第23話 これはおめでたい

 あれから他の金属で試してみたが、ミスリルのように上手くは変形しなかった。

 しかし多少は変形することが分かった。

 そしてその変形の正確さは魔導浸透率に比例しているのが分かった。

 つまり、魔力が関係しているというのが確定したわけだ。


 今確定しているのは、

・変形には魔力が関係していること

・自分の血を混ぜないと変形できないこと

 の二点だ。


 魔力とは一体何なのか。

 どうやって思考を現実化しているのか。

 流石に材料が少なすぎて答えが出せない。

 これに関しては当分お預けかな。


 お風呂に浸かりながらそんなことを考えていると、バタバタとお風呂場の外で音がして、いきなり扉が開いた。

 リーチェだ。

 彼女は顔に喜色を浮かべ、手には一通の便箋を持っていた。


「レイラ様、レイラ様!」

「どうしたの、リーチェ?」

「レイラ様、エレナ様が妊娠されたようです! ようやくレイラ様に弟か妹が出来るんですよ!」

「え!? お母様が!?」


 おおおぉおお!

 それはめでたい!

 ……って、待てよ?

 ちょっと日数を計算してみよう。


 母が帰ってから発表会まで三週間ほどあった。

 そして発表会から今日まででちょうど十日……まあ約二週間だ。

 うん、帰ってからすぐにやることやったな、こりゃ。

 いや、生々しいからこれ以上は考えるのは止そう。


「時間が出来たら領地に帰っておいでと手紙に書いてあります」

「そうだね、一回帰った方が良いかもね。明日、アーシャさんに帰ってもいいか聞いてみるよ」

「分かりました、よろしくお願いします。でもまあ、そこまで急ぐ必要もないと思いますけど」


 私の言葉にリーチェは頷きそう言ってから、風呂場から出ていった。

 私もその後すぐに風呂場から上がり、夕食を食べてベッドに潜る。

 しかしまあ、こりゃあ、めでたいことだね。



   ***



「領地に帰りたい?」

「はい。お母様が妊娠したみたいで、一回帰ってあげた方が良いのかなって」

「おおっ! それはめでたいね! もちろん問題ないよ。あ、でもそろそろカレイシアが帰ってくると思うから、急ぎじゃないなら少し顔を見せてあげてもいいかもね」

「そうなんですね。分かりました。カレイシアさんが帰ってくるまでは王都に残ろうと思います」


 そんな会話をしていると、いきなりバンッと扉が開いた。

 とても疲れ切ったカレイシアさんが入ってくる。

 噂をすればなんとやらだ。

 ちょうど帰ってきたところみたいだった。

 彼はそのまま倒れ込むようにソファに横になり、低い声で呻き声を上げた。


「あ”あ”ぁああああああああぁああ」

「大丈夫ですか?」

「……ああ、レイラか。いや、とても疲れたよ。非常に疲れた。もう一生〈魔の森〉になんて行きたくない」


 恨みの籠もった声でそう言うカレイシアさん。

 そこにもう一人、研究室に入ってくる人がいた。


「げっ、お姉様」


 そう。

 入ってきたのはアーシャさんの姉、エレクトリア第一王女殿下だった。

 彼女はソファに倒れ込むカレイシアさんを見て呆れたように言った。


「筆頭宮廷魔法使いのくせしてこのザマとは、なかなかどうして情けないのね。一度、騎士団に入って体力を鍛え直したらどうかしら?」


 エレクトリア王女殿下の言葉にカレイシアさんはソファに寝転がったままブルブルと身を震わせた。


「それは流石に断らせて貰う! 俺は脳筋のお前らと違って頭脳派なんだ。同じにしないで貰いたい!」


 断固として拒否の姿勢だ。

 しかし私だって同じ立場なら同じことを言うだろう。

 騎士団の訓練とか絶対に無理。

 魔法使いにやらせることじゃないって。


「それで、お姉様は何しに来たのよ?」


 脱線している話を修正するかのようにアーシャさんが言った。

 そこでようやくエレクトリア王女殿下は話が逸れていることに気がついて、ポンッと手を打った。


「そうだそうだ。レイラに渡したいものがあるんだった」


 そう言って彼女はゴソゴソとポケットを漁る。

 そして取り出したのは半透明で紫色の小さな石だった。


「これは……?」

「これは魔石と呼ばれるものよ。ごく稀に魔物の体内に生まれるんだけど、いわゆる魔物の魔力が結晶化したものね」


 魔力の結晶化!?

 そ、そんなものが……!?


「いや、でも、貴重なんじゃないですか……?」

「そうね、確率的に言ったら千体魔物を倒して一個見つかるかどうかってところね」

「それじゃあ、そんなものは受け取れません……」

「良いのよ。これは基本無価値なものだから。……いや、たまにコレクターみたいな貴族が高値で買ったりするけど」


 それでも受け取るか悩む私の手に強引に魔石を握らせてきた。

 ううっ……申し訳ないけど、ここまでさせておいて断るのも失礼な話だ。

 受け取ることにしよう。


「本当にありがとうございます」

「いえいえ、気にしないで。さっき、他の人からレイラの活躍は聞いたから。私からのお祝いだと思って」


 そう言ってエレクトリア王女殿下は部屋を出ていった。

 うはっ……!

 これで魔力に関する研究が先に進みそうだ!

 まあまずは、それよりもやることがいくつかある。


「それで? 今日までどんな成果を上げたのか、教えて貰おうか」


 いつの間にか起き上がってソファに座り直していたカレイシアさんが、私たちにそう尋ねてくるのだった。

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