第11話 添い寝

 オルティスは屋敷に戻ると、まず風呂へ入る。

 殺されるかもしれないという恐怖に襲われたせいか、妙な寒気が体を包み込んでいた。

 前世でもこんな怖い思いをしたことがない。

 あの男たちのぎらついた眼差し、そして突きつけられた剣。

 殺すつもりはなかっただろう。

 ただ脅して、検地から手を引かせようとしたのだろう。

 しかし肉体よりもまず精神を嬲りものにしようとするかのように、じわじわと包囲を縮めていかれる時の恐怖は、殺意がなかったからと言って、簡単に消えさるものではない。


「ああもう、しっかりしろ!」


 オルティスは湯で顔を洗う。

 普段は一日の疲れを落とす心地良い時間も今日はなんだか落ち着かない。

 一番気持ち的に楽だったのは、アルバートに抱きしめられた時だった。


(……さすがにいい大人が情けないよな)


 オルティスは風呂から上がると、いつもより早めにベッドにもぐりこんだ。

 だが今日は暗闇になるのに抵抗を覚え、サイドテーブルでランプをつけた。

 しかしなかなか眠れなかった。

 その時、ギッ、と床板の軋む音がした。


「っ!」


 オルティスは枕元においてある護身用の短剣に手を伸ばす。鼓動が鳴り、全身から冷や汗が吹き出す。

 軋みはゆっくり近づき、そして扉がゆっくりと開く。

 ラフな部屋着姿のアルバートが顔を覗かせた。


「……あ、アル……」?

「兄上、起きていらっしゃったんですね」


 アルバートは、オルティスが掴んだ短剣に目をやる。


「危ないですよ。そんなものを持ち出して。不慣れな素人が扱うと、ご自分を傷つけるだけですから」


 アルバートは短剣を取り上げると、テーブルへ戻す。


「……それより、どうかしたのか?」

「風呂から上がった後の兄上の顔色がよくなかったですし、いつもより早めにお休みになられたので、心配になって様子を見に来たんです。やはり眠れないようですね」

「ああ、まあな」

「ホットミルクでも用意させますか?」

「いや。今はいらない。何も」

「そうですか」


 すると、アルバートはまるで当然のようにベッドへ潜り込んできた。


「お、おい、何を……!」


 オルティスは慌ててしまう。

 しかしその抵抗は呆気なく封じられ、抱きつかれる。


「暴漢に襲われた人間が、闇を怖がったり、一人になることに抵抗を覚えるのは何もおかしいことではありませんよ」


 アルバートは耳元で囁く。その心地のいいアルトの声が、ささくれた気持ちを優しく慰めてくれているかのようだ。

 さらりと髪を触られる。その長くしなやかな指先に触れられるのが、不思議と心地いい。


「別に……」

「私の杞憂であったらいいんです。でもせっかく来ましたし、せっかくですから、久しぶりに兄弟水入らず二人で眠るのも悪くないですよね?」


 オルティスは口元を緩める。


「……ありがとう」


 すぐそばに自分ではない、誰かの温もりがあるのは、安心できる。

 さっきまであれほど落ち着かなかったことが嘘のよう。


「こうして一緒に寝ていると、子どもの頃のことを思い出しませんか?」

「お前が、執事長に怖い話をせがんで聞いた挙げ句、夜中に怖い夢を見たって泣き出した時のことか?」

「はい」


 アルバートの声には笑みが滲む。


「あの時は大変だったよな。執事は父上に怒られるし、メイドが一緒に寝ましょうかとか、義父上が一緒に寝ようって言ってもお前は嫌がったんだよな。で、結局、俺が一緒に寝ることになった」


(ぐすぐすと鼻を鳴らして号泣するアルを、抱きしめたんだよな)


 まるで昨日のようにはっきりと覚えている。

 当時のオルティスは推しを間近に感じられて、正直、夢なんじゃないかと本気で思った。


「あの当時とは立場が逆転してるけどな」

「いいじゃないですか。たった二人の兄弟なんです。こういう時にこそ、助け合うものでしょう」

「そうだな。でも、俺は子どもじゃないんだから、頭まで撫でなくていいんだぞ」

「したいから、やめませんよ」


 アルバートは微笑みながら、アルバートを抱きしめ、頭を撫で続けた。


(見た目はゲームと変わっても、愛情の深さは原作通りだな)


 オルティスはいつの間にか、深い眠りに落ちていった。



 アルバートが目を開ける。腕の中の兄を起こさぬよう、そっとベッドを抜け出し、バルコニーに出ると『烏』の一人だった。


「吐いたか?」

「最初威勢が良かったですが、あっさり……」

「で?」

「犯罪者ギルドが関わっているようです。場所も聞き出しました」

「よし。すぐに

「副団長がわざわざされるような仕事では……」

「兄上のことだぞ」


 凍り付くような視線を向けられ、自分の失言に気づいた男は目を伏せた。


「し、失礼いたしました」

「先に行け」


 アルバートは身支度を調えると規則正しい寝息を立てるオルティスを見下ろす。


「……行ってきます」


 頬にそっと口づけをしたアルバートは屋敷を出た。

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