第26話 ガーネットプリンス覚醒

<シャープ>


夕焼けが、春の穏やかな空に鮮やかに映え、赤と金のグラデーションが空を染めていく。風は心地よく、草木の柔らかな香りが漂い、俺の心をどこか浮き立たせる。春の陽気に背中を押され、思わずハイテンションになるのも無理はない。今日は入学式だと言いつつ、夕方までオリエンテーションや授業がみっちり詰まっていた。エリート校というわけではないが、しっかりと音楽魔法を鍛えてくれる学校だという予感がする。


帰り道、俺の足取りは軽い。新しい生活が始まる期待感とともに、どこか未来が輝いて見えた。だが、その足を止めざるを得ない瞬間が訪れる。目の前には男2人と女1人が、夕焼けに照らされるように立ちふさがっていた。夕日の柔らかい光が彼らの影を長く引き伸ばし、不穏な雰囲気を醸し出している。


一目でわかる。彼らは普通の連中ではない。服装は乱れ、まるで威圧感を出すことを目的としているかのようだ。お世辞にもお上品とは言えない風体で、辺りの穏やかな空気を一瞬で緊張に変えていた。


俺は眉をひそめ、彼らを見据えて口を開いた。


「何の用だ」


すると、女が一歩前に出て、軽く肩をすくめながら言った。


「先日は、あたしらの弟分が可愛がってもらったみたいだな」


その言葉に思い当たるのは、つい先日ショッピングモールの帰りのスラムで絡まれたチンピラたちのことだった。


俺は皮肉交じりに応じる。


「ああ、あのスラムのチンピラか。お前らの仲間か」


女はニヤリと笑い、横にいる男たちも不気味な笑みを浮かべている。


「わかっているなら話は早い。お前、シャープって名前らしいな。男なのに女のふりをして学校で嫌われ者だとか」


「けっ。素性まで丁寧に調べやたったのか。大層なこった。LALA♪」


亜空間から、ベースを取り出して、身構える。


「おっと、真正面からやり合うつもりはないんだ。ララっていうやつはお友達か?」


「けっ。交友関係まで調べてるのか。別に友達じゃねぇよ。考え方が根本的に俺と違うしな。イデオロギーの対立ってやつだ」


「強がっているが、もし、これから、俺の仲間がララを襲うと知ったらどうだ?」


「なに?」


「もう一人のお仲間、フォルテってやつは、どうも周囲の人間が、構っているみたいでなかなか一人になるポイントを狙えないが、ララってやつは、一人で買い物に出かけてるみたいだな。楽器魔法の護身術の心得もない。拉致ってボコるのはたやすい」


「関係ない」


「ん?」


「その女と俺は関係ないって言ってるんだ。さっきも言ったが、あいつは友達じゃない。何をしようと俺はこの手でお前を張り倒す」


「本当かな?」


魔法通信機で指示を飛ばそうとする。合図が出ればララは襲われる手筈になっているのだろう。


「くそっ。卑怯だぞ」


「ほれみろ。ララを庇ったな。目論見通りだ」


卑劣な奴らだが、俺はなすすべがない。


「抵抗したらララを襲うわよ。さあ、コード! ビート! やっておしまい!」


名前を呼ばれた2人は、かまいたちの魔法を唱え、俺の体を風で次々と切り刻む。


「はっはっは! ざまぁねぇな! トランス野郎! いい気味だ!」


悔しい。抵抗できるのに。なんであんな女を俺は庇っているんだ。畜生!


体がボロボロになっていく、このままでは歩いて帰れないのではないか。目の前が暗くなり、俺の体がゆっくりと倒れる。膨らんだ胸に衝撃が走って痛い。女の体と言うのはこうもか弱いものなのか。


「動けなくなったわね。おい! ララをやってしまうよう指示を出すわよ」


「ひ、卑怯だぞ」


許せない。何のためにララを庇ったんだ。悔し涙が止まらない。


「!?」


胸の奥から熱い何かがこみ上げてくる。悲しみか。いや、もっと、原始的な感情でおぞましい何かだ。全身を電撃のような何かが駆け抜ける。


「お、おい! あいつ全身が光ってるぜ。赤い! まるで宝石のガーネット色だ!」


いやだ。心が叫ぶ。自分が自分でなくなるみたいだ。何かが俺の心を奪おうとしている!


<ララ>


女子寮の寮長は口を開いた。


「フォルテちゃんが男の子って本当? 女子寮を出ていかせなさいって言ってる子が何人かいるけど、うーん。困ったわね。そうだわ。アンケート取りましょ。この寮の人数は50人。フォルテちゃんとは一つ屋根の下暮らしたくないって子が5人超えたら、フォルテちゃんには出て行ってもらう。超えなければ、希望者が出ていくってことでどうかしら」


「なんであたしらが気を遣って出ていかないといけないんですか。気を遣うのは向こうでしょ。こっちは思春期の女の子なんだよ」


「だから、希望者って言ってるじゃない」


「むー。よし、5人超えたらいいんだね」


反対派は寮長にうまく丸め込まれたようだ。


ひょっとして、フォルテとこれから別々の寮になるの? いやだ! せっかくお友達になれたと思ったのに!


「アンケートのことも男バレのことも本人には内緒よ。デリケートで優しい子って聞いてるから傷つけないようにしてあげてね」


「よーし、これを期に人間性を見極めてやる。いい子ちゃんの皮をべりっと剥いでやるんだから」


どうしよう。試練のことは教えてあげたいけど、でも、教えたら、あの子の性格なら、自分から出ていくって言いかねない。見守るしかない。

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