第17話 架け橋になりました

 発表が終わった後、私たちは控え室に戻って自然とハイタッチをしていた。

 それからアーシャさんが心底嬉しそうに言う。


「ふふふっ、見た? あのみんなが驚く顔!」


 まるでイタズラが成功した小学生みたいな喜びようだった。

 しかしその気持ちはとても分かる。

 私だって、今にも跳び上がりたいくらいの喜びで、思わず口元がニヤけそうになる。

 が、それを知られるのは少し恥ずかしいので、緩む口元を必死に抑えながらアーシャさんに言った。


「はい、凄かったです。アーシャさんの作戦は大成功でした」


 そう淡々と言おうとする私に、アーシャさんは頬をツンツンと突いてきた。


「ふふっ、口元の緩みが隠しきれてないよ。レイラにポーカーフェイスは向いてないね」

「……むぅ、そりゃそうですよ。ポーカーフェイスが上手かったら、上の空でいても怒られないようにしますもん」


 アーシャさんの言葉に私は拗ねたように口を尖らせた。

 そんな会話をしていると、突然控え室の扉が開いて人が入ってきた。

 魔法使いギルドの重鎮たちだった。


 文句でも言いに来たのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 彼らは控え室に入ってくるや否や、勢いよく頭を下げた。


「お二方! すまんかった! 疑ったりして、本当に申し訳ない!」


 私は思わず目を白黒させる。

 混乱する私たちに彼らはこう語った。


「儂らとて、魔法使いであることに深い自負を抱えている。こんな凄い成果を見せつけられて、プライドもへったくれもない。ここで突っぱねて論文すら見せて貰えなくなったら、元も子もないのでの。じゃから、もう一度謝らせてもらう。本当に、すまなかった!」


 なるほど。

 彼らは自身のプライドよりも好奇心を取ったらしい。

 うんうん、その姿勢、魔法使いらしくて私は好きだ。

 彼らの正直な態度を、手のひらを返したと言って跳ね返すような器の人間には、私はなりたくない。

 だから――。


「確かに馬鹿にされたときは少しはイラッとしましたけど、こうして謝ってくれたのだから全然許しますよ。そもそも、私はこの研究を独占したいとも思っていませんでした。みんなの役に立ちたくて、この研究をしたんです」


 ……いや、役に立ちたいよりも好奇心の方が断然強いんだけどね。

 ここはちょっとでも好感度を上げておかないと。

 彼らとて巨大な組織である魔法使いギルドの重鎮だ。

 少しくらい媚びを売ってもバチは当たらないだろう。

 そう思ったのだが、私の思惑は大きく外れて、重鎮たちは畏怖するような視線をこちらに向けてきていた。


「なんてことじゃ……。人の役に立ちたいために研究をするなんて……なんて高貴な思想なんじゃ……!」

「おおっ……そんな……儂らが浅はかに見えてくるじゃないか……!」

「いや、儂らは最初から浅はかであったぞ。儂らも彼女を見習って人のために頑張らなければならないのかもしれぬ。それに、よく知りもしないで頭ごなしに他人のことを馬鹿にするのも、良くないのかもしれぬな」


 ちょっと感激しすぎだって。

 私の何気ない媚び売りの一言で重鎮たちを良い方向に啓蒙してしまったらしい。

 全くそんなつもりはなかったのに……。


「さて、それでは儂らは失礼する。先ほどの貴女たちの研究結果の精査をしなければならないのでな」


 そう言って重鎮たちは去っていった。

 残された私とアーシャさんはしばらくポツンとしていたが、唐突にアーシャさんが一言。


「レイラのおかげで、長年犬猿の仲だった宮廷魔法使いと魔法使いギルドに、新しい架け橋が出来たかもしれないわね」


 ええ……そんな馬鹿な……。

 あの何気ない一言が、ここまで大事になるとは思ってもみなかったなぁ……。



   ***



「にゃぁ」


 それから家に帰るとアルルがお出迎えしてくれた。


「あー、よしよし! 寂しかったよね~!」

「にゃぁ」


 私が構おうとすると、アルルはそっぽを向いてどこかに行ってしまった。

 ううっ……猫ってやっぱり気まぐれだよね……。


「お帰りなさい、レイラ様」

「あ、ただいま、リーチェ」


 そんなことをしていると玄関からリーチェが出てきた。

 彼女は疲れてヘトへトの私にこう言った。


「お風呂を湧かしておきましたので! それに夕食の準備も取りかかっているところですので、出来上がるまでにゆっくり体を休めてきてください!」


 流石、出来るメイドは違うなぁ。

 彼女の心遣いに感謝しながら私はお風呂に入った。


「あぁ……気持ちいい……」


 やっぱり疲れているときにお風呂に浸かると、こんなおじさんみたいな声が漏れ出ちゃうよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る