第23話 蠢動
王都へ到着すると、気疲れもあってクタクタだった。
しかし屋敷で休む暇もなく、オルティスは国王から召し出された。
王宮の執務室でオルティスを待ち構えていた王は、珍しく眉間に縦皺を何本も作っていた。
自分のこと以外には無関心な国王にしては珍しい表情である。
その場には何故か、前宰相のサイラスや他の議会派貴族の主立った者たちが勢揃いしている。
自分が飛んで火に入る夏の虫になったような気持ちになった。
しかし今さら回れ右をして退出するわけにもいかない。
「陛下。このたびの黒色化現象ですが、原因が分かりました」
「闇の力、か?」
オルティスははっとして顔を上げた。
「どうして……」
「すでに王都ではその話題で持ちきりなんですよ、宰相殿」
サイラスが嫌味たっぷりに告げた。
以前の舞踏会で会った時の卑屈さのようなものが完全になくなっている。
「一体誰が。我々はさきほど戻ってきたばかりですし、ごく一部の人間しか知らないはずです」
「そんなことはどうでもいい。なぜ、とうの昔に滅んだはずの黒魔法などという産物が、突然現れたのか、だっ」
王は苛立ち、机を拳で叩く。
「……闇の魔導書を入手したのでしょう」
ゲーム上ではそうなっている。
「闇の魔導書……これは何を言うかと思えば」
サイラスが鼻で笑う。
「人々の間では、現在の政が神の怒りを買ったのではないかと、まことしやかに噂されているのですよ」
「あまりにも馬鹿馬鹿しいですね。民が不安に思う気持ちは分かります。しかし我々がそれに振り回されてはならないでしょう。これは神の怒りではなく、黒魔法のせい──つまり、誰かの企みなんです。速やかに衛兵隊、騎士団を総動員し、闇魔導士の捜索を……」
「そこまでだ、オルティス」
国王が口を挟んでくる。
「は?」
「問題は、民たちが神の怒りであると信じているところにある。まずは民を安心させる必要がある。よって、お前を罷免する」
「陛下!」
「サイラス、再びお前を宰相職に任じる。人心を鎮めるのだ」
「はっ、お任せ下さい」
サイラスが芝居がかった動きでうやうやしく頭を下げ、それからオルティスを見る。
「これまでご苦労だった、オルティス殿」
「……失礼いたします」
ここで粘ったところで、国王の意思が定まっている以上、不興を買うだけだ。
オルティスは頭を下げ、部屋を退出すると、馬車で屋敷へ戻った。
(まったく、なんて身勝手な王だ。勝手に宰相にしたかと思えば、こんな大事な時に罷免だなんて。それも後任があの男だなんて……!)
使用人たちは早すぎる帰宅に驚きを隠せないようだった。
しかし異変はそれだけにとどまらない。
部屋にいると、「兄上っ」とアルバートが部屋に飛び込んできたのだ。
まだ日が高い。
(まさか、俺の罷免を聞いてわざわざ駆けつけてきたのか?)
副団長としてさすがに心配になってくる。
「アル、俺のことはいいから、仕事に戻るんだ。心配しなくても……」
「先ほど、副団長の職を免じられました」
オルティスは耳を疑った。
「どうして!」
「陛下からの命です。私が兄上と手を組み、政を私物化したのが神の怒りを買った、とか。団長が抗議をしてくれましたが……」
「馬鹿げてるだろ!」
自分の時よりもずっと強い怒りがこみあげ、両手をぎゅっと拳に握りしめてしまう。
自分はともかく、優れた騎士であるアルバートまで罷免するなんてどうかしている。
おそらくサイラスの入れ知恵だろうが、それを唯々諾々と受け入れるなんて節穴にも程がある。
「抗議書を出そう! こんなのはおかしいっ!」
効果はないだろうが、推しを蔑ろにされた厄介なファンを甘く見られては困る。
オルティスがペンを走らせようとするが、アルバートが紙の上に手を置いた。
「アル?」
「必要ありませんよ、兄上」
「どうして!? 悔しくないのかっ?」
「そもそも副団長になったのも、適正があったからで、私が望んだ訳ではありません。私が望むものはそもそも兄上と一緒にいることだけ。成年式を迎えたら、適当な理由をつけて職を辞し、兄上の領地経営を補佐したいと思っていました。だから必要ありません」
熱っぽい眼差しで見つめられる。
「宮仕えの身から解放された訳ですが、爵位や領地を取り上げられた訳ではありませんから、領地へ戻りましょう」
アルバートはオルティスの手を取ると、そっと手の甲に口づけを落とす。
それだけでぴくっと反応してしまうと、アルバートは目元を微笑みで緩めた。
「うー……うん……」
小さく呻くように頷いたオルティスに、アルバートは眉を顰めた。
「まさか権力の味に魅了されて、今さら領地経営では飽き足らなくなったのですか?」
「そんなことはどうでもいい……と言いつつも、たしかに検地を道半ばの状態で放り出さざるをえないことは残念だが、それより闇魔導士のことだ」
「ですが、今はもうどうにもならないのではありませんか? 公職を取り上げられた状態では動きようがありません。もちろん団長には闇魔導士のことはお伝えしましたから、あとは任せるしか……」
アルバートの言う通りだ。
王もサイラスも闇魔導士については認識しているのだから、手を打ってくれるはずだ。
そう思う他なかった。
※
サイラスは宰相職に復帰してから、オルティスによって乱された秩序を速やかに戻していった。
思い上がった平民どもをことごとく降格させ、議会派貴族を復帰させ、検地も中止させた。
(こうもうまくいくとはな)
都に、噂を流したのはサイラスだ。
事なかれ主義の面倒事を嫌う王を心変わりさせるのは簡単だ。
このままでは民が不安で暴動を起こすだろうと唆せば、すぐに動いてくれた。
ほくそ笑んだサイラスは、大切に持ち歩く、黒の魔導書の革表紙を愛おしげに撫でた。
どうしてオルティスが黒の魔導書について知っていたのかは分からないが、今はそんなことはどうでもいい。
これのお陰で、望むものをこうして取り戻せたのだから。
宰相職を罷免され、鬱々としていたサイラスが偶然、都の古書店で見つけた、いや、話しかけられたのがまさにこの本だった。
──力が欲しいか。大願を成就させたいか。全てを手に入れたいか。
その言葉の数々に魅了され、本を手に取った瞬間、頭の中にこの本に書かれた、闇魔法に関するあらゆる事柄が、洪水のごとくうねり、なだれこんできた。
「感謝するぞ。お前のおかげで求めるものが手に入った。闇魔法が邪法などというのは、力を知らぬ者たちの戯れ言だったのだ」
サイラスはクスクスと崩れた笑みを浮かべた。
自分はこうして闇をしっかり御し、求めるものを手に入れた。
──この程度で、満足なのか? まだあの邪魔者たちは生きているぞ。生きている限り、またお前に立ちはだかる。
言葉が甘美な響きを伴いながら、脳内へ染みこんできた。
(ああ、そうだな。お前の言う通りだ。脅威は徹底的に排除しなければならない)
サイラスは補佐官を呼びつけると、衛兵達にオルティスたちの逮捕を命じた。
「た、逮捕、ですか?」
補佐官は乱暴な命令に戸惑いを隠せないようだった。
「脅威は徹底的に排除する必要がある」
「し、しかし、罪状がありません」
「だから?」
冷ややかな声に、補佐官の顔に怯えの感情が走った。
頭の中では魔導書の声が響き続ける。
サイラスは補佐官を睨み付けた。
「罪状がないのなら、でっちあげろ! 謀反の罪でも、公費を横領したのでも何でも構わない! さっさと行けっ!」
「は、はい……!」
補佐官は逃げるように部屋を飛び出して言った。
「何て無能な奴だ。世話が焼ける……っ」
──仕方がない。お前が優秀すぎるんだ。誰もお前の思考についてはいけない。お前を理解できるのは、私だけだ。
「そうだな、分かっている。お前は優秀な、私の右腕だ」
サイラスは自分に酔い痴れたように、そう独りごちた。
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