第16話 夏祭り(本番)

 夏祭り本番。

 国の内外から集まった人々で、王都はいつも以上にごった返している。

 騎士団、衛兵隊、そして民間人の有志が協力し、トラブルが起こらないよう目を光らせる。

 オルティスは宰相として問題が起こればすぐに指示を出せるよう、ギルド本部に詰めていた。

 街の中心部にほど近いギルド本部のほうが、宰相府より待機するのには都合が良かったのだ。

 そしてその本部には、アルバートの姿もあった。

 愛の告白をされてからもう十日以上が経過しているわけだが、いつまで経ってもアルバートのことを意識してしまう。


(前世では告白なんてされたことがなかったせいか……?)


「兄上」

「な、なんだ」


 上擦った声で応じると、アルバートが微笑する。


「今回も無事に祭りを終えられそうですね。これまで報告されているトラブルの内容はどれもこれも他愛のないものばかりですから。酔っ払いによる喧嘩、ナンパ……」

「ああ、そうだな。お前が綿密な警備計画を立ててくれたお陰だ」

「宰相府が相応の予算をつけてくださったお陰です」


 その時、窓ごしに七色の光が閃く。

 祭りのハイライトというべき花火。

 オルティスは立ち上がると窓辺に寄る。

 背後にアルバートが当然のように寄り添う。

 この世界でも花火は変わらず綺麗だ。


(夏祭りイベントでは最終的に、攻略キャラとアルが肩を寄せ合って、花火を見るんだよな……)


 なぜか、攻略キャラではなく、ただのモブである自分とアルバートは花火を見ている訳だが。


「……子どもの頃、領地で開かれた祭りのことを覚えていますか?」

「もちろん」


 夏祭りはどの貴族の領地でも開かれる。

 夏祭りはオルティスやアルバートにとって、大切な時間だった。

 きらめく灯火の下、普段は見かけない夜店が軒を連ね、街の広場では大道芸人が人々を楽しませた。

 田舎の領地はきらびやかに輝く、特別な夜。

 オルティスはアルバートの手を引き、一緒に駆け回った。

 奇跡のように楽しい時間だった。


(……少し神経質になりすぎているのかもしれないな)


 別にアルバートから寝込みを襲われた訳でもなく、自分を愛してくれとせがまれたわけでもない。

 そう、これはきっと本来死ぬはずだった悪役令息であるオルティスが長生きしたことによる、一時の気の迷い、弊害にすぎない。

 アルバートにとって一番身近な存在が、オルティスだった。

 いわば、鳥の雛がはじめて見たものを親と思い込む刷り込みのようなもの。

 身近な存在がオルティスではなく、他の攻略キャラであれば、きっとその人を好きになっていただろう。

 だからまだ、修正は可能なはず。

 そう考えると、いくらか気分が楽になった。

(せっかく、推しとこうして過ごせるのを、いつまでもウジウジ悩んで無駄にすることが一番愚かだよな)

 オルティスが笑顔で振り返ったことに、アルバートは少し驚いたように眉を上げた。


「兄上……?」

「アルバート、外へ出よう。もう祭りも終わるだろうが、今なら多少は街中は歩きやすくなっているだろう」


 今、人々は花火に気を取られ、夜店が軒を連ねる広場から、花火の良く見える川岸に移動しているはず。


「はい。お伴します」


 外に出た。

 アルバートは外で待機していた団員に指示を出し、人々の熱気と歓声がそこかしこから聞こえてくる繁華街へと繰り出した。

 思った通り、街の中心部は人がまばら。

 アルバートは落ち着いた様子で、大人しくオルティスの隣を歩いている。

 何をするでもなく、ただ夜店を冷やかすように歩き回り、大道芸人たちのパフォーマンスを楽しんだ。 子どもの頃のように。


「ちょっと待っててください」


 アルバートは夜店で、粗末な使い捨ての容器に入った果実酒を二つ、買ってくる。


「どうぞ、兄上」

「ありがとう」


 安物で甘ったるい。

 普段、飲んでいる真っ当な酒と比べると雲泥の差。さらに夜店価格だからかなりのぼったくり。

 でも。


「……懐かしいな」

「覚えててくれて嬉しいです」

「大人が飲んでいるのが羨ましくって二人でこっそり夜店の人にお願いして買ったんだよな。父親に買ってくるよう言われたからって……びびりまくりながら嘘をついて」

「嘘だとすぐに分かったでしょうが、店主は売ってくれましたよね。それを二人で川縁でこっそり飲んで……」

「まずくてたまらなかったよな。果実酒って書いてあるのに全然、甘くなくて。あんなものをどうして大人たちは好んで買うんだろうって」


 オルティスは小さく笑う。


「で、何事もなく屋敷で戻ったは良かったのですが、あのあと、私や兄上が気持ち悪くて戻してしまって、大騒ぎになりましたね」

「流行病だなんだって大変だった」

「本当のことを言うわけにもいなかったですし」

「あんな無茶ができたのも子どもの頃だからだな」


 オルティスとアルバートは笑いあう。

 こうして義弟と子どもの頃の失敗話に花を咲かせる。

 酒を飲みながら、建物と建物の間から辛うじて見える花火をぼんやりと眺めた。

 花火が終わると、祭りも終わり。

 大勢の人間たちが帰るために大移動するとなると必ず騒ぎが起こるものだ。


「本部へ戻ろう」


 オルティスが促すと、アルバートは「はい」と頷いた。

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