第26話 天才ということ
その日の夜。
私たちは街道の脇で野宿の準備をしていた。
「……ほら、俺が言った通り野宿のやり方なんて分かってないじゃないか」
魔法を使わずに火を起こそうと頑張ってみたのだが、いくら石を擦りつけても火が起きなかったので、結局魔法で火を起こしてしまった。
その様子を盗み見られていた私は、カレイシアさんに呆れたようにそう言われてしまった。
う〜ん、やっぱり異世界の野宿と現代日本でのキャンプをごっちゃにしちゃいけなかったか……。
いやね、そりゃ分かってたよ? ごっちゃにしちゃいけないことくらい。
ただキャンプが出来る女性って何か憧れるじゃん?
だからちょっとだけ見栄を張っちゃったんだよね。
後、前にリーチェがいかにも簡単そうに準備を熟していたから自分でも出来そうって思っちゃったってのもある。
他人がやってるのを見ると簡単そうに見えるけど、いざやってみると全く出来ないってあるあるだよねぇ……。
火を起こして夕食の準備に取りかかる。
リーチェは食材を探しに近くの森に入り、私とカレイシアさんで料理の準備という分担分けだ。
ちなみにアルルは毛繕い担当である。
「むぅ……やっぱり私には野宿の才能がなかったみたいですね……」
「魔法を解き明かす才能はあれだけあるのにな」
「いや、それも才能があると言っていいのか分かりませんけどね」
「あるだろ。魔法分類の更新、手相による才能の視覚化、今まで不可能とされていた光魔法と闇魔法を使えるようにしたこと。これだけのことをたった一ヶ月弱で発表するなんて、天才以外の何者でもないだろ」
でもそれは現代知識があったからってのも大きいだろう。
あまり自慢できるようなことではない。
しかしそのことを説明することは出来ないので、ただ苦笑いするに留めておいた。
「それに自在に形を変えられるミスリルだろ? 十分すぎると思うが」
カレイシアさんは更に続けてそう言って、私の腕に着けられた銀色の腕輪を見る。
これは私が先ほど作った血を混ぜたミスリルだった。
今は腕輪の形をしているが、念じるだけで好きな形に変形する。
「でもカレイシアさんだって筆頭宮廷魔法使いじゃないですか。実は天才ですよね?」
そう言うと彼は気まずそうに視線を逸らした。
それからニンジンをサクサクとナイフで切り刻みながらポツリポツリと話し始めた。
「俺は天才なんかじゃない。天才というのはお前やアライアスのことを言うんだ」
「アーシャさん?」
私は首を傾げると、彼は頷いて言った。
「そうだ。お前たちは自由な発想で、新しいことを思いつく。ポンッと、人に出来ないようなことを成し遂げてしまうんだ。いわゆる、代わりがきかない存在なんだよ。だが俺は真面目なだけで、人が出来ることを少し効率よく出来るだけだ。つまり俺一人でやってることは、他の人が数人居れば出来てしまうことだし、他の人だって俺と同じ努力を熟せば同じくらいのレベルになれてしまう。俺はちょっと努力してるだけの凡人なんだよ」
そう言って彼は自嘲げに笑った。
そんなカレイシアさんに私は真剣な表情を向けて言った。
「そんなことはないと思います」
「……そんなことはない、とは?」
カレイシアさんは野菜を切り刻む手を止めてこちらを見た。
「確かに天才の定義によっては私が天才で、カレイシアさんは凡人になってしまうのかもしれません。でも、カレイシアさんはちゃんと筆頭宮廷魔法使いになった。努力してなったわけじゃないですか。他の人が同じレベルになれるというのなら、何故他の人はカレイシアさんと同じくらいの努力をしないのでしょうか? それは出来ないからです。その地位を掴んだ努力や才能は、間違いなくカレイシアさんのものですし、それをちょっと努力している凡人で片付けて欲しくありません」
言い終えると、カレイシアさんは何故かクツクツと笑い始めた。
そのまま大笑いに変わっていき、遂には腹を抱え始める。
「ひーっ、ははははっ! くくっ、やっぱり面白いことを言うな、レイラって」
「そうですかね?」
「ああ、そうだとも。そもそもその言葉、十歳には似つかないぞ? ホント、お前と話してると、たまにどこぞの老人と話しているような気分になるときがあるんだよな」
笑いすぎて溢れてきた涙を拭い、カレイシアさんは言った。
何が面白かったのか分からないが、彼の表情はすっかり晴れ渡っていた。
「ありがとな。まあ、俺が凡人だという思いが消えたわけじゃないが、少しは自分のことを認めてやってもいいかなって思ったよ」
「それなら良かったです! そもそも、カレイシアさんが自分を卑下したら、カレイシアさんを慕ったり筆頭宮廷魔法使いに任命した人にまで飛び火することになりますよ?」
そう言うと、彼はまたクツクツ笑いながらこう言うのだった。
「まあ、任命した人に飛び火するのは構わないがな。だって俺を筆頭宮廷魔法使いなんかに仕立て上げたのは何を言おうアライアスだからな」
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