第4話 宰相就任
公爵領から王都まではおよそ半月。
その間、王家から呼びつけられた理由を考えていたが、まったく思い当たるものがない。
公爵家と王家の関係は良好だし、ゲーム内の全ルート、全エンディングを見たはずだが、分からなかった。
それはそれとして。
街道をしばらく進むと、巨大な城塞都市が見えてくる。
オルメトキア王国の王都ザイツブルク。
ゲームではスチールだったり、キャラクターの立ち絵の背景として見ていただけだったそれが、実際に目の前に広がっているのは正直、感動した。
(さすがにすげえ……)
圧倒されてしまう。
公爵領は環境的には良かったが、前世の知識のあるオルティスには牧歌的すぎで、少々退屈だったから余計に。
オメトキア王国は大陸でも一、二を争う大国だ。
農業を基幹産業とし、大陸の食料庫とも呼ばれる。
簡単な検査を受けて、城門をくぐった。
さすがは王都というだけあって、大勢の人々が大通りを行き交う。
通りの両脇には大きな商店が軒を連ね、商人たちが威勢のいい声をかけている。
王都の建物は屋根は赤煉瓦で、大通りに敷かれた石畳みはクリーム色と規格が統一されている。
オルティスはお上りさん丸出しで、馬車の中から外を夢中になって眺めていた。
と、大きな広場に立っている像に目が釘付けになった。
「止めてくれっ」
反射的に声を上げていた。
馬車が止まるなり、外へ飛び出した。
光の聖戦士の立像。
かつて世界が闇に飲み込まれようとしたその時、光の剣で闇を倒したという、光の聖騎士の銅像。
長い歳月が経過し、風雨にさらされたせいで多少傷んではいるが、大地に突き立てた剣に刻まれた、『世界を救いたいと望む者へ光を授ける』の言葉まで、まさにゲーム通り。
まさにこれはファンにとっての聖地巡礼。
ファンタジーゲームだから聖地巡礼ができるなんて夢のまた夢だと思っていたけど、まさか転生して実現できるなんて。
(たしか主人公のアルは義理の家族から虐げられた辛さを、伝説の光の聖戦士への憧れに変え、王都で過ごすんだよな)
そして最終的には、この聖騎士への憧れが、かつての聖騎士のように世界を救いたいという想いへ結実する。
――僕はこの世界を愛している! この命に替えても、世界を救う……ッ!!
ラスボスを前にした言葉は、思い出しただけでもウルッときてしまう。
(たしかこうして……アルは、祈りを捧げていたんだっけ)
ゲーム上のアルバートの祈りのポーズを真似する。
(はぁぁ~。王都へ来られて良かった……)
馬車に乗り込み、王城を目指す。
馬車は跳ね橋を渡り、車止めで停車する。
馬車を降りたオルティスが歩き出そうとした、その時。
「兄上!」
耳触りのいい声に振り返った。
「っ!」
そこには、オルティスより頭一つ分以上の高い上背に、すらりとしたスタイルの貴公子が立っていた。
やや長めのブロンドヘアに、涼しげな二重の目元はアクアマリンのように鮮やかな青。
身に纏うのは、王国一の最強集団である近衛騎士団の紺色を基調にした制服にマント。
腰には立派な剣を佩いている。
「……もしかして、アル……か?」
「はいっ!」
アルバートは口元を緩める。
すっかり大人びてはいるが、笑うと、子どもの頃の面影を見つけられた。
実に五年ぶりの再会。
五年前は、オルティスの胸くらいの身長しかなかったし、体も細かったはずなのに、今は制服ごしにも逞しい体格が分かるくらい。
なにより声。
公爵領にいた頃はまだ少年らしい高い声だったはずが、声変わりを経験した今はしっとりとして、艶を含んでいるように聞こえる。
「一瞬、誰かと思った……」
「私も成長したということですよ」
(いや、成長しすぎじゃないか!?)
アルバートはゲーム中ではあくまで受けだった。もちろん受けが大きく成長してはいけないということはないが、ゲームとの落差には驚きを禁じ得ない。
これもオルティスとの関係で、ゲームとは展開が変化しているせいなのか。
(たしかに公爵領にいた頃には俺がアルバートを構いたいから、乗馬とか剣術とか、色々と構ったりしてて体をよく動かしたりしてたからな)
この世界に転生して驚いたのは前世、水口拓也の頃には一度もしたことのなかった乗馬や剣術などあっさり出来てしまっていたことだった。
腕前は中の中くらいだが、それでも子ども時代のアルバートに教える分には問題なかった。
「兄上、ぼーっとされてどうかされましたか?」
アルバートが小首を傾げる。そういうちょっとした素振りは子どもの頃のままだということにほっとする。
「いや、成長ぶりをしみじみ感じていたんだ。ところでどうしてここに?」
「兄上がお会いしたくて、待っていたんです。陛下より兄上を呼んだということを聞いていたので」
「わざわざ?」
「ご迷惑、でしたか?」
アルバートが上目遣いをする。
「いや、そんなことはない。可愛い……いや、今は格好よくなった弟とこうして出会えて嬉しいよ」
「良かった!」
アルバートは無邪気に笑う。
「ところで騎士団のほうは?」
「午後休を取りましたからご安心ください」
「そうなのか。ところで陛下が呼ばれた理由は分かるか? いきなりのことで驚いているんだ」
「それは私も……。ただ悪い理由ということはないでしょう。兄上の領主としての辣腕ぶりは、王都の社交界でも有名ですから」
「そ、そうなのか?」
「はい。兄上のこれまでの慣例に囚われない改革に、他の貴族たちは驚いています」
「かなり異端で、反発の声が大きいと思ったんだけど」
「そういう声がないとは言いませんが、実際、成果がしっかり出ていますから、やっかみ以上の反発はありませんよ」
そこへ、「ブラッドリー公爵様でございますね」と男がうやうやしく頭を下げてくる。
「そうだ」
「侍従のトンプソンと申します。謁見の間までご案内いたします」
「そうか。それじゃ、アル。また」
「はい。私はこちらで、お待ちしていますね」
笑顔のアルバートに見送られ、オルティスは侍従と共に城内へ。
通されたのは、謁見の間。
「オルティス・ブラッドリー公爵でございます」
侍従の先触れの声が響きわたる。
オルティスは赤絨毯の上をしずしずと進んでいく。
長い階段の先に、三つの玉座。
中央の玉座にふんぞり返っているのは、オルメトキア国王のアレクサンダー四世。
五十代の貫禄のある王は人の良さそうな好好爺とした人物。
左隣の赤毛の貴公子は、王太子のガブリエル。
たしか年齢は二十代前半で、オルティスと年齢は近い。
攻略キャラでは屈指の攻めキャラなせいか、傲慢そうに見下ろしてきていた。
右隣の玉座には、王妃アメリア。上品な笑みをたたえている。
そして階段の下の平場には文武の高官たちが並んでいる。
その中でも抜きんでた存在感を放つのが、王太子の側近であり、若干二十八歳の若さで宰相に抜擢されたサイラス・クリューフェン伯爵。
長い銀髪、冷ややかな琥珀色の眼差しに細面。そしてモノクル。
理知的でクールな頑固者。
彼もまた、攻略キャラの一人。
(うわ、ゲームで見る以上に堅物って感じだな)
合理性の権化で、主人公とも何度もぶつかりあうことになるが、最終的には心を開く。そのデレた姿がたまらないのだ。
そしてサイラスのそばにいるクマを思わせる大柄で隻眼の男が騎士団長のジークフリート・アダム侯爵。三十代後半のイケオジ。
彼もまた攻略キャラであり、一番好きなルートだ。
オルティスは踵を合わせ、右腕を胸にあてて深々と頭を下げる。
「オルティス・ブラッドリー、参上いたしました」
「よくぞ、参った。公爵。そのほうの活躍、聞き及んでいる」
「光栄でございます」
「そう固くならず、力を抜け。何も咎めるために呼び出した訳ではないのだから」
「……は」
とはいえ、前世庶民だったオルティスはこういう場合、どの程度力を抜くべきか、その加減がよく分からず、結局、固いままでいるしかない。
しかし国王のアレクサンダーは「律儀な男じゃなぁ」といいように解釈してくれたらしい。
それからしばらくは領地に関してあれやこれやを聞かれ、オルティスは戸惑いつつもそれに答えていく。
(本題はなんなんだ?)
何の為に呼ばれたか分からない状況は気持ち悪いから、さっさと話を先に進めて欲しいところだが、相手は国王。話を遮る訳にもいかない。
国王とのやりとりが三十分は続いた頃だろうか。
アレクサンダーは唐突に臣下たちに向けて、「どうじゃ、やはり相応しかろう」と言い出したのだ。
王からの同意を求めるような口ぶりに平場の臣下たちは同意するように深々と頭を下げた。
(相応しい? 話がまったく見えない……)
国王が右手を挙げると、サイラスがゆっくりと前に踏み出す。
「これより、国王陛下からの勅命を読み上げる」
オルティスは慌てて片膝を付く。
「オルティス・ブラッドリー公爵。卿を、宰相に任じる」
「は?」
あまりに予想外過ぎることに、オルティスは間の抜けた声を漏らしてしまう。
「任じるっ」
サイラスは言い直す。その目には冷ややかさだけでなく、その目に怒りの炎が滾っているのがはっきりと分かった。
その目だけで、彼が今回の人事に関して不本意であることは明らかだ。
「つ、謹んで、拝命致します……っ」
「よく承諾してくれた。サイラスも長らくご苦労であった」
「はっ」
サイラスはうやうやしく頭を下げる。
「王国には優れた者が綺羅星のごとく存在する。新しき宰相の元で我が国はますます繁栄すると余は確信しておるぞ」
国王は満足そうに笑った。
(宰相って……俺は悪役令息なんだぞ!?)
パニックになるオルティスはただ困惑するしかない。
ゲーム上、こんなことは起こらなかった。
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