第6話 兄弟水入らず
部屋で荷物整理を終えると、あっという間に夕食の時刻になった。
メイドに呼ばれ、一階の食堂へ。
すでにアルバートが席に着いていた。
アルバートは鼻歌でも歌い出しそうなくらい満面の笑顔で、オルティスを出迎えてくれる。
互いに長テーブルの端の席に着くと、給仕係が前菜を運ぶ。
久しぶりのアルバートとの食事だ。
ワインもおいしく、話は進む。
(……アル、一体誰と親しいんだろうな)
気になるのはそれだ。
攻略キャラと親密になる場面を見たくないから何も言わず出ていこうとする計画を立てているくせに、誰と親しいかは気になってしまう。
そのあたりはアルバートのファンでありつつ、ゲームプレイヤーとしての抗えぬ好奇心のあらわれとといったところか。
「アル、今誰か仲のいい人はいるのか? 友達とか、親友とか……手紙にはそういうことは書いてなかったから」
「親しい?」
アルバートはパンを丁寧にちぎり、口に放り込みながら考える素振りを見せる。
「特にこの人と親しいって人はいないかな」
そんはずはない。
ゲームの性質上、必ず親しい人間はできるのだから。
誰とも恋愛関係にならないというエンドは存在しない。
(さすがに身内に誰と親しくしているかは報告したくない、か)
高校時代に母親から誰か気になる女の子はいないのかと散々聞かれた時のことを思い出す。
(今の俺、あのウサい母親と同じことを聞いているのか!?)
無意識の行動だからこそ、がっくりしてしまう。
「いないなら別に……」
「――強いて言うのなら、騎士団長かな。同じ騎士団でよく顔を合わせるから話もよくする」
「おお!」
一番オーソドックスな溺愛ルートが、騎士団長のジークフリートだった。
人望があり、懐が深く、愛情深いスパダリ。
他のキャラのように癖がないからこそ微笑ましく、
オルティスのお気に入りのキャラでもある。
「そんなに声を出すようなこと?」
オルティスの不思議なリアクションに、アルバートは首を傾げる。
「いや、都には色々な人がいるわけだし、癖の強い人もいるだろ。だから心配だったんだ。変な人に騙されてたりしてないか」
「そんなことはないよ」
「あるだろ。九歳の時、俺がユニコーンを見たって冗談で言ったら、目を輝かせて森に探しに行ったじゃないか」
アルバートは少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あ、あれは……兄上の言うことだから信じたんだよ。他の人の言葉だったら絶対に信じなかった」
あのあと山狩りをしてどうにか見つかったのだ。
オルティスは「ごめん!」と泣きながら何度も謝った。あれは本当に怖かった。
自分のちょっとした冗談のせいでアルバートが死んでしまうかもしれないと本気で思ったし、後悔もした。
あれからオルティスは冗談でもアルバートの前で不用意な発言をしないよう、気を付けるようになった。
「だから、侯爵なら安心だなって」
「兄上こそ、どうなの?」
「俺?」
「親しい人はいないの?」
「恋人ってことか?」
「そう。兄上もそれなりの年齢でしょう。そういう話は来ないのかなって」
「あー……たしかに来てないな」
領地を治めるのに一生懸命で、そんなことは考えもしてなかったが、たしかに、通常ならば見合いの話くらいはきてもおかしくはない。
(ま、きたところで断ってたから、断る手間が省けて良かったんだけど)
「兄上に釣り合うような上等な人間なんている訳がないし、断る手間が省けて良かったのかもね」
「高く買ってくれるのは嬉しいけど、いくらなんでもそれは言い過ぎだ」
昔からアルバートはオルティスをまるで天才のように褒め称えることがある。
大したことをした訳でもないのに、すごいすごい、と。
オルティスはそんなアルバートをがっかりさせまいと、馬術や剣術を頑張り、磨きをかけることになった。
今となってはどちらも、アルバートには及ばないだろうけど。
「言いすぎじゃないよ。兄さんは最高の人なんだから」
ここまで推しのキャラにベタ褒めされて嫌な気持ちはしないどころか、「ありがとう」と冷静さを装いつつ、心の中では天に召されるような心地だった。
こうして久しぶりの義弟との夕食は和やかに終えた。
※
オルティスは居間の三人がけの寝椅子に寝そべりながら、領地に関する書類に目を通していた。
宰相になるからと言って、領地経営はおろそかにはできない。
今のところ大きい問題はないから、執事長に任せておけば問題ないが、やはり日頃の習い性というのは怖い。
書類に目を通していないと落ち着かなかったりするなんて。
(前世は書類を眺めるだけで眠くなってたのに、人間、変われば変わるものだよなぁ)
しみじみ思う。
「兄上?」
呼びかけに、オルティスは目を上げた。
バスローブ姿のアルバートが立っていた。
風呂上がりなのだろう、色白の肌がうっすらと赤らんでいるし、美しい蜜色の髪がしっとりと濡れ、形のいい輪郭に寄り添うように張り付く。
「おい、駄目だろ。しっかり髪を拭かないと」
「これくらい大丈夫だよ。自然に乾くから」
「風邪を引いたらどうするんだ」
「兄上、子ども扱いしないでよ」
「子ども扱いじゃなくて、副団長なんだから体調管理も仕事の内だろ?」
オルティスはやれやれと思いながら、「俺が拭いてやるから」と呼びつけた。
アルバートは口先では「平気」と言いながら大人しく隣にやってくる。
(うーん。体格差があるせいか拭きにくいな)
「おい、俺の膝に頭を乗せろ」
「濡れちゃうよ?」
「別にいいよ」
アルバートは言われた通り、ごろんと横になった。
血統書つきの猫のように柔らかな髪の感触を楽しみながら、タオルで髪の水気を丁寧に拭き取っていく。
「こういうところは子どもの時のままなんだからな。どれだけ体が大きくなっても中身は変わらないんだな」
こうして推しの世話ができるのが実はかなり嬉しかったりする。
子どもの頃、アルバートはよく自分では拭けないからやって、とせがんできた。
メイドにしてもらえばいいのに、とは思わなかった。
オルティスもアルバートから甘えてもらえるのが嬉しかったから。
気付けば、アルバートの髪を拭く係はオルティスの役目になっていた。
髪を傷めないよう優しく、しかし、しっかりと水気を取っていく。
アルバートは心地よさそうに目を閉じた。
その目鼻の彫りの深さもあいまって、天才彫刻家の手による美しい芸術作品のようだと、見とれてしまう。
(子どもの頃も可愛かったけど、成長して精悍さも出て……本当にアイドルみたいだな)
「兄上?」
はっと我に返った。
いつの間にかアルバートは目を開けて、その吸いこまれるような深い青の瞳にじっと見つめられていた。
オルティスは妙な気恥ずかしさを覚えて、目を反らす。
「終わった。もう起き上がっていいぞ」
しかしアルバートはなかなか起き上がらなかった。
「どうした?」
「しばらく、このままでいさせてください。こうして兄上に膝枕をしてもらうの、本当に久しぶりだから……」
アルバートはもう一度目を閉じて、横向きのようになって体を丸める。
アルバートが眠る時はよくこんな格好になっていたことを思い出す。
「しょうがないな」
オルティスは、アルバートのすっかり乾いた髪を優しく撫でる。
「甘やかしてくれる兄上も、好きだよ」
アルバートは口元だけを微笑みに緩めた。
「俺も、甘えてくれるアルが、好きだよ」
互いに微笑み合いながら兄弟水入らずの時間を過ごした。
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