第18話 お見通し
「──誰かお探しですか、兄上」
「っ!」
全身の鳥肌が一斉に立つ。
アルバートは扉を開けると、オルティスの背を軽く押して部屋へ入るよう促す。
粗末なベッドとテーブルと椅子が置かれているだけの、本当に寝るためだけの部屋にグラムがいた。
「帰っていいぞ」
「あの、こちらの指輪は……」
「今日の報酬だ。好きにしろ」
「はっ」
グラムは背筋を伸ばすと、オルティスに目礼をして部屋を出ていく。
オルティスはパニック状態だ。話が全く見えない。
「こ、これはどういう……」
「兄上は優秀な宰相ですが、優れた兵士にはなれそうもありませんね。尾行していることはすぐに分かりましたよ。だから、別の空き部屋に隠れていたんです」
「どうしてそんなこと……」
「どうして? それはこちらの台詞です。兄上こそ、一体どういうつもりで私たちを尾行していたんですか? 私たちが親しくなってから、兄上はしきりに私たちのことを気にしていましたよね。どうしてですか?」
「そ、れは……」
うまく言葉が出ない。
「嫉妬、してくれていたんですか?」
「それは……!」
違う、とはなぜか言えなかった。
推しのためにと行動しておいて、いざ自分でない攻略キャラと親しくなると落ち着かなくなる。それは嫉妬というしかない。
「安心してください。私とグラムはただの部下と上官という関係にすぎません」
「は……?」
アルバートが笑みを浮かべる。
ここ一ヶ月近く、グラムにしか見せなかった微笑。
トクン……!
久しぶりに見せてくれる、オルティスにだけ向けられた笑顔に、鼓動が大きく高鳴った。
「一ヶ月前、兄上がグラムを宰相府へ呼んだ時、あいつに言っておいたんです。もし私に関する頼み事があった場合、前のめりで受けるように、と」
「!!」
(ということは、すべて把握されてたのか!?)
予想外過ぎる策士ぶりに、オルティスは動揺してしまう。
つまりここ一ヶ月、オルティスは、アルバートの手の平の上で踊っていたということになる。
アルバートはオルティスの背後に回り、優しく背後からその屈強な腕で抱きしめてくる。
「兄上は悪い人ですね。兄上を想う私の気持ちがそんな軽いものだと思うなんて。あなたの目に映る私は、雛鳥のように見えますか? 一番身近な存在だから──ただそれだけの理由で、好きになったのだと……私の気持ちを見くびられて、悲しいです」
腕に力がこもった。痛くはないが、圧迫感が強くなる。
本気を出せば、オルティスの体など呆気なく潰されてしまう。
「それにしても、まさかここまで嫉妬してくれるとは想像もしていませんでした。最初はうまくいったように見せかけて、折を見て、適当な所で叱ろうと思っていたのですが……。兄上がこれまで見たことがないくらい、私たちの関係を気にしていたので、長めの演技をすることになりましたよ」
「気にするだなんて」
全てを把握されていたことで動揺するあまり、声が上擦った。
「私がグラムと同じ香水をつけていた時、別れぎわに屋敷前でグラムを抱きしめた時、私がグラムの話を楽しげにする時、どんな顔をしていたのか、忘れてしまったのですか?」
ごくりと唾を飲み込んだ。
「……どんな顔をしていたんだ?」
「内緒、です。ただいつもの兄上ではなかった、ということだけはお伝えしておきます」
血が頬にのぼり、体が燃えるように火照る。
「も、もういいだろう。尾行なんて恥ずかしい真似をしてしまってすまなかった。しかし俺はあくまでアルのことを考えて、グラムに、お前の事を頼んだんだ」
咳払いをしたオルティスは立ち上がろうとしたが、アルバートが体重をかけて立ち上がれないようにする。
「まだ終わってません。兄上にどれほどあなたを本気で愛しているのか、分かっていただかないと」
オルティスはアルバートに担がれると、粗末なベッドへ横たえさせられる。
「ま、待て、アル……っ」
彼はそばにあったタオルでベッドの柵とオルティスの腕を結びつけた。
騎士団仕込みの複雑な結び方らしく、どれだけ動いてもほどけない。
アルバートのぞくっとするほど美しく、吸いこまれそうなほど深く青い瞳で見つめられる。
彼がベッドに乗り、オルティスを見下ろしてくる。
「怒らせたのなら謝るから……」
「怒ってなんていません。ただ、兄上には私がどれだけ、あなたを本気で想っているのか知ってもらわないといけないと痛感したまでなんです」
アルバートに顎を掴まれ、上向かされ、唇を奪われた。
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