第8話 ギルドの人は頭がかたい

 半時ほど経ち。

 私は母とアルルと王都にある館に戻ってきていた。


「それにしても凄いわねぇ。いきなりアライアス王女殿下の研究所に雇用されるなんてねぇ」


 館の門の前に辿り着き、馬車から降りながら母は言った。

 いやぁ、めちゃくちゃ嬉しいけど、これで天狗にならないように気をつけないと。

 でもそれだけ私の仮説に価値を見出してくれたってことだから、成果を出せるように頑張らないとね。


「お帰りなさいませ、エレナ様、レイラ様」


 馬車から降りると、リーチェが出迎えをしてくれていた。

 恭しく頭を下げるリーチェに母が上機嫌に声を掛けた。


「お出迎えありがとう。ふふっ、今日は少し夕飯を豪華にして貰える?」

「上機嫌のようですが何かあったのですか?」

「そりゃあもう、ねえ、うちの娘が第二王女殿下の研究所に雇用されれば喜びますよ」


 終始ニコニコ顔の母。

 そんな言葉にリーチェは目を見開いて驚いた。


「第二王女殿下の研究所、ですか……?」

「そうなの! 凄いわよねぇ」

「失礼ながらお聞きしますが、どうしてレイラ様なのでしょう?」

「何かシンパシーがあったのかしらね? 突然、お友達になっちゃうし!」

「そうなんですね! 流石はレイラ様です! これもレイラ様の人徳ですね!」


 母とリーチェが、わいわい、きゃっきゃと喜び合う。

 うわぁあああああ、恥ずかしい!

 穴があったら入りたい!

 何かこう、ストレートに賞賛を向けられると、どうしても照れてしまう。

 母たちの様子を見て私はむず痒い気持ちになっていた。


「それじゃあ今日は、手によりを掛けて私が料理長とともに美味しい料理を作りましょう! お祝いです!」

「そうね! 頼んだわよ! 目一杯、豪華にしてね!」


 私よりも二人の方が喜んでない……?

 まあ確かに、こういうのって本人よりも身近な人の方が喜ぶってこともよくある話だけど。

 そんなわけで、今晩のご飯は私の誕生日と同じくらいには豪華なのだった。



   ***



 次の日、私は一人で王城に登城し、塔の上の研究室を訪れていた。


「こんにちはー」

「おおっ、やっと来たね! もう王城に勤めてる魔法使いの半分ほどの手形が集まってるよ!」


 私が部屋に入ると机の上で書類を整理していたアーシャさんが一枚の紙をヒラヒラしながら言った。

 ええっ!? 早すぎない!?

 私が驚き、思わず固まると、その反応が面白かったのかニコニコしながらこう言った。


「いやぁ、やっぱり私の思った通り、魔法使いは面白そうな話に食いついてくるね。特に若い魔法使い! 彼らは無鉄砲なところもあるけど、好奇心旺盛で、考えなしで首を突っ込んでくれるから助かってるよ」


 それって良いことなのかな……?

 アーシャさんの言葉に首を傾げていると、背後の扉がバタンと開かれてカレイシアさんが入ってきた。

 何か不機嫌そう……?

 アーシャさんもそう思ったのか、カレイシアさんに尋ねた。


「もしかして失敗だったのかい?」


 そう聞かれたカレイシアさんはムスッとした表情でソファにドサッと座ると頷いた。


「ああ。あの頭の固い腐れジジイ共め。よくもあそこまで批難できるものだ」

「やっぱりかぁ。ギルドの連中は特に頭が固いからね。柔軟な考え方が出来てるのなんてちゃんと前線に出ている奴くらいだよ」


 ギルド? 頭の固い腐れジジイ?

 何のことだろう?

 そう不思議に思っているとアーシャさんが説明してくれた。


「ああ、そうそう。魔法使いギルドって言う、一般の魔法使いを束ねるギルドがあるんだけどね、そこの幹部たちにレイラの仮説を持っていったのさ。協力をお願いしようと思ってね。でも、理解されずに駄目だったみたい」


 そうかぁ。

 それは少し残念。

 しかしそんなずっと順風満帆には行かないと思っていたところだったので、そのことはスッと受け入れられた。

 そんな私に反して、アーシャさんとカレイシアさんの二人は不機嫌そうだ。


「この仮説の面白さを理解できないなんて、やっぱり上に立ちすぎて脳みそが凝り固まってるんじゃないか?」

「ああ、間違いない。『こんな仮説、正しいとは思えないね』じゃねぇえんだよ。正しいとかじゃなくて、魔法使いにとっては、面白いかどうか、興味を引かれるかどうかってのも大事だってのに」


 昨日はどちらかと言えば寡黙だったカレイシアさんが饒舌に悪口を言ってる……。

 どうやらかなり頭にきているらしかった。

 まあ、又聞きした私たちと、直接無下にされたカレイシアさんでは怒りの程度が違うんだろうね。

 そんなことを思いながら、私はアーシャさんの座っている机の近くに寄った。


「ああ、とりあえず気を取り直して、この集めてきた書類を手分けして整理しようか。まずは属性別に分類しよう」


 私が近づいてきたことに気がついたアーシャさんはそう言って、書類の束の半分を私に手渡すのだった。

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