第29話 悪夢と闇落ち女体化男子
<シャドウ3代目>
「いいんですかい? あんな胡散臭いやつ仲間に入れて。正体はリリックの弟ってことでいいんですよね」
「構わん。気づいてないふりをして泳がせておけばいい。それに、あいつは、心が男の女体化男子で、しかも、心に大いなる闇を抱えている。姉のふりをして潜り込むなんて相当のシスターコンプレックスと見える」
「そこまで、見抜いてらしたんですね。では、ガーネットプリンス候補だと?」
「そういうことだ。やつの心にさらなる闇の種を埋め込み覚醒させる」
古いホテルの跡に放置されたパイプオルガンを演奏する。いにしえの美しくも厳かなメロディーが辺り一帯に鳴り響く。異世界クラシック音楽バッハの小フーガト短調だ。
「素晴らしい演奏です」
「ふふ。最新の研究で編み出されたナイトメア魔法というのは知っているかね。これで、あいつの夢をコントロールするんだ。夢を使ってあいつのアイデンティティーを揺さぶる。姉に関する思い出をゆがめてやるのだ。嘘を刷り込んであいつをこれから人間兵器に作り替える」
「一人の人間の心を壊すことができるのですね。おそろしい」
「闇落ち女体化男子、ガーネットプリンスを生み出すことができれば、戦争の形が変わる。戦場に心に闇を抱えた女体化男子を大量に送り込んだ陣営が戦争の勝者になるのだ。人間側も魔族側もガーネットプリンスを欲するようになる。戦争兵器を製造する我が社は巨万の富を得ることができる」
「なんと悪魔的な計画でしょうか。先代もきっとお喜びになります」
「受け継いだ組織を拡大することが我が使命だ。時代が進んで組織が安定軌道に乗っても常にベンチャースピリットは忘れてはいけない」
<シャープ>
遠くにもやがかかっていた。ここは、船着き場だ。青空の下、汽船に乗った姉ちゃんが遠ざかっていく。これは夢だ。現実じゃないと分かりながらも追いかける。
「姉ちゃん! 行かないで! 俺を置いていかないで!」
姉ちゃんが被った麦わら帽子が飛んでいき、海原に落ちる。姉ちゃんは悲しそうな顔をして俺に遠く語り掛ける。
「私の仇を取って。お願いだから、私の迷える魂を救ってほしいの」
「誰なんだ! 誰が姉ちゃんを殺したんだ! 教えてくれ!」
「フォルテ! フォルテとその親のエリーゼとアキラ。3人が私に深傷を負わせたの」
「フォルテが? モールや学校で意気投合したあのフォルテが! 嘘だろ! 嘘だと言ってくれ」
俺の体が赤くクリスマスツリーのように輝きだす。
「あなたには眠れる力がある。闇の力によって、フォルテを葬ってほしいの。私の仇を討ってほしいの」
「姉ちゃん……!」
体に力がみなぎる。赤いオーラが俺を包む。ふつふつと闇の波動とリズムを感じる。今の俺ならやれる!
<ラルゴ>
朝、目覚めると、ララが立っていた。そうだ。今日は日曜日。ララと出かける約束をしているんだ。
「いい加減、起きなよ。帰り遅くなるよ。フォルテ」
「ごめんごめん」
幼馴染のフォルテの体になっていることを今更思い出す。そっか、今の僕、女の子なんだなあ。
「おめかししましょ。お化粧セット貸してあげるから」
「なんでまた」
「言ってなかったけど、テヌート来るから」
「ええっ」
「私が誘ったの。ふたりきりだと困るだろうからグループデートってやつ。あんたたちじれったいんだもの。さっさとくっつきなさいよ」
「ち、違う。ぼく、私たちは恋仲になったらダメなんだ」
「なーにーそれ。リベラル家系と保守家系の禁じられた愛ってやつ? 禁じられた愛ほど燃え上がるのだわ。めちゃくちゃラブロマンスじゃない」
この体はフォルテに返さなくてはいけないんだ。だから、彼を好きになったらいけないんだ。なんて秘密は言えるはずがなかった。
「ま、冗談はそれほどにして」
ララは人差し指を振った。
「自分の心には素直になった方がいいと思うんだ。プリンセス指数が高いありのままの自分を受け入れて、女の子を楽しみなさい!」
どきっとした。僕たちの入れ替わりの秘密がばれているようにも聞こえなくもない発言。いや、ララはそこまで突っ込んだことは、言ってないはずだ。男だとばれていないはずだ。
「体光らせるのやめなさいよね」
「ひっ!」
「乙女心が募ると体、青く光るでしょあんた。バレバレなんですけど」
「そ、そんなことは」
「わっかりやすーい」
「うう……他のみんなにもバレてるかな。この体質」
「さあ? 気づいているの私だけかもしれないし、他の子も気づいているかもしれないし。いいんじゃない。かわいいし。さあさあ、私がメイクしてあげる」
「じ、自分でやるよっ!」
僕は洗面台に向かい、まず手を濡らし、冷たい水で顔を軽く洗った。洗顔フォームを手のひらで泡立て、顔に優しく広げる。円を描くように指を動かし、丁寧に汚れを落としていくと、泡がすっかり顔を包み込み、肌が清潔になっていくのがわかる。泡をぬるま湯でしっかりと洗い流し、タオルでそっと押さえるように水分を取ると、肌がすっきりして爽やかな気持ちになる。
「まずはしっかり洗顔してね」とララが優しく指導してくれる。
次に、ララが手渡してくれた化粧水を両手に広げ、顔全体に軽くパッティングして馴染ませる。肌が柔らかく潤い、指先がすっと滑る感触に安心感が広がる。
「次は下地よ。ベースメイクをしっかり整えると化粧のノリがよくなるわ」
ララが下地を手渡してくれたので、それを顔全体に塗り広げ、肌を整えていく。薄く均一に塗ると、肌が滑らかに整い、次のステップに向けた準備ができた。
「さあ、次はファンデーションね。自然な仕上がりになるようにスポンジでしっかり伸ばして」
ララのアドバイスに従って、スポンジにファンデーションを取り、顔全体に軽く叩くようにして広げていく。まるで自分の肌そのものが美しくなっていくように、均一に仕上がった。
「いい感じ!次は、眉を整えてみようか」
ララは小さな眉ペンシルを差し出してくれた。鏡を見ながら、自然な形に整えるように、慎重に眉を描き足していく。細かい作業だけれど、少しずつ形が整っていくのが楽しい。
「リップも忘れないでね。春っぽい色が似合いそうだから、ピンクにしよう」
ララが選んでくれた淡いピンクのリップスティックを手に取り、唇にそっと当てて塗り広げた。鏡に映る自分の唇がほんのりと華やかになり、なんだか自分が少し変わった気がする。
「最後にチークを入れましょう。これで顔全体がぱっと明るくなるわ」
ララがチークを頬に軽く叩き込んでくれると、顔全体がふんわりとした優しい色合いに包まれた。鏡に映る自分が、まるで春の花のように明るく見えた。
「できた!すごくかわいくなったわよ、フォルテ。どう? 自分でも気に入った?」
僕は鏡をじっと見つめた。そこには、女の子らしくメイクが施された自分が映っていた。まるで別人のようだけど、確かにこれは自分だ。
「……うん、ありがとう、ララ。なんだか、少しだけ自信がついた気がする」
ララは満足そうに微笑んで、僕の肩を軽く叩いた。
「その調子!女の子を思いっきり楽しもうね!」
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