル断崖都市。
王都から北に向かって四日ほど歩いたところにある、崖と鉱山の街だった。
***
「なるほどな。お嬢ちゃんたちはミスリルが目当てなのか」
アルルを抱えて、私はリーチェとともに魔導具のトロッコで崖際を走っていた。
ここはラマネル断崖都市だ。
アルベラレリー伯爵領の最北端にある街で、崖に埋め込まれたかのようにたくさんの家々が岩肌から浮き出ているのが特徴的だ。
その名の通り鉱山の断崖にある街で、そこで採れる鉱物はアルベラレリー伯爵領の主な輸出品となっている。
崖沿いにある家々は、おそらく崖の中に通路があって、そこを通って行き来する形になっているのだろう。
トロッコの運転手は、私たちが若い女性だということで興味津々に話を聞いてきた。
私はそんな彼に一つ質問をぶつけた。
「一つ質問なんですけど、ミスリルを手に入れるまでって、どれくらい時間がかかるのでしょうか?」
「そうだなぁ……その時の魔物の出方や運が関わってくるからな。早ければ二日、遅ければ二週間といったところだ」
かなりばらつきがあるみたいだ。
まあミスリルに出会えるかどうかは完全に運だろうしね。
そのままトロッコは崖に掘られた大きな横穴の前まで辿り着くと停止した。
「ここから降りるのが一番良い。他のところはかなり掘り進められているからな。正直あまり旨みがないらしい」
「そうなんですね。ありがとうございます」
運転手の男にリーチェはそう頭を下げる。
それから横穴を進んでいくと縦穴があり、その周囲で男たちが掛け声を出しているところだった。
「上げるぞッ!」
「うおいッ!」
「来るぞッ!」
「あいッ!」
瞬間、目の前の縦穴からもの凄い勢いで鉄製の箱が上がってきた。
「止めッ!」
「あいッ!」
掛け声に合わせて男がレバーを引いた。
鉄製の箱はレバーが引かれるとともに急停車する。
「お疲れ様。今日の成果はどうだった?」
「ボチボチだな。他の穴の奴らには負けてないと思うけど」
そう今日の成果を話し合う男たちに私たちは声を掛けた。
「あの、一つお願いがあるんですけど」
「うおっ!? ど、ど、ど、どうしたんだい!? 何か俺らに用かい!?」
リーチェが声を掛けると、ようやくそこで私たちに気がついて彼らは狼狽え始める。
どうやら女性慣れしていないみたいだ。
そんな彼らにリーチェはにっこりと優しく微笑んで言った。
「私たち、ミスリルを探しに来たんですけど、ここの縦穴を使わせて貰っても良いですか?」
そのリーチェの魅力的な笑みに女慣れしていない男たちが耐えられるはずもなく――
「へ、へいっ! もちろんですとも!」
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