第30話 決着

 翌日も陰鬱な雨が降り続く。

 その中を、オルティスたちはジークフリートたちから融通を受けた馬を走らせていた。

 王都を見下ろす丘を通りがかったが、雨に煙る王都はまるで生き物のように蠢く闇に飲み込まれていた。

 光の剣を手に入れているとはいえ、さすがに本能的な恐怖を抑えがたい。


「兄上」


 アルバートが、オルティスの強張った表情から何かを察したように馬を寄せてきた。


「アル」

「大丈夫ですよ。ゲーム上で闇は滅ぶのでしょう」

「そ、そうだな」


 手綱を強く握り締め、オルティスは馬腹を蹴った。

 それからさらに半日馬を走らせ続け、オルティスは涸れ井戸に達した。

 ここが王都と水路で結ばれている。

 アルバートがまず最初におり、無事を確認してからオルティス、ジークフリート、そして他の騎士たち、という順番で入る。

 水路は腰を屈めなければ通れないくらい狭い。

 水路と言ってもとうの昔に水は涸れ果て、ただの通路だ。外壁は剥がれやすくなってはいるものの、通る分には問題なかった。

 灯りは無かったが、一本道で迷うこともない。

 不意にアルバートが止まると、行き止まりにぶつかった。

 壁をよじ登ったアルバートが垂らしてくれたロープを伝い、外に出た。

 そこは、王都の旧市街地。今は王都の中心部は別の場所に移っているせいか、このあたりは寂れた印象がある。

 刹那、周囲にたれこめていた闇が明確な意思を持ち、オルティスたちめがけ襲いかかってきた。


「光よ!」


 オルティスが光の剣を抜けば、清らかなる風と共に、光が剣先から放たれた。

 闇がみるみる払いのけられていく。


「な、なんと……」


 ジークフリートをはじめ、騎士たちが唖然として払いのけられた闇を見つめる。


(本当なら、これはアルの役目のはずなんだけどな)


 ちらりと、アルバートの様子を窺う。

 彼はジークフリートたちと共に、目を輝かせる。


「アル、ジークフリート殿、行きましょう」


 オルティスたちは光の剣で闇を退け、王都の中心部を目指す。

 闇が住居や大通りを侵食している。

 横倒しになった馬車や飲みかけのカップがそのままになっているカフェのテラス。

 目の前の路地から闇に操られた人間が出て来た。

 カッと見開いた真っ赤な目で、オルティスたちに向かって、襲いかかってくる。


「闇よ、消えよっ!」


 剣を振れば、眩い光が人々を包み込むや、消し飛んだ。

 どうやら以前のように、本当の人間を媒介にしたものではないらしい。

 これほど濃厚な闇の力が溜まっていることで、最早、闇はわざわざ人間や動物などの宿主を必要としていないのかもしれない。

 オルティスは小さく息を切らせた。

 光の剣は無尽蔵に使えるものではない。精神力を犠牲にするのだ。

 少し調子にのってとばしすぎたのかもしれない。


「兄上、もしかしてその剣は、ただ構えるだけでは使えないのですか?」


 アルバートが気付く。


「精神力を使うけど。でも多少だ」

「その力は闇魔導士と対峙する時まで温存するべきではありませんか」

「そうですぞ、宰相殿。我々が何のためにいるかを忘れては困りますっ」

「いや、でもまだ大丈夫だから…」


 ギャアアアアアッ!


 そこへ空中から、闇が凝縮して鳥の形をした怪物たちが襲いかかってくる。


(くそ、数が多いっ!)


 オルティスが身構えたその時。


「氷よっ!」

「炎よっ!」


 背後からアルバートとジークフリートたちの声が重なると、氷と炎という二色のオーラが絡み合い、襲いかかってきた鳥たちを直撃した。

 半数が一気に消滅しながらも、生き残りがみるみる近づいていく。


「宰相殿、お下がりください!」


 代わって、全面に出て来たのは騎士たち。

 彼らは剣を抜き、滑空して襲いかかる鳥たちを斬り伏せた。


「た、助かった、ありがとう」

「兄上、その力は闇魔導士と対峙する時まで温存しておいたほうがいいようですね」

「それまでの露払いは我々にお任せくださいっ!」


 アルバートとジークフリート、騎士たちが前面に出る。

 王城へ近づくにつれ、闇はより色濃くなっていく。

 そしてオルティスたちを退けようと、襲いかかる敵の数も目に見えて増えた。

 オルティスの力を温存するためにも、アルバートやジークフリート、他の騎士たちが襲いかかってくる敵を退けていく。オーラで弱体化させ、騎士たちが一匹一匹を確実に潰していく。

 その連携で、少しずつ前進していく。

 オルティスたちは中央広場へ達し、王城が見える位置にまでやってきた。


「兄上、王城まであと一息です」

「ああっ」


 オルティスたちは王城に向かって駆け出す。城内にいれまいと、闇が凝縮し、巨人に変化する。

 さらに路地から人型の闇がわらわらと湧き上がった。

 オルティスは剣をかかげ、物量で対抗してくる闇を打ち払おうとするが、アルバートに止められた。


「兄上、いけません!」

「アル、邪魔をするなっ!」

「いえ、オルティス殿。アルバートの言う通りですっ」

「ジークフリート殿までっ!」

「こいつらはその剣を使わせ、あなたを消耗させようとしているのですよっ! 闇魔導士さえ片付ければ、こいつらはどうとでも――炎よ!」


 こちらへ攻撃をしかけようとしてくる巨人めがけ、ジークフリートが炎のオーラの塊をぶつけた。巨体が大きくよろめく。


「さあ、今のうちです!」


 他の騎士たちも「宰相殿! ここは我々にお任せ下さい!」と背中を押す。

 考えている暇はない。


「……頼む!」


 オルティスはアルバートと共に、跳ね橋を渡り、王城への侵入を果たす。

 静謐に支配された王城内に、オルティスたちの足音が響く。

 やがて謁見の間に至った。扉は開け放たれ、玉座には闇魔導士──サイラスがたたずんでいた。


「ようこそ、オルティス、アルバート」

「サイラス……」


 闇のオーラがまとわりついている。その禍々しさはこれまでの比ではなかった。


「国王陛下は」

「さあ、どこだったかな。闇の中に捨てて……あとは覚えていない」


 その目は白く濁り、虚ろだ。

 オルティスたちに話しかけながら、ただ独り言を呟いているようにしか見えない。


(かなり深くまで闇に、意識を蝕まれてるのか)


「サイラス殿、あなたがどうして魅入られたのかは分からないが……その声に耳を傾ければ、あなたはいずれ捨てられるだけだっ」


 オルティスは両手でしっかりと光の剣の柄を握る。

 死んだ魚のように濁っていた目がぎょろりと、オルティスと、オルティスが握る剣へ向く。


「忌まわしき剣……ァアアアアアアアアアア……!!」


 サイラスが頭を抱え絶叫すれば、その身にまとわりついていた、これまでの比ではない、闇が溢れ出す。


「アル! 俺のそばにっ!」

「兄上、これは……」


 意識を集中すれば、剣が輝きを放ち、結界が展開された。

 怒濤のごとく押し寄せる闇の塊が容赦なく叩きつけられる。

 その衝撃を、全身に感じた。


「グッ……」

「無駄だぁ! 無駄だぁぁぁぁぁぁ!」


 溢れ出す闇の力はますますその力を増す。

 汗がじわりと滲む。

 奥歯を噛みしめ、意識を集中しようとするが、溢れ出す闇の力に意識が寸断されそうになった。

 やはり、にわかな主人公ではこの程度なのか。


(いいや、俺が負けたら、この世界は闇に閉ざされる! 闇の力になんて、俺の愛するこの世界を奪わせてたまるかっ!!)


「兄上! ここは一度引くしかありませんっ!」

「そんなわけにはいかないだろ! ここで引いたら敵の足止めをしてくれているジークフリート殿たちの努力が無駄になるっ! もう二度と、王都へ近づけなくなるかもしれないっ! アル、逃げたければ、お前だけでも!」


 主人公という看板を背負った以上、やり遂げなければならない。

 推し《アルバート》が主人公の座を降りたのは、オルティスにも責任がある。

 その時、剣の柄を握り締める両手に、アルバートが手を重ねてきた。


「アル?」

「言ったはずですよ。私は兄上を守る、と」


 氷のオーラを感じた瞬間、オルティスに向かって力が雪崩れ込んでくる。

 押し負けそうになっていた結界が拡大し、怒濤のごとく押し寄せる闇を押し返していく。

 それまで能面のようだったサイラスの顔にはじめて、焦燥が覗く。

 剣を構えたまま、オルティスは一歩一歩、サイラスに近づく。

 サイラスはさらなる闇を叩きつけ、オルティスたちを飲み込もうとする。

 しかしアルバートから注ぎ込まれる力は、薄れかけていたオルティスの精神力を底上げし、補強してくれる。


(さすがは主人公だなっ! これならっ!)


「光よ、闇を払えっ!」


 オルティスはかかげた剣を振りかぶった。

 光の剣の刀身が眩いほどの光を解き放ち、白く輝くオーラがサイラスめがけ解き放たれた。

 闇がサイラスを守るように障壁のごとくそそり立つが、呆気なく砕かれ、直撃する。

 サイラスの体が、壁に叩きつけられた。

 それでもサイラスは立ち上がる。


「私は終わらない! 私を殺すことなど誰にも出来ない! ヒャハ! ヒャハ! ヒャハハハハハハハハッ!」


 無防備な姿をさらし、サイラスは壊れたように笑う。最早、彼の肉体から溢れ出す闇は無力に等しい。

 オルティスは、サイラスに近づく。


「これで、終わりだ」


 オルティスは剣先を突き立てた。

 たしかな手応えを感じると共に、サイラスの体はかすかに一瞬痙攣し、力なく地面に倒れた。

 少し遅れて、アルバートが駆け寄ってくる。


「兄上、これは……」

「これが、闇の正体だ」


 オルティスが貫いたのは、サイラスの懐からこぼれ落ちた分厚い魔導書。

 光の聖騎士に討たれた闇の力は本に寄生し、消滅を免れた。

 そして長い歳月、そこで雌伏し、ふさわしいサイラスを待っていたのだ。

 そしてそれでもまだ負けると知るや、サイラスを生け贄に捧げさせた。

 サイラスさえ死ねば何もかも終わると、こちらに思わせるために。


(そんな続編を臭わせるホラー映画みたいな展開にさせるかっ)


 光の力を注ぎ込めば、魔導書は青白い炎に包まれ、燃え尽きた。


「やった……」


 立ち眩みを覚え、倒れそうになるのを支えてくれたのはアルバートだ。その腕の中でしっかりと受け入れてくれる。


「兄上、あなたは英雄になられたのですね。あなたという人を兄にもてて、私は幸運です」


 アルバートの声が少しずつ遠くなり、意識を手放した。


 魔導書を葬ったことで、王国を支配していた闇の力が急速に収束していった。

 飲み込まれた人々は無事に生還し、少しずつだが日常が戻ってきている。

 フォグマンは溜め込んでいた食糧を流通させ、そしてなぜか、それを元宰相オルティスの命令と言ったのだった。


「どうしてあんな嘘を?」

「嘘ではありません。あなたが備蓄した食糧を分け与えるように、と言ったのです」


 騒動から一ヶ月後。宰相府の執務室へ招いたフォグマンはそう、オルティスに告げた。


「それは言ったが……」

「あなたが宰相についてくれれば、何かと私どもの商売も円滑に進む、という打算があったことはその通りですがね? 民は腹が満ちる。私どもは王都の中枢と繋がれる。あなたは宰相として辣腕を振るえる。誰も損をしておりません!」


 溜息をつく。


「俺は宰相じゃなく、いち領主という立場で十分なんだよ……」


 民の声に応じる形で、再び宰相位につけられてしまった。


「まあこれも運命と思い、諦めてくだされ」

「と、そろそろ時間だ。申し訳ないな、フォグマン」

「は」


 フォグマンに見送られ、オルティスは王の執務室へ足を運んだ。


「陛下、オルティスでございます」

「来たか、オルティス。だが、陛下はまだ早いぞ」


 ふんぞり返った俺様君主、ガブリエルが不敵に微笑んだ。

 ガブリエルが、オルティスを宰相に任じた張本人。

 闇の力が消滅し、大勢の人々が救われた。その中には前王アレクサンダー四世も含まれていた。

 すでに王がオルティスを罷免し、サイラスを任じたという話は広まっていた。

 単純な民たちは、オルティスを罷免したせいで、闇の力が現れたと、それまでとは正反対のことを考えるようになっていた。

 王は民の怨嗟の声の的になった。

 その機を逃さず、ガブリエルは譲位を迫った。

 あのお気楽な王はそれでも権力だけには執着して最後まで抵抗したが、王の失政が闇の力の台頭を許したと信じて疑わない民たちが今にも王宮へ突入しそうだという噂を聞きつけ、震え上がり、承諾。

 今は病気療養という名目で、事実上、離宮へ幽閉されている。

 宰相に再任されたオルティスは貴族の賞罰を担当し、サイラスを担いでいた議会派貴族、そして前王を自分たちの権力基盤維持に利用していた王党派貴族たちを混乱を加速させたとして処罰し、ほとんどの貴族たちの世代交代が行われた。

 ガブリエルは多くの家門を取り潰しから救う代わりに、自分への忠誠を誓わせた。

 貴族たちは王に逆らえぬ存在となった。


(おかげで国内の改革はかなり進んだから良かったが……)


 王太子ガブリエルは貴族たちから縛られぬ、はじめての王として即位することになるだろう。


「成年式の計画をそろそろ聞きたいと思ってな。私が即位してはじめて臨む一大行事だ。まさかまだ白紙だとは言わないだろう。お前の弟にとっても意味ある式なんだし」

「すでに計画はたてておりますので、ご安心を」

「さすがだな! よろしく頼むぞ、宰相」

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