第7話 僕を巡って争わないで
<ラルゴ>
体に力がみなぎる。耳が研ぎ澄まされ、周囲のすべての雑音が十二音音階に当てはめることができる。絶対音感だ。
テヌートが驚いた顔を見せて慌てて体を避けるのを合図に、僕は、むくりと立ち上がってサックスを再び手にし、音を奏でる。
自爆を抑える男声魔法曲だ。難曲だが、今の僕ならできるような予感がして、淡々と演奏をこなす。
誰一人として死なせるわけにはいかない!その気持ちが、緊張感を生み、指を喉を研ぎ澄ましていく。
魔女の体から光が失われていく。
「お、おのれぇっ!私を美しく散らしてさえくれぬのか!」
僕の方を睨みつつ、手元に小瓶を取り出すし口元にかざす。それが何なのか瞬時に察した。猛毒だ。タンギングで小さくリズムを刻み、風の塊を飛ばす。コントロール良く、小瓶を割る。毒々しい緑の液体が散る。
「私に惨めに生きろというのか。忌々しい!」
そう言うと魔女は飛行の呪文を詠唱し、館の破れた天井から、遠く彼方に飛び去っていった。
「やったか……」
僕の元にテヌートと僕の体のフォルテが集まってきて、2人がグータッチする。絵面としては男の友情だけど、中身は男と女なので変な気分。
僕の体も力が抜け、疲労感でいっぱいになる。僕の体から放たれた青い光も静かに萎んでいった。
「僕の名前はテヌート、そこの別荘にバカンスに来ている」
「俺の名前はラルゴ。近くの村に暮らしている。そして、この子の名前はフォルテ、知っているかもしれないが、声を出せない呪いにかかっている。俺の心優しいガールフレンドさ」
僕の体、つまりフォルテの体に肩に手を置きぽんぽんと叩く。
な、な、なんだと! ぼ、僕がガールフレンドだって。男と女が逆転している状況でこんなことを言われるのは倒錯した複雑な気持ちになった。女の子扱いを受けるのも慣れてなくて、恥ずかしい。
フォルテが自分の正体について、嘘をついた。きっと、その方が話が面倒くさくないからだろう。でも、ガールフレンドだというのはさすがに言い過ぎだ。フォルテは僕にそっと耳打ちした。
「ラルゴ。あいつは、君のことを狙っている。口説かれたら困るでしょ? だから、私の恋人になっておきなさい。君は女になったばかりだから無防備すぎる」
なるほど。そう言われると合点がいく。
フォルテのことをテヌートはにらむ。何を怒ってるの? せっかく共闘を通じて仲良くなれたと思っていたのにと思ってたところをにっこりと僕の方を見てほほ笑む。
「君たち、僕の別荘に来ないか? 夜ももう遅い。魔女の魔法で体も汚れている」
「わかった」
そう言いながら、フォルテは僕の右手をぎゅっと握りしめた。ううう。そこまで、恋人アピールしなくても。
「なんだこれは?」
魔女が居たあたりに何か落ちているのをテヌートが見つける。
「バッジだ!エッジホープ社の!」
エッジホープ社といえば、リベラル思想を掲げる慈善事業を展開している会社だ。学校でも募金を集めているところを何度も見たことがある。なぜ、そんな会社のバッジを魔女は持っていたんだ。
「リベラルの偽善者どもめ! 弱者を助けるようなフリをして国体の解体をはかってやがる!許しがたい!」
「ちょっと待って!」と反論したのはフォルテだ。
「保守が戦争ばかりして、弱者を見捨てるようなことをするから、リベラルが福祉を訴えることで生きやすい社会を作ってるんじゃないか」
僕の体で喧嘩しないでという心の叫びも、当然ふたりには聞こえない。
「なんだと、貴様、リベラル派か」
「君こそ、保守派なんだな。こんなバッジも落ちていたぞ!」
フォルテの手の中には兵隊のシンボルが描かれたバッジがあった。
「これは、エッジガード社のバッジ! バカな!」
エッジガード社は、避難訓練などのときに参加することがある会社だ。保守系の思想をかかげていることで有名だ。
「エッジガード社と魔女が結びついていると言いたいのか!」
「君こそ、エッジホープ社と魔女が結びついてると言いたいのか!」
二人はにらみ合あった後にそっぽを向く。
仲裁しようにも声をあげられないのがつらい。
「もういい!自分の家に帰る!」
フォルテがそう言いだすので、僕はサックスを抱えて小走りで背中を追う。
後ろを振り返ると、テヌートが痛そうに肩を押さえて、片膝を立てて座っている。さっきの、戦闘で負傷したのか。このまま放っておいたら、野垂れ死ぬかもしれない。放っておけないよ。
慌てて、テヌートの方に向かって走り出す。
「お、おい!そいつを選ぶのかよ!」
「負傷してるんだよ!」と言い返したくても声を出せないのが悲しい。大げさに肩を指さしてジェスチャーで伝えるが届かない。
「もういいっ! 男の癖してそいつの女になる道を選ぶんだな! それが君の選んだ道なら、進むがいいさ! 私も男として生きてやる!」
フォルテは僕が追い付けないスピードで魔法を唱えると走り去っていった。
僕はどうすれば正解だったの?
この選択が、僕が女として生きるフラグになろうとは、思いもしなかったのである。
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