第21話 オークション

 男性の言葉に「伯爵! あんたのお陰だぁ!」「愛してるわ~!」とまるでアイドルのファンのような歓声が響く。

 周囲の常連客の反応を見る限り、どうやらあの男がオーナーらしい。

 その周りには屈強そうな護衛たちがついている。


「……アル、どうする?」

「様子を見ましょう」

「楽しんで頂けているようで何より! さあ、どんどん飲み、騒ぎ、己の欲望を解放しましょう! 世の常識やマナーなど、夜宴には無用なのですからっ!」


 煽りがかなりうまく、客たちはさらに熱を帯びる。


「さあ、皆様、いよいよ今宵のメインイベント、オークションの開始となります。どうぞ、会場へ!」


 客たちが立ち上がり、移動する。

 怪しまれぬよう、オルティスたちも向かう。

 開かれた扉の向こうには客席とステージが用意された空間が広がる。

 部屋に入る際、係員から番号札を渡された。

 オルティスたちは出入り口に近い場所に腰を下ろす。

 しばらくしてステージ上に様々な品々が運ばれ、オークションが開始された。

 酒も入っているせいか、かなり白熱した競り合いが繰り広げられる。

 それを横目にオルティスたちが気にするのは会場の片隅にいるオーナーの男。

 商品が競り落とされるたび、競り落とした客たちがオーナーと握手を交わしている。


「何かを競り落とす必要があるようだな」

「そのようですね。適当なものを……」


 アルバートに耳打ちしていると、司会者が「さて、次は本日のメインでございます!」と声を上げた。

 そしてステージ上へ現れたのは、首輪をつけられた少女。


「っ!」


 思わず立ち上がりかけたのを、アルバートに引き戻された。

 熱狂し、歓声を上げる客たちを、少女はおどおどと怯えた表情で見回している。

 年の頃はだいたい十歳前後。

 化粧をほどこされ、綺麗なドレスをまとっているが、とても着慣れているようには見えないし、なにより頑丈な首輪が痛々しい。


「愛玩物にしてもよし、労働をさせてもよし! 使い方はあなた好み! さあ、本日のメインでございます! まずは、百万リイルからっ!」


(下衆な貴族どもめ!)


 奥歯を噛みしめる。

 百万リィル開始にもかかわらず値段は一足跳びに釣り上がり、たちまち二千万を突破した。

 それでも競り合いは白熱し、とどまるところを知らない。


「五千万!」


 オルティスは声を張り上げた。


「さあ、134のお客様から五千万! 他にはいらっしゃいませんかっ!?」

「六千!」


 別の方向から声が上がった。

 オルティスは意地になり、「八千!」と言えば、相手も「九千!」となかなか諦めない。


「一億!」


 ついに大台にのり、どよめきが大きくなった。

 オルティスが相手を窺う。

 相手は悔しそうな顔をしたかと思うと、舌打ちをし、札を下げた。


「あちらのお客様、一億リイルにて落札でございます!」


 周囲の貴族どもが口々に「おめでとうございます」と褒めそやすが、吐き気がしそうだった。

 まさかただの賭博や売春に飽き足らず、人身売買まで行われていたなんて。

 ただの賭場と甘く見ていた。

 オルティスとアルバートはオーナーの元へ向かう。

 偽名の小切手を係員に渡すと、「おめでとうございます、お客様。特別品につき、私めがじきじきに案内させてもらいます。どうぞ」とオーナーの後をついて、部屋を出た。

 いくつかの通路を抜けると、先程の少女が乱暴に鎖を引かれながらやってきた。


「さあ、どうぞ」


 少女がガクガクと小刻みに震え、絶望した表情でオルティスを見つめる。


「もう大丈夫だよ」


 にこりと笑いかけ、少しでも安心させようと頭を撫でようとするが、それだけで少女はビクッと大袈裟に反応し、身を守るように頭をかばう。

 どうやらかなり酷い目にあってきたらしい。


「……オーナー。商品は、この少女だけですか?」


 オルティスは内心の不快感を必死に押し殺しながら聞く。


「それはどういう意味ですかな」


 この変態が一人の少女しか扱っていないはずがない。


「商品未満の子もいれば、是非、拝見したい」

「なるほど」


 オルティスはさっきからオーナーが気にしている、ダイヤの指輪を外すと、「これは紹介料ということで」と握らせた。


「……特別ですよ」


 オーナーが下卑た顔をすると、奧の部屋に向かう。そこには頑丈な南京錠がはめられている。

 オーナーは首にかけていた鍵で開け、扉を開けた。

 瞬間、生ゴミのような臭気が漂う。

 通路の両脇は檻となっていて、そこにはボロをまとう、薄汚れた少年少女の姿があった。


「調教が済んでいない品々です。好みの容姿を仰って頂ければ、入荷次第――げふっ!」


 オルティスは我慢しきれず、オーナーの頬を殴り付けた。

 オーナーは檻に背中からぶつかり、呻く。


「な、何を……」

「お前の話は聞くに堪えないっ」

「何しやがる!」


 護衛たちが剣を抜いて襲いかかるが、アルバートが見事な身のこなしで全員をあっという間に気絶させた。


「ば、化け物……!」


 オーナーが悲鳴じみた声をあげた。


「お前に言われる筋合いはない。兄上」


 剣を受け取り、オーナーから鍵束を奪う。


「こ、この泥棒!」


 オーナーは奪い返そうとするが、アルバートに喉笛に剣を当てられ、抵抗を諦めたようにうなだれる。

 鍵で次々と牢屋の錠を開ける。


「全員、来るんだ!」


 オルティスとアルバートが先頭に立ち、廊下を進む。

 すでに牢屋での騒ぎを聞きつけ、男たちが剣を手に駆けつけてくる。

 突き出される剣を捌き、一歩踏み込み、相手の腕を抉り、体勢を崩したところを蹴り上げた。

 通路を抜ける。

 血に濡れた剣を持つオルティスたちの姿に、その場に居合わせた客たちが悲鳴を上げ、我先にと階段へ逃げていくが、そこへ突入してきた騎士たちと鉢合わせる。


「全員、動くな! 王立騎士団だ! この建物は我々の包囲下にある! 手向かう者は反逆者と見なし、処刑するっ!」

「な、なんだと! たかが王立騎士団の分際で……!」


 客たちが口々に声を上げた。


「――全員、大人しく言うことを聞くのが身のためだ。お前たちがここで何をしていたか……我々はすべて把握している」


 オルティスとアルバートは揃って仮面を外す。


「さ、宰相……!?」

「あの方、騎士団の副団長だわ……」


 参加者たちは観念したのか、がっくりとうなだれ、騎士たちの指示に従う。


「奧の部屋にオーナーがいる。それから、この子たちは人身売買の被害者だ。保護して欲しい」

「かしこまりましたっ」


 子どもたちを騎士たちに任せ、オルティスはアルバートと共に外に出た。

 ずっと紫煙と酒精にまみれた空気を吸い続けていたせいか、外のひんやりとした空気が美味しい。

 そうこうしている間に、オーナーやその手下たちが騎士たちに連行されていく。

 違法賭博だけでなく人身売買まで犯しているのだ。

 一生、鉄格子の内側で過ごすことになるだろう。


(どうにかこうにか問題解決、だな……)


 ほっと一息ついたその時、にわかに騒がしくなる。

 オーナーが馬車に乗せられる寸前、騎士達の腕をふりほどき、オルティスめがけ走り寄ってくる。

 その手には短剣。


「っ!」


 完全に油断しきっていたせいで、反応が遅れてしまう。


「兄上っ!」


 オーナーの男とオルティスの間に、アルバートが割って入ってきた。

 男の短剣が、アルバートの右脇腹に刺さる。

 アルバートがオーナーの男の顔面めがけ拳を喰らわせれば、男は白目を剥いて倒れた。


「アルっ!」

「副団長!」

「……平気だ。それよりさっさとそいつを連れていけ」


 すぐに医療班がやってくる。


「平気かっ!?」

「兄上、これくらい何でもありません」


 脇腹に深々と短剣が刺さっているにもかかわらず、アルバートはかすかに眉根を寄せるだけだった。


「どうしてあんな無茶をしたんだっ」

「……もう誰にも、兄上を傷つけさせないと誓いましたから。兄上だって私を、あの女から守ってくださったではありませんか」

「あれは子どもの頃のことで!」

「そうです。体は小さく、力も弱かった。なのに、守ってくれた……」

「もういいから、口を閉じろ」


 医療班によって手早く治療を終えると、オルティスはアルバートを連れ、馬車で屋敷へ戻る。

 不幸中の幸いは、厚い筋肉に阻まれ、刃が臓器に達しなかったことだ。

 医療班からは傷が塞がるまで絶対安静との指示が出た。


「兄上、もう部屋に戻っても構いませんよ」


 ベッドに横になっているアルバートが言った。


「いや、せめて今晩はそばにいる……。俺のせいで負った怪我のようなものだからな」

「兄上」

「これだけは譲れないからな。何を言われようが、梃子でも動かないからなっ」

「……この程度の傷で兄上を今晩だけでも独占できるなんて、王国一の果報者ですね」

「呑気なことを言ってる場合か。お前だから良かったものの、普通の人間なら重傷だったんだぞ。何かして欲しいことはあるか?」

「では、手を握ってくれますか?」

「そんなことでいいのか?」

「はい」


 普通に握ると、「そうではなくて、こうです」と言って、いわゆる指を深く絡めた恋人つなぎになり、

「それから……」とさらに抱き寄せられ、彼の胸に飛び込む格好になった。


「お前、調子にのりすぎだろ」


 オルティスは苦笑まじりに言った。


「傷がすごく痛むんですよ」

「ぜんぜん平気だって言ってなかったか?」

「そんなことは忘れました」

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