第8話 掃除

 初登庁から五日後。相変わらず貴族たちの『病欠』は続き、業務は停滞している。

 全ての準備を整えたオルティスが執務室で待っていると、ノックの音に目を開けた。


「どうぞ」

「し、失礼します」


 恐る恐るという風に、役人たちが入って来る。

 彼らは宰相府が管轄する、人事部、教育部、建設部、司法部、軍事部、教育部、農林部、商業部のそれぞれの中間管理職。

 全員、平民である。

 ここ数日、決裁権限を持つ上司は病欠で、直属の部下たちからは突き上げを食らい、板挟みになっている彼らは気の毒なほど顔色が悪かった。


「みんな、よく来てくれた。座ってくれ」


 彼らは顔を見合わせ、身を縮こまらせるように長椅子に腰かけた。


「君たちにはこれから各部署の責任者になってもらう」

「は?」


 彼らは一様に間の抜けた顔をする。


「君たちのそれぞれの業績を調べさせてもらった。理不尽な世襲貴族たちにいびられながらも、しっかり日々の業務を回してくれているみたいだね。そういう君たちこそ、それぞれの部署を引っ張っていくに相応しい」

「さ、宰相様、御言葉ではありますが、我々は平民でございますが……」

「分かっている。だが帝国法をどれだけ引っ繰り返しても、貴族でなければ各部署の責任者になれないとは書いてない」

「そ、それはそうなのですが……いや、しかし」

「この数日、決裁権を持つ馬鹿貴族どもがいないせいで業務が滞っているだろ。このままでは国民の日常にも支障が出てしまうが、私はそれを望まない。書類の決裁に階級が必要か? いいや。必要なのは頭の回転の速さと経験だ。君たちはその二つを持ち合わせている。これは宰相命令だ」

「分かりました……。あ、ありがたく拝命させていただきます」


 一人の中年男性が立ち上がって声を上げると、他の人間たちも釣られるように立ち上がった。

 部屋に入ってきた当初は呼びつけられてどぎまぎしていたのが嘘のように、すっきりとした顔をしている。


「それから業務効率のために、今日からは何かあれば遠慮せず私の元を訪ねてきてくれ」


 これまでは補佐官という宰相府のナンバーツーに事情を説明し、緊急性があると認められた場合にのみ、宰相との話し合いが許可されていた。

 面倒なのは補佐官への説明用、宰相への説明用と二つの書類を作成しなければならなかったりと、かなり効率が悪いし、書類作成で一日が過ぎてしまっている。


「それから週に一度、ここで各部署の責任者を集めての会議を開く。部署の垣根を越えて行う必要のある政策等について話し合ってくれ」


 貴族というのはプライドの塊で、折り合いの悪い貴族が責任者を務める部署とは何があろうとも協力しないと公言してはばからないことが多々あったらしい。

 これによって複数の部署が協力しなければならない政策が滞ることは日常茶飯事のようだった。

 調べれば調べるほど、国政の中枢というべき宰相府は無駄が多い。

 オルティスの決定でその全てが解決するわけではないが、効率化の第一歩を踏み出すことになるだろう。

 この世界は、オルティスが前世、大好きな世界だ。

 自分の努力で、少しでもいい方向に変わっていくのであれば、喜んで仕事をするつもりだ。


「では、解散してくれ」

「はい」


 これで何もかも終わり、という風に出来ればいいのだが、そうもいかない。

 騒ぎは正午を過ぎて間もなく起こった。


「宰相様、大変です! 建設部の前任者が乗り込んできましたっ!」


 役人の一人が息を切らして部屋に飛び込んできた。


「分かった」


 オルティスが足を運ぶと、「平民の分際で、儂の後任とはどういうつもりだ!」と激昂する声が廊下にまで響いていた。


「さ、宰相様のご命令なのです」

「はあ!? 儂はなにも聞いておらんぞ……!?」

「――騒がしいですね、子爵殿」


 オルティスが顔を出すと、中年太りの子爵が顔を引き攣らせる。


「さ、宰相殿、勝手なことをされては困る!」

「勝手とは? 宰相の権限を行使したまでですが?」

「あれは平民ですぞ! 平民が部署のトップに立つなど前代未聞、聞いたことがない!」

「違法なことはしておりません」

「あなたは新任だから理解していないようですが、ここは我が家が代々世襲してきた地位で──」

「それこそ、何の法的権限もないではありませんか。だいたい、子爵。あなたこそ、職務放棄を行った分際でどのツラ下げて、文句を言ってきているのですか?」

「わ、儂は体調不良で」

「なるほど。体調不良の割に、他家のパーティーに参加したり、賭博に興じたりと精力的に活動しているようですね」

「な、何を……」


 子爵は目を反らす。反論する声は小さい。

 オルティスは書類を突きつけると、子爵の顔がみるみる青くなる。

 それは、子爵がパーティーに参加したり、賭博場に出入りすることを裏付ける証人たちの陳述書。

 『烏』を使い、裏取りをした上で、関係者に圧力をかけて手に入れたものだ。

 彼らは自分にも累が及ぶことを恐れ、すぐに子爵を売った。


「職務放棄と嘘の届け出。これだけじゃない。あなたは職務上知り得た機密を他の貴族に教え、利益を得た容疑もある。──子爵、あなたの全ての地位と職務権限を、宰相の名において全て剥奪する。衛兵!」


 待機させておいた衛兵が駆け込んでくる。


「逮捕しろ」

「こ、こんなことをしてただで済むと思っているのか!? わ、儂は議会派だぞぉ!?」

「お仲間は、あなたが犯した罪の数々を知っても、庇ってくれるかな?」

「貴様! 公爵家の血も引いておらぬ雑種の分際でぇ!」

「その雑種が、今は宰相なんですよ。諦めてくれ」


 わめき散らしながら子爵は連れて行かれる。

 オルティスは一連のやりとりを呆然と眺めていた役人たちに微笑みかける。


「騒がしくしてすまない。仕事を続けてくれ」

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