第25話 港町アズス

 アルバートたちは人目を避けるようにして間道を進み、やがて目的地に到着した。

 潮風が鼻をくすぐり、頭上をカモメが悠々と飛んでいく。

 港町アズス。ここに騎士団の隠れ家が存在するようだ。

 アズスは王国随一の大きな港で、国際色豊か。

 常に外国人が行き来しているせいで、見ない顔でも怪しまれない。

 たしかに潜伏するのにはもってこいの街だ。

 港には大小様々な商船が停泊し、荷積みや荷下ろしをする水夫たちで活気が溢れている。

 とはいえ、町の出入り口には衛兵の姿があり、町に入る人々に目を光らせていた。


「……アル、どうする?」

「お待ち下さい」


 順番待ちをしている荷馬車に向かってアルバートは歩いて行くと、何かをポケットから取り出す。


(何だ?)


 次の瞬間、ヒヒイィィィイン!とそれまで大人しかったはずの馬がいきなり暴れ出した。

 あっという間に辺りは混乱し、人々が逃げ惑う。

 御者が必死に手綱を引いて御そうとするがうまくいかない。

 騒ぎや混乱はあっという間に他の人たちに伝播していく。

 衛兵隊がやってくるが、不用意に近づいたせいで馬の蹄にやられる。


「さあ、今のうちですっ」


 混乱に紛れ、オルティスたちは町に入った。


「な、何をしたんだ?」

「馬に昂奮剤を嗅がせたんです。そのうち効果が切れれば大人しくなります」

「無茶をするな」

「ここで捕まったら元も子もありません」


 町の中に入りさえすれば、人混みに紛れるのは簡単だ。

 魚や香辛料などで溢れるマーケットを横切り、向かった先は様々な商館や宿屋、酒場などが軒を連ねる街の一画。

 昼間からすでに出来上がった船乗りが、往来で盛り上がっていた。


「ここです」


 とある商館の前で、アルバートは足を止めた。


「いらっしゃいませ」


 中に入ると、少年が出迎える。


「護衛を雇いたい」


 アルバートは、騎士団の証である獅子の頭を象ったペンダントを見せる。


「奥のお部屋へどうぞ」


 少年に言われるがまま、奥の部屋に向かうと、そこには立派なひげをたくわえた男がいた。


「オーナー。護衛を雇いたいというお客様です」

「分かった。下がれ」


 少年が頭を下げ、部屋を出ていく。

 そこでアルバートがフードを取るのに倣い、オルティスも顔を明かした。

 男はオルティスたちを見て、かすかに目を瞠る。


「これはこれは元副団長殿でございますか」

「フォグマン、世話になる」

「はい。団長からすでに連絡がございました」

「団長が?」

「ええ。副団長を保護して欲しい、とのことです」


(さすがは頼れる攻略キャラ! 個人的な好感度がさらに爆上げだ!)


 オルティスは主人公に次ぐ推しキャラの仕事の速さに、感動してしまう。


「ところで、そちらは?」


 オルティスはそこでフードを外す。


「元宰相のオルティス・ブラッドリーと言います。アルの義兄です」


 フォグマンは目を瞠った。


「おお、オルティス殿……あの、強欲で面の皮の厚い貴族を罷免し、才ある平民を重用した!?」

「あ、ああ……」

「王都のギルドから話を聞いておりますぞ。新任の宰相様は話が分かるし、平民だからと差別しないと。あの国王も多少は気の利くことをすると喜んでおりましたが……今回のことは非常に残念というか、理解に苦しみ、怒りすら湧いております!」

「そ、そうか……」

「フォグマン」

「あ、これは失礼いたしました。興奮しすぎて、つい……」


 フォグマンは照れくさそうに咳払いをする。


「改めてご挨拶を。この商館の主人を務めております、フォグマン・アルネメリと申します。以後、お見知りおきを」


 固く握手を交わす。

 フォグマンは先程の少年を呼ぶと、新しい服、それから隠れ家へ案内するよう命じた。

 服を着替えたオルティスたちは宿屋の二人部屋に案内され、そこでようやく一息つけた。

 数日ぶりのベッドの感触が嬉しい。

 今日は熟睡できそうだ。


「なんとか寝床が確保できて良かった……。それにしてもさすがは団長殿だな」

「兄上、お疲れでしょう。仮眠をお取りください。私が見張っていますから」

「すまない。甘えさせてもらう」


 一時間ほど仮眠を取って目覚めると、あの少年が部屋を訪ねてきた。


「主人が一緒にお食事を、とのことです」



 晩餐に招待され、豪勢な食事を振る舞われた。

 そして腹も満ちたところで、フォグマンが現在の情勢について教えてくれる。

 今、オルティスたちの手配書が国内全域に広がっているらしく、街道は衛兵隊によって厳しく監視されているということだ。


「植物の黒色化現象については何か分かっていますか?」


 オルティスが聞く。


「東部を発端とした現象ですね。あれは一体何なのですか」

「黒魔法です」


 フォグマンは信じられないという顔をする。


「それでフォグマン殿にお聞きしたいが、黒色化現象にともなう食糧難に備えて野菜の買いだめなどはしておりますか?」

「ええ。ジャガイモは長持ちしますから……何故です」

「必要に応じて、民へ配給してもらいたい。飢餓が発生すれば、食料品を転売目的で溜め込んだ商人が目の敵にされて襲撃を受ける可能性がでてくる。一時的に儲けたはいいが、蔵や建物を打ち壊されては利益が吹き飛ぶでしょう?」

「それは、確かに……。指示をしておきます」

「頼みます。儲けたいのなら、ワインや塩漬けの魚を使えばいいでしょう」

「ほう、その需要が増えると? この国の民は魚をあまり食べ慣れておりませんが」

「私がいなくなったことを祝うために議会派貴族どもが宴を連日、催すでしょう。しかし黒色化現象で野菜や飼料が必要な家畜を揃えるのは難しくなるはず。その穴を埋める為に、魚の注文が大量に入るだろうし、宴に酒は欠かせない」


 フォグマンはにやりと微笑む。


「分かりました。宰相殿に賭けてみるとしましょう。それから、団長へはすでに早馬を送っております。直、返信が届くでしょう。必要なものがあれば仰ってください。出来る限り用意します」

「ありがとうございます。では、直近の商取引の記録をみせてもらってもよろしいでしょうか?」


 予想外だったのか、フォグマンはぽかんとした顔をする。


「……構いませんが、そんなものを何に使うのですか?」

「この国の状況を知りたいんです」

「はあ、分かりました。すぐに持って来させます」


 というわけで食事を終えて宿に戻って間もなく、あの少年によって帳面が届けられた。

 品目とその取引金額に目を走らせる。


(食糧だが、貴族どもが独占していると言っていいな)


 と、背後に人の気配を覚えた。


「兄上、まさか商人にでも転職するつもりですか?」

「違う。言っただろ。ここから国の状況を知るって」

「そんなもので分かるんですか?」

「多少は、な。――金や銀、宝飾品の価格が黒色化現象が発生してから下落している一方、食料品や飼料などの値段がつり上がっている」

「黒色化で農作物が打撃を受けているから食糧の値段が上がるのは分かりますが、どうして金などの嗜好品が下がるのですか?」

「需要と供給ってやつだ。大方、大商人や貴族が身近な貴金属を売り払い、食料品を買いあさっているんだろう。いくら金が美しいと言っても、眺めていても腹は膨れない」

「なるほど。しかし兄上、なぜそのような深刻な顔を?」

「少なくとも食料品は上流階級が買いあさっているということは、庶民には回る数が絶対的に少なくなっているだろうし、仮に市場に並んだとして、その価格は平常時の倍は下らないだろう。つまり、民は飢える。飢えれば、その怒りで暴動に発展しかねない」


 オルティスは深刻な顔で呟いた。

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