第6話 塔の上の研究室

「あ、そうそう」


 アライアス王女殿下に右手を掴まれて引きずられるように王城の廊下を歩いていると、彼女は突然ピタリと立ち止まって振り返ってきた。


「私たちはもう、お友達だから。これから私のことはアーシャって呼んで」

「あ、アーシャ……ですか?」

「そう。アーシャ」


 礼儀作法を重んじない私でも、流石に王女様のことを愛称で呼ぶのは躊躇われる。

 しかし目の前のアライアス王女殿下は期待の視線をこちらに向けてきていて、私はピタリと固まってしまっていた。

 しばらく何も言えずにいると、徐々にアライアス王女殿下は拗ね始めて……


「呼んでくれないの?」

「は、はい! 呼びます! 呼ばせていただきます! あ、アーシャさん! これでどうでしょうか!?」

「……むう、別にさん・・もいらないんだけど、こればっかりは仕方がないか」


 少し不貞腐れてしまったが、軽い敬称をつけるくらいは勘弁して欲しい。

 しかしひとまずは納得してくれたのか、再び私を引っ張りながら歩き出し始めた。

 それから少しばかり歩き、私たちは王城の塔を昇っていた。


「この上に私の研究室がある。そこでさっき言ってた手相の話をしよう」

「ゴクリ。研究室……」


 凄く気になる。

 どんなものが置いてあるんだろう。

 色々な実験器具とか置かれてるのかな?

 もしかしたら、未出の論文とかもあるかもしれない。

 うん、こればっかりは、理系オタクとしてワクワクしないわけにはいかなかった。

 焦る気持ちを抑えつつ、アーシャさんと塔の階段を昇り、天辺の部屋に辿り着いた。


 そこに入ると、先客が一人いた。

 奥の窓に背を向けるように置かれた机の上で真剣な表情で何かを読む美少年だ。

 いや……美青年と言ってもいい年頃だろう。

 無造作に頭の天辺で束ねられた前髪、クマが出来少し腫れぼったく浮腫んでいる目元。

 そんな無頓着な性格が見え透ける見た目だが、顔立ちはとても整っていて不快感はない。

 彼は私たちが入ってきたことに気がつくと、チラリと顔を上げてすぐに視線を下ろし直した。


「アライアス王女、その子は?」


 彼は興味なさげな声で王女にそう尋ねた。

 それに対してアーシャさんは何故か自慢げに口を開く。


「ふっふ〜ん、この子はとっても面白いことを思いつく少女なんだよ! 名前はレイラ。私の友達でもある!」

「へぇ……」


 テンションの高いアーシャさんに対して、その青年はやっぱりテンションが極端に低い。

 全く興味なさそうだ。


「あ、レイラ、レイラ。そこの彼は私の共同研究者であり、王城に二人いる筆頭宮廷魔法使いのうちの一人、カレイシア・フォン・アルブバーンだよ。あれでも一応、子爵家の当主なんだ」


 当主。

 ってことは、私よりも目上の人ってことかな。

 一応私は伯爵家の長女だけど、当主ではないし。


「初めまして、レイラ・フォン・アルシュバインと言います。よろしくお願いします」

「……ああ、よろしく」


 やっぱり興味なさそうにそう返事をしてくるカレイシアさん。

 もしかして、上の空でボンヤリしている時の私もあんな感じに見えているのかな?

 だとすれば、少し反省しなきゃ。

 他人の振り見て我が振り直せ、だよね。

 しかしアーシャさんはそんな彼の態度を気にもせず、握ったままの私の手を引いて手前のソファまで引っ張った。


「座って。コーヒーか紅茶淹れるから」

「あっ、ありがとうございます。コーヒーでお願いします」

「おおっ、コーヒー飲めるんだ。大人だねぇ」


 まあこれでも昔はコーヒーは苦手だった。

 しかし、前世で科学者的な振る舞いに憧れていた私は、頑張ってコーヒーを飲み続けていたらいつの間にか好きになっていたのだ。

 アーシャさんは自分の分と私の分のコーヒーを淹れてきて、ソファ前のローテーブルに置くと、私の対面に座った。


「それじゃあ、早速さっきの話の続きを聞かせてくれるかな? 私、とっても気になってたの」

「はい、分かりました。それじゃあ、手相と自由形の魔法陣の関係性に対する私の仮説を説明していきます」


 そうして私は、半時ほど、自分の仮説を熱心に語るのだった。



   ***



「なるほどねぇ……やっぱりなかなか面白い考え方だよねぇ、それ。私たちが全面でバックアップして解明してみたいところだねぇ」

「そうだな。俺たちに手伝えることがあれば、何でもやろう」


 感心そうに呟くアーシャさんと、真剣な面持ちで頷くカレイシアさん。

 結局、興味なさげにしていたカレイシアさんも、面白そうな話だと思ったのか、いつの間にか寄ってきていた。

 しかし……この二人の協力が得られるなら、やりたいことがいっぱい出来そうだ。

 うはっ、やばい!

 凄くワクワクしてきた!

 そんな私の興奮を知ってか知らずか、カレイシアさんは更に真剣な表情でこう言った。


「この仮説が正しく、更に手相を見て人の得意属性や魔法の才能を見抜くことが出来るようになれば、それはもう大発明だと言っても良いだろう。まさに歴史の教科書に載るレベルだと思う」


 おおっ……!

 そうなんだ!

 私の名前が歴史の教科書に……!

 うぉおお、興奮してきた!

 インタビューにはなんて答えようかな?

 やっぱり、自分の生まれから語った方がいいのかな?

 私がどんなことを考えて過ごしているかも語りたいところ!


 ……って、いかんいかん。

 そんなことで浮かれては、つまらない人間になってしまう。

 私はもっとたくさん発明や研究をしたいし、こういうのは成果で語る方がよっぽどカッコいいのだ!


「——イラ! レイラ!」

「はっ、はい!」

「もう、レイラってば、すぐに考えに没入しちゃうんだから。まあそこがレイラの面白いところなんだけど」

「ううっ……すみません」

「いや、別に責めてるわけじゃないよ。面白いと思ってるのは本当だし」


 それは素直に喜んで良いものなのか……。

 まあ、ここは素直に受け取っておこう。


「ともかく。この研究はレイラ主体でやっていきましょう。今日中に必要なことを纏めて、明日から早速準備に取りかかりましょう!」


 おおっ、展開が早くて助かる!

 凄い、これが筆頭宮廷魔法使いか……!


 ……って、ん?

 明日?

 確か私、明後日には領地に帰らなきゃいけないはずだったんだけど……?

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