第24話 脱出
そろそろ日付が変わろうかという時刻。
オルティスは寝台に横になりながら、ぼけっと天井を眺めていた。
なかなか寝付けない。
宰相でなくなった以上は王都に留まる理由もない。
であれば、アルバートが提案したとおり、領地へ戻るべきだ。
そこで以前のように領地経営に励む。
アルバートと一緒に。
しかしこれで終わるだろうかという胸騒ぎのようなものを覚える。
アルバートは主人公だ。その主人公が都からいなくなって、本当に黒魔導師をどうにかすることができるのだろうか。
攻略キャラたちはいるが、彼らだけでは成し遂げられないのではないか。
相手はラスボスなのだから。
その時、ノックの音に体を起こす。
「アルか?」
「いえ、執事でございます」
「どうした?」
「衛兵隊長様がいらっしゃっております」
こんな時刻に?
オルティスは訝しく思いつつ、「応接間へ通してくれ」と指示した。
「それから、もし起きているようなら、アルにも伝えてくれ」
「別の者がお伝えに」
「そうか、助かる」
オルティスは寝巻から、私服に着替える。
(こんな夜遅くにやってくる衛兵隊長。俺とアルバートに用事……)
嫌な予感しかしない。
オルティスは応接間へ。途中で、アルバートと合流した。
「ろくな用件ではないのでしょうね」
「同感だ」
オルティスたちが応接間へ入ると、衛兵隊長が立ち上がり、直角に頭を下げた。
「夜分遅くに申し訳ございません」
「座ってください。それで?」
「はい。……その新しい宰相より、お二人を逮捕するよう命を受けました」
「な……!?」
オルティスは驚きに目を見張るが、アルバートは落ち着いている。
「私の判断で衛兵の出動は早朝にしましたので、ただちにお逃げ下さい。城門を守る衛兵にはすでに話を通してありますので……」
「罪状は?」
「反逆罪です」
「馬鹿馬鹿しい。そうまでしてサイラスは俺たちを排除したいのか。念願の宰相への復位を果たしたというのに……!」
そもそもアルバートを副団長の職から解くこと自体、どう考えても正しい判断とはいえない。
完全な私怨だろうし、オルティスへの当てつけだ。
復讐にこだわるあまり、冷静な判断ができていない。
「……同感です」
(サイラスのやつ、攻略キャラの分際でやっていることが悪代官めいてるってどういうことだ!)
奥歯をギリッ、と噛みしめる。
「危険を犯してまで伝えにきてくれて、感謝する。ありがとう」
衛兵隊長を見送ると、アルバートを見る。
「すぐに都を離れる」
「分かりました」
使用人たちに必要最低限の荷物を作らせる。
それからオルティスは使用人たちを全員、集める。
無茶苦茶な罪状を取り上げてオルティスたちを逮捕しようとするのだから、きっと使用人だから無関係とは済ませないだろう。
もしかしたら共犯者として牢に入れ、オルティスたちが何らかの犯罪を画策していたという偽の証言でもでっちあげさせる可能性だってある。
オルティスは使用人全員に金を渡し、しばらく王都を離れるよう告げた。
「皆、突然こんな事態に巻き込んでしまってすまない」
「いいえ、公爵様もアルバート様も何も悪くないのは、私どもがよく分かっていますっ」
使用人一同がそう言ってくれたことに、オルティスは不覚にも泣きそうになってしまった。
オルティスたちはすぐに屋敷を後にした。
衛兵隊長の言う通り、城門を守る衛兵はすぐに門を開けてくれた。
星の瞬く夜空の下、馬を駆けさせる。
このまま公爵領へ戻るべきかと考えたが、却下した。
きっとサイラスは追っ手を公爵領へ差し向けるはず。
それでは領民まで巻き込むことになってしまう。
それは領地を持つ貴族としては最も避けなければならないことだ。
「アル、領地以外にどこか安全な場所に心当たりはあるか?」
「私も同じことを考えておりました。では、騎士団の隠れ家へ行きましょう」
「そんなものがあるのか?」
「騎士団は各地に、任務のための秘密拠点を持っているんです」
ゲームにはなかった設定だ。
「……そこにいる人間が、サイラスに通じている可能性は?」
「騎士団の絆はどんなものよりも固いものですからご安心を。それに、サイラスはあれを好いている人間を探すほうが大変な性格をしていますからね」
「それもそうか。で、それはここから遠いのか?」
「ここからだいたい三、四日の距離です」
月明かりの下、長い影を曳きながら、オルティスたちは馬を駆けさせる。
しばらくして分かれ道に行き当たった。
街道へ通じる道を行こうとすると、アルバートに止められた。
「間道を進みましょう。夜が明ければ、街道での移動は目立ち過ぎます」
「それもそうか」
夜が明ければ、サイラスにオルティスたちが逃げ出したことが伝わるだろう。
そうなれば、関所が固められるだろうし、街道沿いの宿場も衛兵隊が徹底的に捜索するだろう。それを考えると、街道を進むのはたしかに危険だ。
アルバートの案内で、間道を進む。
やがて川の畔に到着した。
地上へ差し込む月明かりを水面が反射し、キラキラと輝いている。
さすがに王都からずっと走りっぱなしのせいで、馬もバテ気味だった。
とりあえず夜明け前までここで休憩することにした。
馬に水を飲ませている間、アルバートがそばの森から木々を集め、河原で火を焚く。
秋の夜はかなり冷えるから、焚き火の温もりはありがたい。
「兄上、良ければ眠ってください。私が寝ずの番をしますから」
「寝ずの番というのなら、交互にしたほうがいいだろう」
「私は騎士ですよ。夜間訓練で野宿は慣れっこですから安心してください。一週間の行軍中、一時間未満の睡眠で過ごす訓練をしたこともあります」
「それは……すごいな」
たしかにオルティスは文官だ。
ここで下手に遠慮して明日以降の道中で足を引っ張るのは良くない。
言葉に甘え、荷物を詰めたザックを枕に横にならせてもらう。
赤々と燃える焚き火の明かりを浴び、アルバートの彫りの深い顔立ちが妙に色っぽく闇の中に浮かび上がっている。
パチパチ、と火の粉が爆ぜる音と虫の声、川のせせらぎ、馬のいななき。
夜の森はなかなか賑やかだ。
「子守歌でも歌いましょうか?」
アルバートの顔に見入っていると、不意に目を上げた彼と眼が合った。
「ひ、必要ない」
「そうですか?」
「……悪かった」
「どうしたんですか?」
「お前が職を免じられたのは俺のとばっちりだ。義兄として情けない……」
「言ったはずですよ。私はこれで構わない、と。それに、仮に私が今も副団長だったとしても、兄上が宰相の職を免じられたら、辞職して一緒に行動していましたよ」
冗談ではなく、アルバートなら本当にそうするだろう。
「さあ、兄上。眠って下さい。明日は夜明け前から移動しますから」
「ああ」
オルティスは目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。
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