【BL】ゲーム世界の悪役令息に転生した俺は、腹黒策士な義弟に溺愛される

魚谷

第1話 推しが可愛すぎる(子供時代①)

 オルティスは母親に殴られた瞬間、前世を思い出した。


(俺は、水口拓也……会社帰りに事故に遭って……)


 そこからの記憶がない。

 気付けば、拓也はオルティスという黒髪の短髪に、生意気そうに釣り上がった赤い目の十五歳の少年になっていた。

 拓也は、このオルティスという少年のことをよく知っていた。

 何故なら、前世、ドはまりしていた『光と闇のファンタジア』というファンタジー世界を舞台にした、BLゲームに出てくる、主人公のアルバートを虐げる悪役令息だからだ。


「オルティス、聞いてるの!?」


 オルティスの母親、メアリーが青筋を立てて怒鳴り散らし、もう一度、殴ろうと右手を振り上げた。


「あ、はい、聞いてますっ」

「だったら、ちゃんと返事をおしっ!」


 オルティスは父親を亡くし、母一人子一人の生活を送っている。

 母親はとある伯爵の愛人だった。

 父親とはほとんど会う機会はなかったが、それでも父親はオルティスの存在を認知し、仕送りをしてくれていたが、その父親が急死してからは途絶えた。

 気位の高い母親は生活水準を落とすことができず、かと言って以前のように働くのはプライドが邪魔をし、躍起になって次の男を探し求めた。

 結果、妻を亡くして間もないブラッドリー公爵家の当主、フーバーを口説き落とした。


「いいかい! あんたは、何が何でも御当主に気に入られるの! そしてあんたが、公爵家の当主になるのねっ!?」


 メアリーはオルティスの両肩をがっしり掴むと、目を血走らせながら声を上げた。

 その言葉はまるで呪い。


「で、でも、フーバーさんには子どもがいるんだよね……?」


 オルティスは、本気で怯えていた。

 前世を思い出したところで、メアリーの狂気を帯びた眼差しが怖くないわけではなかった。

 アルバート・ブラッドリー。七歳の少年こそ、『光と闇のファンタジア』の主人公である。


「関係ないわ! あんなガキ、どうとでもなるわよ! フーバーは私に心底、惚れぬいているし、家を乗っ取るのは容易いわ! アハハハハ! まさかこの私が公爵夫人! あんたが、公爵家の当主になれるなんてねえ! やっぱり私はついてるわぁ!」


 馬車の中でメアリーは狂ったように笑った。


(やっぱこの女、やばいよな)


 直接、目にすると、画面ごしに見た時よりもずっと迫力があった。

 もちろん、オルティスはメアリーの指示に従うつもりなど毛頭ない。

 メアリーに従って迎えるのは、断罪エンドだからだ。

 破滅すると分かっている道を歩みたくはないし、なにより、拓也にとってアルバートは『推し』なのだ。

 推しを傷つけることなどありえない。


「分かりました、母上」


 オルティスは形ばかりの同意を示すと、メアリーは満足そうに頷く。

 メアリーにとって息子の存在は自分を幸せにするための道具で、それ以上の価値はない。


(オルティスも不幸な身の上なんだよな。こんなイカれた母親と一つ屋根の下で暮らしてたら、そりゃ歪むよ……)


 馬車が大きな城館の前で停まった。

 そには仕立ての良い服に身を包んだ、人の良さそうな中年男性が立っていた。

 彼がフーバーだ。


「フーバー様、わざわざ出迎えてくださるなんて光栄でございます」


 メアリーは車内での狂気を微塵も感じさせない猫撫で声で言った。


「今か今かと待っていたところだよ。道中、不便はなかったかい?」

「フーバー様のお心遣いのおかげで、とても快適でしたわ。あ、こちらは息子のオルティスです」

「フーバー様、はじめまして。オルティスと申します」


 オルティスは礼儀正しく頭を下げた。


「オルティス、ようこそ。新しい環境で戸惑うこともあるだろうが、今日からここが君の家だ」

「はい」


 オルティスはアルバートを探す。


「あの、アルバート……君は?」

「あれは、まだ母親を亡くしたショックが大きいようでね、部屋に閉じこもっているんだよ」


 フーバーが苦笑まじりに言った。


「会いに行っても構いませんか?」

「ん? ああ、構わないよ。イェーツ。オルティスを、アルバートの部屋まで案内してくれ。メアリーは私と一緒に。屋敷を案内しよう」


 オルティスは逸る気持ちを抑えながら、アルバートの部屋の前までやってくる。


「お坊ちゃま、イェーツでございます。メアリー様のご子息である、オルティス様がいらっしゃいました。お坊ちゃまとお会いしたいそうでございます」


 執事長のイェーツが呼びかける。


「……は、入って、ください」


 弱々しい声が返ってくる。

 イェーツが扉を開け、オルティスを中へ招き入れる。

 ベッドの上でアルバートが膝を立てて座っていた。

 さらさらのブロンドヘアに、抜けるように色白の肌、円らな瞳は海の色を溶かし込んだような鮮やかな青。


(やっぱりアルバートは天使……!)


 しかしその表情は曇っている。それも仕方のないこと。甘えたい盛りにもかかわらず、母親を病で亡くしているのだ。

 オルティスが入って来た時に、慌てて手放したうさぎのぬいぐるみ。

 あれは母親の手作りで、アルバートはそのぬいぐるみを抱きしめ、母親がいなくなった寂しさを紛らわせようとしているのだ。

 彼の境遇を思うだけで、胸が締め付けられた。

 オルティスは片膝立ちになると、アルバートと目を合わせる。


「はじめまして、アルバート。僕はオルティス。今日から君の家族になるんだ。よろしくね」


「……は、はじめ、まして」


 オルティスが右手を差し出す。


「?」

「握手」


 アルバートがそっと手を差し出してくれれば、包み込むように手を握る。

 にこりと、オルティスが微笑めば、アルバートもまた控え目がちに微笑みを返してくれる。

 その笑顔だけで、もう胸が一杯になってしまう。

 オルティスはぬいぐるみに目を向ける。


「そのうさぎのぬいぐるみ、可愛いね。大切なもの?」

「は、はい……お母様が作ってくれて……」

「そっか。僕は、アルバートのお母さんの代わりにはなれないけど、同じくらい、アルバートのことを愛するし、守るからっ」

「え……」

「寂しくなったら、いつでも頼って。いい?」

「……は、はぃ」


 アルバートはこくりと頷く。その色白の頬がかすかにだが、色づいていた。


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