第17話 尾行

 屋敷に戻ったオルティスは早速、紙に書き出す。


(攻略キャラだが、誰とアルバートをくっつけるのが手っ取り早いか)


 ジークフリートは、アルバートの反応を見る限り脈無しだ。

 王太子は俺様攻めで、これは兄としてこんな攻略キャラに大切な義弟を預けるのは心配しかないから、最終手段に取っておく。


(一番、可能性がありそうなのは、騎士団の団員か)


 騎士団員のグラム・ブレン。

 いわゆる女好きの遊び人。軽薄そうに見えるが、実は一本気な兄貴肌。

 孤児出身だが努力と実力でのし上がり、騎士にまでなった。

 たしか、騎士としての活躍が評価され、最終的には男爵の位を賜ったはず。 

 翌朝、オルティスは朝食の席でその名前を出した。


「グラム・ブレン……?」

「ああ。彼から話を聞きたいんだが、宰相府へ顔を出すよう命じてくれないか?」

「構いませんが、何の話をするか詳しく教えてくれると助かりますが」

「最近、違法賭博場の取り締まりを衛兵隊に命じているのだが、なかなか成果は出ないんだ。だからそういうものに詳しい人物から話が聞きたいと思ってな。たしかグラムは幼少期はマフィアの下働きをした経験があって、鼻が利くらしいな」

「よくご存じですね」

「宰相たる者、これくらいは把握しておかないとな」


 グラムルートだと、全体的にサスペンス・謎解きストーリーになる。

 アルバートと二人で潜入捜査を行い、いくつもの死線を潜り抜け、やがて距離が近づいていく。

 というわけでその日の正午、騎士団からグラムが派遣された。

 執務室に顔を出したグラムは、宰相直々の呼び出しということもあって緊張を隠せない様子。


(さすがは女泣かせなだけあって、かなりイケメンだな)


 基本的に攻略キャラたちは容姿に恵まれているとはいえ、グラムはそこへさらに甘さがある。

 アルバートの冷ややかな美形ぶりとは対照的な印象だ。

 オルティスはにこやかに応対し、席を示す。

 そして違法賭博場に関して意見を聞く。

 これはあくまで呼び出すための口実に過ぎないが、実際摘発に困っていることは事実だった。

 さすがはグラム。しっかりとこちらの欲しい情報をくれる。


「助かったよ」

「いえ。このようなことであればいつでもご協力いたします。では私はこれで」

「待ってくれ。少しお茶でも飲んで行くといい」

「はあ……。あ、ありがとうございます」


 頭を下げるグラムに紅茶を出す。

 他愛のない世間話をして、そろそろいいかというところでオルティスは切り出した。


「アル──アルバートは君から見てどう思う? 騎士団の人々からはかなり畏れられているようだが」

「はい……たしかに鬼のように厳しい方ですが……人間的にも尊敬できると思っています。私は尊敬しておりますっ」

「つまり、アルバートのことを好ましく思ってくれている、そう受け取ってもいいか?」


 すると、グラムはうっすらと頬を赤らめ、恥ずかしがるように目を伏せた。


「……はい」


 さすがは攻略キャラ。アルバートには密かに惹かれていたらしい。

 たしかに今のアルバートはゲーム中とはまた違った魅力がある。

 心惹かれて当然とも言える。


「私としては義弟は何でも抱え込みがちなところを心配しているんだ。今の立場を踏まえても、本心を口にすることも難しいだろう。もし良かったら相談にのってあげてくれないか? そうしたら私としても安心なんだが」

「私で良ければ……しかしながら、副団長はそれを望まれるでしょうか」

「アルバートは公平な男だから優秀な人間を邪険に扱うことはない。何気ない世間話をしたり、昼食を共にしたり、少しずつ距離をつめていけばいい」

「……宰相閣下は私のような人間が、副団長と親しくしても問題ないのですか?」

「問題だと思うならこんな提案はしていないよ。むしろ親しくなって欲しいと思っている。恋仲になっても応援するつもりだよ」

「こ、恋仲……」


 その目に、欲望の色がちらつき、ごくりと生唾を飲み込むのを見逃さなかった。


「それは当人同士の相性もあるだろうから。とにかく、それとなく気にしてくれると嬉しい。あとこれはここだけの話にしてくれ。いつまでも弟離れできないと知られたら恥ずかしい」

「分かりました」


 グラムを見送り、オルティスは小さく息を吐き出す。


(よし、種は蒔いた。後は成り行きに任せよう)



 それから一ヶ月。夏は終わり、秋風が街路を撫でる季節。

 まだ夏の余韻を残しながら、軽くなった空気、高くなった空、街路樹の葉がうっすら色づきはじめるなど、所々に秋の気配が滲む。

 グラムが屋敷を訪ねてくることがたびたびあった。

 アルバートは笑顔こそ見せないが、何気ないボディタッチをするようになり、そこには親しさのようなものがあるのは明らかだ。

 オルティスの前で、グラムは「アル」と思わず口を滑らせたと言わんばかりに親しげに呼ぶこともあった。

 そのあと、慌てて、「副団長」と言い直すところも二人の親密さの現れのように思えた。

 オルティスの予想通り、いや、予想以上に二人の距離は急速に近づきつつあるように思えた。

 それからアルバートは仕事があると屋敷に帰らないこともあった。

 たまたま深夜、アルバートが帰宅する場面に遭遇したが、アルバートからはうっすらとだが、グラムが使っているのと同じ、清涼感のある香水を感じた。

 調査の続きという口実でグラムを呼び出し、それとなく話を聞き出すと、二人は一緒に食事をしたり、非番の日に出かけたりしているらしい。

 グラムからは「こうして副団長と親しくなれたのも、宰相閣下のおかげです」とまで言われる。

 考えた以上にうまくいっているはずなのに、オルティスは自分の胸がざわつくのを感じてしまう。

 そんな自分に混乱し、困惑してしまう。

 二人は結ばれておかしくない者同士なのだから、祝福するべきなのだ。

 なのに。

 そしてグラムに屋敷まで送ってもらい、アルバートがグラムに笑顔を見せるのを偶然目撃してからは、胸に芽生えたモヤモヤを、より強く意識するようになった。


(まさか嫉妬? いや、さすがにそれはないだろ。自分から別の攻略キャラと親しくなるよう仕向けておいて……)


 屋敷での会話の中、アルバートがよくグラムのことを話すようになった。

 本当に何気ない日常の出来事だ。

 でもその何気なさが、二人の関係が深いことを物語る。

 それまでオルティスにしか向けなかった笑顔が、グラムとのことを話す時に多くなった。

 オルティスと世間話をする時でさえ、見せる笑顔は以前とは比べものにならないほど控え目なものになっていた。

 もう、アルバートはあの笑顔を自分には向けてはくれない──その事実に、胸が締め付けられた。

 それこそ正真正銘の主人公と攻略キャラの親しげな二人だけの世界を遠巻きにするしかない背景モブとしての切なさ。



 そしてとある休日。アルバートはグラムと出かけていった。

 それをにこやかに見送ったオルティスだったが、すぐに身支度を調えると、後を追いかけた。

 昨日の夕食の席で、どこに出かけるのか、アルバートが話していた。


(これはあくまで、アルバートたちがうまくいっているかを確かめるだけだからっ)


 そう誰にともなく言い訳をする。

 二人は身分がばれないようにかラフな格好でうまく街に溶け込み、酒場で食事をしていた。

 会話はグラムがリードし、アルバートがそれに相づちを打ったり、時にアルバートのほうから話をしたり。

 何を話しているのかは、距離的に聞こえなかったが、和気藹々と仲良く、傍から見れば十分、仲睦まじい恋人同士だった。

 周りの客たちも、美男たちのやりとりに目も心も奪われている。

 それに何気ないグラムからのボディタッチに、アルバートは微笑を浮かべて受け入れている。

 酒場を出た二人は大通りの宝飾店へ。

 さすがに男一人で入ると目立ちすぎるので、店の出入り口を監視できる場所から見守る。

 アルバートたちが店から出てくる一分一秒が長く、まるで永遠のようにも思えてしまう。


(一体いつまで選ぶのに時間をかけてるんだ。ぱぱっと選んで、さっさと出てこい……!)


 訳の分からない苛立ちを覚えていると、ようやく二人が出てきた。


「!」


 店から出てきた二人は何があったのか、さらに親密さが増していた。

 指先を絡め合うように手を繋ぎ、距離もぐっと近づいている。

 そしておそらく購入したであろう、指輪をグラムがうっとりとした眼差しで見つめていた。

 それを見守るアルバートの慈しむような表情。

 やがて路地裏の安宿へ。


(いや、いくらなんだってこんな場所で!? アルバートは公爵家の跡取りなんだぞ!? 宿なんてどうとでもできるだろう!)


 親しく身を寄せ合い消えていく恋人。

 オルティスがそうなって欲しいと思った通りの理想の形──のはず。


(これはいくらなんでも公爵家の跡取りが来ていいような場所じゃないぞ!)


 公爵家の品位を損なっていいわけがない。


 オルティスは胸の奥で暴れる謎の感情に突き動かされ、彼らが消えていった扉の前に立ち、ドアノブに手をかけようとしたその時、背後に気配を感じた。

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