第14話 執着(SIDE:アルバート)

 オルティスは自慢の兄だ。

 弓に剣、乗馬、勉強。

 なんでもできるし、優しい、自慢の兄。

 そして、義母に酷い目にあったアルバートを助けてくれた、命の恩人。

 もしあの時、オルティスが来てくれなかったら、アルバートは殺されていたかもしれない。

 オルティスが義母に刺され、意識不明になった時、どれだけ怖かったか。

 このまま死んでしまったらどうしよう。

 一人になることが怖かったんじゃない。

 オルティスがアルバートの傍から永久に消えてしまうことが、ただただ怖ろしかった。

 使用人に休むよう言われても片時も離れたくないと、拒絶した。

 少しでも目を離せば、その瞬間に、オルティスを永遠に失ってしまうような気がしたから。

 付きっきりで看病をし、神様に祈った。

 自分の全てを捧げるから、兄上を救ってください。お願いします――。

 オルティスは幸運にも目を覚ました。

 オルティスは何の後遺症もなく、優しい兄のままだった。


 いつしかアルバートの中には、オルティスを守るために強い人間になりたいという気持ちが芽生えてきた。

 オルティスを失うかもしれない、そんな思いは二度としたくなかった。

 だったらアルバートが強くなるしかなかった。

 これまで以上に剣術の稽古に励み、やがて王都への騎士学校に通う年齢に達した。

 オルティスと離れるのは寂しかったけど、学校でさらに教育を受ければ、もっと強くなれる、オルティスを守りたいという望みを叶えられると思い、悲しみや不安を振り払った。

 王都へ到着してから、オルティスを想わない日はなかった。


 一方で不安もあった。

 周りの同級生たちが最初は恋しくしていた家族のことをあまり話題にしなくなっていったのだ。

 もしかしたら自分のオルティスへの気持ちもこうしていつしか、消えてなくなってしまうのではないか。

 そんな不安を覚えた。

 しかしそれは杞憂だった。

 日常の何気ない一幕。

 眠る前のちょっとした瞬間。

 そして王都で美しいものを見た時。

 いつだってまず頭に思い浮かぶのはオルティスのことだった。

 そして兄から送られてくる手紙。

 その美しい筆致に胸が掻きむしられるような、今すぐ学校を抜け出し馬を走らせて領地へ戻り、オルティスに抱きつきたいという切ない衝動に何度襲われたか分からない。


 オルティスへの想いがただの家族愛を越えたものだと、さすがのアルバートも理解しはじめていた。

 他の誰にも覚えたことのない、愛という特別な感情。

 留学の間、執事がオルティスのことについて書き送ってくれていた。

 それはアルバートが個人的に頼んでいたことだった。

 オルティスはアルバートに心配をかけまいと、何かを隠すかもしれない。

 それは体の不調であったり、公爵家の血を引いていないための周囲からの嫌がらせであったり。

 だからどんなことも逃さず教えるように、と。

 しかしそれはあくまで表向きの理由。

 本当の理由は兄がどんな風に生活し、何をしているのか把握したかったのだ。

 執事長はどれほどオルティスが優秀な当主として領地を運営しているかを教えてくれた。

 オルティスの優秀さが、自分のことのように嬉しかった。

 そのうち、オルティスが金庫を購入した、ということを知る。

 妙な胸騒ぎのようなものを感じたアルバートは、執事長に中身を検めるように命じた。


 最初は執事長も困惑し、遠回しに出来ないことを伝えてきたが、命令だと再三再四書き送り、やらせた。

 中に収められていたものに衝撃を受けた。

 オルティスは跡目を譲るだけでなく、人知れず消えようとしていたのだ。

 理解できなかった。

 うまく領地を治め、当主として誰からも信頼されているのに、どうして?

 その次にアルバートが感じたのは幼い頃の、あの恐怖だ。

 意識不明になり、いつ消えてしまうのではないかと震えていた幼い時のトラウマ。

 オルティスが何を考えてそんな決断に至ったのか分からなかったが、どうでも良かった。


(逃がさない!)


 アルバートは己の中に芽生えた独占欲という感情。

 それからどうしたらオルティスを止められるだろうかと考えた。

 その末に、オルティスの責任感の強さに目を付けたアルバートは、国王への謁見を求め、オルティスを宰相の位につけるよう要請した。

 国王はさすがにありえないと言った。

 オルティスは確かに優秀に領地経営をしているが、所詮、連れ子でしかなく、公爵家の血を継いでもいない、伯爵家の愛人の子だ。

 血統が悪すぎると国王は暗にほのめかしたが、その理由は一番ではないことはすぐに分かった。

 国王は議会派貴族と揉めるのが面倒なのだ。

 国王としての気概もなく、能力も怪しい。

 しかし、この男は何より利に聡い。

 当時、サイラスによって国王が自由に使える経費は削減されつつあり、アルバートは王家に献金すること、アルバートが個人的に父から譲り受けていた鉱山開発の権利の譲渡を提案すると、それまでの及び腰が嘘のように、国王は提案を承諾した。

 サイラスはすぐに国王の行動の裏に、アルバートがいることを嗅ぎつけてきた。


『陛下がお決めになられたことだ』

『お前が暗躍していたことに気づかないとでも思ったのか。この国をどうするつもりだっ』

『さあ』

『!? なっ……!?』

『国がどうなろうが知ったことではない。私には関係ない』

『だったら何のために、あの野良犬を……』


 アルバートはサイラスの胸ぐらを掴み、壁に押しつけ、締め上げた。その顔色が赤から青に変わる寸前、手を離してやった。


『二度とその薄汚い言葉を口にするな。お前を殺すことは造作もないんだ。たかが伯爵風情が、図にのるな。……ああ、それから、腐った貴族の一人のくせに、まるで自分が公明正大な宰相だったかのように振る舞うのはよせ。お前が宰相になってから、議会派貴族に利益をもたらしていることは分かってる』


 国がどうなろうと知ったことではない。それは本音だ。

 大切なのはオルティスだけなのだから。

 しかしそんな邪な考えに基づく行動だったが、オルティスはアルバートの想像以上に優秀な宰相として王国で認知されるようになった。

 同時に議会派貴族たちに狙われもした。

 そんなオルティスを守れるのは自分しかいない。

 どうしてアルバートがジークフリートを好きだと勘違いしたのかは分からないが。

 本当はもっとちゃんとした場で打ち明けたかったが、しかたがなかった。

 十数年間も温めてきた想いを、オルティスに告げたのだ。

 その時の、戸惑い、慌てながらも、片時もアルバートから目を反らせない様子のオルティスの表情は瞼の裏にしっかり焼きついている。

 兄も自分のことを憎からず想ってくれている。

 それは確信にも似た気持ちだった。

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