第5話 屋敷にて
(一体なにが起こってる……?)
オルティスは謁見の間を後にしながら、自分の身に降りかかったことに関して考えを巡らせていた。
正式な執務は明日からということで、今日は帰宅を許されたのだ。
わざわざ主要攻略キャラから取り上げた役職を、モブに渡すというのはどう考えてもおかしい。
あくまでゲームの観点で言えば、だが。
サイラスの有能さは折り紙付き。
どの攻略キャラルートを進んでもサイラスが宰相なのは変わらなかった。
もちろん、悪役令息時代のオルティスは傲慢で自己保身の塊だから、宰相になれるはずもない。
(それにしたって、理解ができない……)
困ったことになった。
宰相に任命されたということは、アルバートが成年式を迎えるまでに爵位を譲り、消えるということが出来なくなるということだ。
まさか国王直々の宰相職への打診を蹴るなんて真似をしたら、それこそどんな目に遭うか分かったものではない。
せっかく断罪の未来を避けられたはずが、別方向で断罪されるのは避けたい。
(どうしたらいい?)
答えは出ない。
「兄上っ!」
大型犬よろしくアルバートが駆け寄ってくる。
「アル……」
「顔色が優れませんね。謁見の間で何かあったのですか?」
「ここではなんだから馬車の中で話そう」
「はい」
馬車に乗り込むとオルティスは、謁見の間であったことを告げると、アルバートは我が事のように喜んでくれた。
「宰相だなんて素晴らしいではないですか! 兄上の実力が陛下に正当に評価されたということですね」
アルバートは嬉しそうに言ってくれる。
何も言わずに消えようと企んでいる自分への自己嫌悪を抱いてしまう。
「……うん、まあ……」
曖昧に頷く。
「兄上が悩まれる気持ちは分かります。陛下に次ぐ地位を拝命されたわけですから、かなりの重責を負うことになる。でもこれまで領地で優れた実績を残されたからこその任命なのでしょうから、自信をもってくださいっ」
アルバートは無邪気に励ましてくれる。
「そ、そうだな」
『いや、本来、俺が宰相に任命されるはずがないんだ! ゲームではこんな展開、ありえないんだ!』
そう言ったところで、理解されないだろう。
「タイミング的にも良かったです」
「タイミング?」
「今日は兄上と久しぶりにお会いできるということで、シェフにいつも以上に腕に寄りをかけてディナーを作るよう言っておいたんです」
「……そうなのか。気を遣わせて悪かったな」
「やめてください。兄上は公爵家の当主なんですから、当然です」
と、馬車が広場にさしかかり、そのまま過ぎていく。
「停まれ」
オルティスは御者に命じた。
「どうされたんですか?」
「俺と一緒だからって祈りを端折らなくてもいいんだぞ。俺も一緒に祈りたいし!」
「? 祈り?」
アルバートは眉を顰めた。
「あれだよ」
「あの古ぼけた像がどうかしたんですか?」
「どうかした、じゃないだろ。憧れの光の聖騎士だぞ!?」
「千年前に闇の力から人々を救ったとかいうあれですか? 別に祈ったことなどありませんが……」
「は? そんなことないだろ。だって、アルは……」
主人公のアルバートじゃないのか!? そんな言葉が出かかり、ぎりぎりのところで飲み込んだ。
「兄上がそんな風にあの像に思い入れがあったとは知りませんでした。待っていますから、どうぞ」
「え、あ、……うん」
ファンと一般人の温度差のようなものを思い知らされたような気分だ。
一応、オルティスは祈っておく。
(なんであんな興味がないんだ……?)
そこで、ある可能性に思い至った。
ゲーム中、虐げられた心の支えとして光の聖騎士の逸話を心の支えにしたアルバート。
しかしこの世界において、義母が亡くなってから虐げられてはいない。
ゲームの時のように心の支えを必要としない家庭環境だったのだ。
(俺の断罪を回避するための行動が、主人公の生き方を変えた……?)
これはまずいのではないかと考えても、どうしようもない。
「終わりましたか?」
「あ、うん」
「では行きましょう」
王城を離れた馬車は大通りを外れると、都の西方にある貴族街に向かう。
ブラッドリー公爵家の屋敷は唯一の公爵家なだけあって、その邸宅も圧倒されるほどに大きい。
他の貴族の屋敷の倍の大きさと庭を有する。
公爵領の本宅にも圧倒されたが、タウンハウスはそれ以上だ。
門を抜け、車止めに馬車が停まる。
最初にアルバートが下り、それに続こうとすると、左手を差し出された。
その律儀さに、オルティスは苦笑してしまう。
「おいおい、俺は女じゃないんだ。エスコートは」
「これくらいさせてください」
久しぶりの再会で、アルバートも舞い上がっているのかもしれない。
オルティスは苦笑しつつ義弟の手を取り、馬車から降りた。
アルバートを先頭に屋敷へ入っていく。
「おかえりなさいませ、公爵様、アルバート様」
使用人と擦れ違うたび、使用人たちから頭を下げられる。
今でも人に頭を下げられるということには馴れない。
どうしても『俺なんかに頭を下げないでくれ』と心の中で思ってしまう。
(染みついた庶民感覚が悲しい……)
大階段をあがり、二階へ。
そこの南向きの部屋が当主の部屋だ。
アルバートがわざわざ扉を開けてくれる。
「備品は全て最新のものに取り替えさせました。必要なものがあれば言ってください。すぐに用意させますから」
「ありがとう、アル――」
と、アルバートは扉を閉めた。
「兄さんっ」
ぎゅっと、抱きつかれた。
抱き寄せられ腕の力の強さにびっくりする。
オルティスを腕の中に閉じ込めたアルバートは、顔を、髪に埋めてくる。
トクン、と鼓動が小さく跳ねた。
「アル……」
幼い頃から、アルバートはよくこうして、オルティスに抱きついてきた。
怖い夢を見た時、家庭教師から厳しく指導された時、亡き母を思い出して寂しくなった時……。
オルティスも腕を伸ばし、この立派に成長した義弟を抱きしめた。
「ずっと会いたかったんです」
アルバートは切なげに呟く。
「まったく。これだけ立派な大人になったのに、あいかわらず甘えん坊なんだな。最年少の副団長がこれじゃあ、笑われるぞ」
「そうなんです。私は、兄上がいないと駄目なんです。だから、これからもずっと傍にいてくださいね」
「……っ」
胸にズキリと痛みがはしる。
そんなことを言われたら、離れがたくなってしまうじゃないか。
オルティスは否定とも肯定ともつかぬ曖昧な声を漏らすに留めた。
それが今、オルティスにできる精一杯の誠意だから。
どれくらいそうしていただろう。
ノックの音ではっと我に返った。
「公爵様、こちらにおいででしょうか?」
扉ごしの、メイドの控え目な呼びかけ。
後ろ髪を引かれるように、アルバートが離れた。
「ああ、入って来てくれ」
「失礼します。お夕飯の時間についてですが、いつ頃になさりますか?」
「それじゃあ、兄上。またあとで」
立ち去るアルバートを見送ると、「いつもの時間で構わない」と言った。
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