第30話 激突! プリンス VS プリンセス
<テヌート>
なんで、休日までこの俺が、フォルテが遊園地に遊びに行くのにボディーガードしなきゃいけないんだ。平日だけで十分だろ。あいつの顔を見たら、心揺れるんだよ。俺には婚約者がいるんだ。あんまり一緒に居たらおかしくなっちまうだろうが。
「お待たせー。待った?」
ララがフォルテの体のラルゴを連れてくる。清楚な白ブラウスにジーンズ。さりげない春メイク。品の良いお嬢様感を醸し出していた。
「ま、待ってねぇよ」
「ごめんねぇ。遊びに行くのに付き合わせちゃってさ」
「とっとと行くぞ」
背を向けて先導する。周囲にはどうやら怪しい気配はなさそうだ。
ジパング村は、ハイスクールから魔法列車で1時間ほど行ったところにある。異世界日本をモチーフにしたテーマパークだ。
テーマパークは4つのゾーンから成り立っている。現代の日本風の高層ビルディングや繁華街が立ち並ぶ、モダンゾーン。中世のキョウトなる街を再現したヒストリーゾーン。雅楽、演歌、民謡、J-POP、日本の音楽全般にまつわる展示があるミュージックゾーン。観覧車やジェットコースターがあるユートピアゾーンだ。
異世界文化を学びたい教養人な大人たちはともかく、俺たちのような子どもに毛が生えた年齢の遊びたい盛りの学生が行くのはもっぱらユートピアゾーンだ。デートスポットと言ってもいい。
入場券を買おうとしてあたふたしているとラルゴ、つまり、フォルテの体の本来の持ち主に出くわした。
「こんなところで何をしてるんだ」
「そちらこそ。こっちは、遊園地に遊びに来たんだ」
「お子様かよ。こっちは和太鼓を勉強して音楽の幅広げようとしてるのに」
意外と勉強熱心だな。こいつ。かくいう俺も日本産の電子ピアノなるものに興味がある。フォルテも食いつく。
「いいなー。ぼく、いや私は尺八って楽器に興味あるんだ。ここにはいないけど、シャープが居たらきっと琵琶に興味を持つだろうね。耳なし芳一って知ってる? 琵琶弾きを巡った怪談があるんだよ。そんないわれのある楽器だから、強烈な魔法力も宿しているはずだよ」
「どうする4人で行く?」とララは提案するも「自分のペースで見たいんだ。1人にしてくれ」とラルゴは言った。
「あばよ。また、学校でな」
俺たちはユートピアゾーンに向かった。メリーゴーランド、ジェットコースター、和風お化け屋敷、テーマパークのブーム期は過ぎているおかげで、大して並ばずに次々と回れた。お化け屋敷で抱きついて欲しかった……いやいや、相手の中身は男だ! 俺は何を期待してるんだ。
「観覧車に2人で乗りなよ。私は、邪魔だしここで待っているか」とララ。
「いいから3人で乗ろう」とフォルテとユニゾンしてしまう。
「そう? 今の感じ、息ぴったりだと思うんだけどなあ」
ゴンドラの中、3人でたわいもない話をしていた。平和な日常が永遠に続くと思われた。
「曇ってきたね。今日晴れるって言っていたのに」
ララが呑気に言うと、ぽつり、ぽつりと水滴がガラスに叩きつけられる。天が光り、5秒後に雷鳴が響き渡る。
「雨だよ! 一応、折り畳み傘は人数分持ってきたけど、土砂降りになったらどうしよう」
フォルテって元男なのに気が利くなと、感心していたら、ゴンドラが揺れ、弦を弾く音と共におどろおどろしい歌声が聴こえる。
「祇園精舎の鐘の声ぇ。諸行無常の響きありぃ」
平家物語と言われる異世界日本の古典文学の口上が軽妙に語られる。確か、あるサムライの一族の滅亡を異世界宗教である仏教の無常観とかいう哲学に乗せていることで有名な一節だ。
ゴンドラが激しく揺れ、温度がじわじわと上がっていく。肌が焼けるようだ。そう、これは、敵襲だ。
俺は2人の顔を見た。
「まずい、この中をロースターにする気だ。脱出するぞ!」
俺は手早く男声魔法で扉を開くと、フォルテが、亜空間からサックスを取り出し、空中浮遊の魔法を演奏する。俺たちの体は、ふわりと浮かび、安全に大地に着地する。
何事かと人は集まるが、曇天のせいもあってか人数は少ない。
「見事な連携プレイね」とララ。
「まだ、安心できる状況じゃない!」と俺。
「そのとおり」
声がしたので背後を振り返ると全身に赤いドレスと舞踏会のような仮面を身に纏った女が立っていた。赤く点滅したオーラを全身から発していた。フォルテの心が乙女に覚醒したときに点滅する青の色違いに見えた。それにしても、どこかで聞いたことある声のような。
危険に備えてエアピアノを魔法で生成する。
「なんの用だ」
話し合いは出来そうにない雰囲気だがとりあえず、聞くことにする。
「フォルテの命をいただきにきた。素直に渡せばお前たちふたりは傷つけない。姉のかたきっ!」
琵琶の弦をはじくと衝撃波がやってくる。
「あぶねえっ!」
異世界クラシック、ベートーヴェンの運命の最初の一節を弾き、防御壁で2人を守る。
「姉のかたき? 人違いじゃないのか」
「そいつの名前はフォルテ、アキラとエリーゼの娘。ならば、かたきで間違いない」
何者なんだ。どんな因縁があるんだ。
敵は琵琶で敦盛と呼ばれる演目を演奏しはじめつつ、攻撃を挟む。平家物語の中では、それなりに有名な演目らしく、織田信長なる有名なサムライのお気に入りだったとか。若いサムライの首を取るという内容で、「お前の首を取る」とでもいいたいのだろうか。
第二波、第三波と攻撃は矢継ぎ早繰り出されるが、俺は疲弊して倒れそうになる。それは、フォルテも同じだった。
強い。フォルテと俺は、セッション魔法を試みたが、相手の魔法力に押されて、太刀打ちできない。いっそのこと、散り散りに逃げるか。
ララの方に視点をやる。震えている。俺たち2人であれば、逃げることはできるかもしれない。だが、ララを安全に逃すとなると難易度が急激にアップする。
ララは何かを思いついたかのように、女声魔法を短く唱え、亜空間から、楽器を取り出した。ハープだ。
ダメだ。戦力にならない。ハープ魔法の研究は始まったばかりだ。確か、心に安らぎを与えて、夢魔をやっつける能力が付与されていると聞いた。
彼女なりに努力をしていることは認めるが、火と水、地と風、光と闇が飛び交うエレメント魔法の戦いにおいては、あまりに非力だ。
彼女は、ハープを弾き、イケメンのホログラムを生成し、フォルテの方に向かわせた。なんだと。何を企んでいる。
ホログラムは次々とフォルテの手を取り、愛の言葉を囁き、そして、手に頬に唇に次々と口づけをしていった。
「な、なんなのこれ。やめてよ! ララ! 人がたくさん見ているんだよ! 恥ずかしいよ」
一瞬、体が青く光った。なるほど、乙女パワーアップさせて戦わせる気なのか。
だが、そんな方法じゃ甘い。甘すぎる。彼女はそんな甘っちょろい魔法で変身しない。
俺は敵の攻撃が、一時おさまったタイミングを見計らい、じりじりと歩み寄り、イチョウの木に壁ドンする。
「いけない子だね。全然、音程があっていないよ。子兎ちゃん。後でお仕置き個人レッスンだ」
「こ、子兎ちゃんって、ぼく? わたし? お仕置きって、あのケーキの夢は正夢? そんなこと、そんなこと、いやあああああ!」
彼女の全身が青く光った。変身成功だ。ふっ。俺は、また、男の乙女心を弄んでしまった。緊急事態だから仕方ないが、普通ならやりたくないしやるべきではない。
「とにかく今はセッションだ! 君の思うように吹いてくれ! 俺は君の音程に合わせる!」
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