第41話 長調魔法と短調魔法
<ラルゴ>
恥ずかしさで燃えるように熱くなった身体に、どこか冷静な視点が宿っている。コバルトプリンセスの力は、まるで理性と感情のバランスを保ちやすくしてくれるらしい。
今、一番やらなければならないことは明白だ。テヌートを救い出すこと。それ以外の何物でもない。
殺し屋ウサギが放った恐るべき魔法『消滅のアリア』。その名の通りテヌートを“この世界から消し去る技。
もし、ブラックホールのような亜空間へ放り込まれ、そこで息もできずにいたら、時間が経てば本当に消滅してしまうかもしれない。
だとすると、やるべきは、今すぐ、一刻も早く呼び戻すことだ。どうやって?
僕には一つ考えがあった。もし、『消滅のアリア』に反転魔法があるとしたら。
そう。この音楽魔法世界には、反転魔法という概念がある。先ほど唱えた初級火炎魔法であるベーシックファイアーの反転魔法こそが、敵が唱えた初級氷雪魔法のベーシックアイスだ。原理は単純。長調であるベーシックファイアーを短調に置き換えるだけで正反対の効果のベーシックアイスになる。上級魔法になればなるほど、長調を短調にするだけで反転魔法になるだなんて単純な法則は通じなくなるが、初級魔法になればなるほど、単純な置き換えで反転魔法を作れるケースが増える。
『消滅のアリア』の場合はどうだろうか。比較的シンプルな旋律であることは読み取れるが、効果は上級魔法と言っていい。賭けてみるしかない。
戦いながら耳コピした『消滅のアリア』の旋律を頭に浮かべる。そして、マイナースケールをメジャースケールに頭の中で置き換える。我ながら、結構、高度なことをしているな。コバルトプリンセスが成せる業か。
サックスに息を吹き込む。名付けて『復興のアリア』だ!
「何を演奏している? 何か嫌な予感がする!? させるかっ!」
バイオリンを構え、追撃の魔法を放とうとする。弓先が暴力的な光をまとってこちらを狙う。
「させないよ!」
突如、横合いからウサモフが跳躍し、黒服ウサギにタックルを叩き込む。
ウサモフは自分の実力を冷静に踏まえつつも、必死の思いで時間を稼いでくれる。
「僕だってアキラたちと冒険してた頃のような魔法力はないけどっ! やれることは、まだある!」
ウサモフの叫びとともに、初歩の風魔法かまいたちが繰り出され、黒服ウサギのバイオリン演奏のタイミングを潰しにかかる。
うまく時間稼ぎをしてくれている。
僕は全神経をサックスに集中させ、復興のアリアの旋律を完成させる。
耳の中で、長調に変化した美しいメロディが響き渡り、やがてサックスの音色として具現化していく。
お願い! テヌート、助かって! 君が死んだら僕は……僕は……。
最後の音符を吹ききった瞬間、空間がビリビリと震え、視界の隅に揺らめく光が走った。
凶悪な漆黒の穴が再び“開く。だが、今度は吞み込むためではなく、何かを吐き出すかのように。
「げほっ! げほっ!」
こから転がり出てきたのは、息も絶え絶えのテヌート。
すぐさま駆け寄り、その身体を抱き締める。
「テヌート!」
「ああ、死ぬかと思った。息のできない空間に放り出されて……。君が助けてくれたのか」
こくりとうなずく。
「ありがとう」
その言葉を聞いた僕は彼を抱きしめる。自然と涙がこぼれた。だが、感傷に浸っている場合じゃない。
「ウサモフ。かく乱ありがとう。ここからは、ふたりで戦う」
「フォルテ! やったね! ぜえぜえ、じゃあ、僕は一休みさせてもらうよ」
ウサモフはそう言い残して、少し離れた場所に座り込み、そのまま横たわった。
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