最終話 成年式

 成年式当日。

 成年式の代表を務めるのは、アルバートだ。

 アルバートは黒と金に、右胸にたくさんの勲章の輝く儀礼服に袖を通している。

 堂々として恵まれた体格のアルバートには、黒がよく似合う。

 大勢の成人する貴族たちを従え、新たな王、ガブリエルに右膝を折り、忠誠の言葉を唱える。

 玉座に座るガブリエルは立ち上がると、腰の剣を抜くと、アルバートの肩に剣を乗せる。


「我が名を以て、アルバート・ブラッドリーが無事に成人を迎えたことをここに祝す。アルバート、並びにブラッドリー公爵家の将来が栄光に包まれることを神に祈る!」


 万雷の拍手が上がると共に、堅苦しい儀式が終わる。

 あとはパーティーだ。

 オルティスは式が滞りなく行われる様子にほっと息をつき、壁の花となって酒を口にしていた。


(さて、と……どのタイミングで、アルに、返事をするかな……)


 くだんのアルバートはと言えば、令嬢たちに囲まれ、大人気だ。

 普通、家督を相続しない次男は敬遠されるものだが、押しも押されぬ美貌のアルバートは例外らしい。

 ちなみにアルバートは、騎士団の副団長に再任されている。

 楽団の見事な演奏に合わせ、貴族たちが踊り始めた。


「兄上」


 アルバートが柔らかな笑みを浮かべる。


「アル、ずいぶんともててるみたいだな」

「ああ……うんざりです。相手が男なら実力行使もできるのですが、令嬢だとそうもいかないので」


 アルバートが手袋に包まれた手を差し出してくる。


「……何だ?」

「一曲お願いいたします」

「よろこんで」


 オルティスはアルバートの手を取り、会場の真ん中へ。

 アルバートのリードで踊り始める。


「すごく見られてるな」

「兄上が素敵だからですよ」


 そんなことを臆面もなくアルバートに言われると、がらにもなく照れて、目を逸らしてしまう。


「……よ、よくそんなことを平気で言えるな」

「事実ですから」


 にこりと無垢な笑みを見せられると、鼓動が跳ねた。

 腰に腕が回され、ぐっと抱き寄せられる。

 今にも唇が触れあいそうな距離にまで、義弟の顔が近づく。


「お、おい、アル……」


 そこで音楽が終わる。

 それでも、アルバートは抱き寄せたまま離してくれず、アルバートの深い色の瞳から目を外せなかった。


「楽しい時間というのはあっという間ですね」


 腕から力を抜き、離れようとする。

 それをオルティスは、アルバートの腰に添えたままの手に力をこめて止める。


「兄上……?」


 アルバートが小首をかしげた。


「……アル、お前に大切な話があるから、あとで二人きりに――って、うわ!」


 いきなりオルティスは抱き上げられてしまう。

 突然の出来事に、周りの人々も唖然とする。

 オルティスを抱き上げたアルバートはそのまま会場を出て行く。


「ど、どこへ」

「こんな場所で大切な話を聞けと? 屋敷に戻るんです」


 屈強な腕に閉じ込められたオルティスがどれだけ足掻こうが、逃れられない。


(まったく……この義弟は……)


 オルティスは観念し、苦笑しながらされるがままになった。


 屋敷に帰り着くと、オルティスはアルバートを自分の部屋へ招き入れ、そして使用人たちにはもう休むよう命じた。


「それで、お話というのは?」


 まるで獲物を狙う狼のように鋭い光を孕んだ眼差しを、アルバートは向けてきた。

 彼も何を話すのかを、薄々察しているのだろう。

 美しい青い瞳の奥の光が、いつもより強いように思えた。いや、鋭いと言ったほうがいいか。

 義弟は自分が捕食者だという自覚があるのだろうか、とふとそんなことを考えてしまう。


「……いつかのお前からの想いに返事をしたい」

「返事?」

「言っただろ。俺を、あ、愛していると」


 緊張してどうしても言葉がぎこちなくなり、心臓が高鳴ってしまう。


「はい」


 オルティスは笑みを滲ませた眼差しでオルティスを観察している。完全に楽しんでいた。


「お前も無事に成年を迎えた訳だから、返事をしておこうと思って。それが真剣な想いに対する誠意だと思うんだ」

「はい」

「アル、お、俺も、お前を、愛し――」


 ガタ、と音がしたかと思えば、立ち上がったアルバートに上向かされたかと思えば、唇を塞がれた。


「……アル」


 オルティスもまた口づけを返す。

 アルバートはそっとオルティスの顔に手を添え、口づけの雨を降らせる。


「兄上、嬉しい……嬉しいです……。あぁ、この時をどれほど待ち望んできたか……っ」

「おい、お、落ち着け……」

「無理ですよ。兄上」


 アルバートの色白の肌が紅潮し、いつも以上の色気に、オルティスは酔ってしまいそうだ。

 激しく舌が絡み合い、揉みくちゃになる。


(い、息が……っ)


 あまりの苦しさに必死に抗い、どうにか口づけをふりほどく。アルバートとの間に唾液の糸が架かかる。


「アル――」


 しかしすぐに再び口を塞がれた。


(く、喰われる……!?)


 本気でそう思ってしまうほどの貪るような口づけに、オルティスは全身をビクビクと震わせ、涙を滲ませた。

 ばたつかせる手首を捕まれ、抵抗を封じられる。

 おまけに今度は片時も離さないとばかりの強引さで、抱きしめられた。

 そもそも筋肉の塊ともいうべきアルバートの体を、オルティスのような並の人間が押しのけられるはずもない。

 さっきはきっと息継ぎの猶予を与えるつもりで、わざと口づけを中断したのだ。

 でも今はもう火がついてしまい、途中で止まることなどないだろう。


「ああ……っ」


 口づけがほどかれても、頭に霧がかかったようなぼうっとした陶酔状況からはなかなか立ち直れない。

 全身から力が抜け、膝から崩れ落ちそうになったところを抱き留められた。

 気づけば、アルバートは抱きかかえられ、寝室へ拐かされる。

 まさか手も足も出ないくらいのリードで導かれるとは想像もしていなかった。

 ベッドへそっと横たえられる。スプリングの軋む音すら聞こえないほど、激しい呼吸音が口元からこぼれる。

 ランプのほのかな灯りの中、アルバートの目が獣欲で光った。



 結局、アルバートは三度は果てた。おかげで指先一本まともに動かせない。


(本当に体がバラバラになるかと思った……)


 結合を解いた後も、アルベールは甘えるようにオルティスから離れようとはせず、抱きついてくる。


「……アル、いくらなんでも張り切りすぎだろ。俺は何もかも初めてなんだぞ……」

「私だって初めてですよ」

「絶対、嘘だろ……」


 オルティスは声を上擦らせた。


「本当ですよ。それに、悪いのは兄上なんですよ。私を昂奮させるような反応ばかりするから……だから、止まらなくなったんですよ」


 にこりと微笑みかけられてしまう。


(推しと恋人になってすぐ一線を越えたのか…………正直、夢、みたいだな)


 オルティスはアルバートの温もりを感じながら、静かに目を閉じるのだった。

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【BL】ゲーム世界の悪役令息に転生した俺は、腹黒策士な義弟に溺愛される 魚谷 @URYO

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