第36話 影のカノンと死のプレリュード

<エリーゼ>


私はエリーゼ。昔は男だったこともあるが、今は母親というものをやっている。といっても、長女は高校生で、お友達のラルゴくんと体を入れ替わりつつ近くの学校で寮生活。長男は中学生だが、都会のエリート進学校に進学でこちらも寮生活。


子どもたちも手のかかる時期を超えたと思っていた。だが、その一方で、エッジシャドウ社の魔の手は着々と子どもたちに迫っていた。


このまま、手をこまねいているわけにはいかない。やつらに対抗する魔法を編み出さねば。


「ふう。一曲、仕上がったかな」


魔法の譜面を眺める。これ通りに演奏すると理論上は、エッジシャドウ社が使う魔法に対抗できるはずだ。


「再生のブルース」


コバルトプリンセスだけが奏でることのできる高威力の旋律。理論上は連中が駆使する地獄のような魔法に対抗できるはずだ。あとは、実践あるのみ。


実験のために庭に出てみることにした。サックス用の譜面だがフルートで吹けないこともない。


空は曇りはじめていた。夕立が来るかもしれない。新しい魔法を書けたかもしれないのに、心まで曇天だ。小さく魔法を唱え、フルートを虚空から取り出す。


刹那。殺気を察知する。


「誰?」


「さすが、楽器魔法の育ての母だな」


身長190cmはある二足歩行のうさぎが、喪服のような黒ネクタイと黒スーツを着て、にんじんマークの葉巻を吸いながら、のしのしと近づいてくる。


威圧感強すぎる。声が渋い。そして、キャラが濃すぎる。


「あらあら、悪そうなうさちゃんね。さしずめ、エッジシャドウ社の手のものかしら?」


大人の女として余裕ぶろうとしたが、声が少し上ずってしまった。


「声が震えてるぜ。元男の奥さんよ。俺がこうしてやってきてるってことはわかっているだろうな」


「仲良くサンドイッチとお紅茶持ってピクニックというわけじゃなさそうね」


「アマデウス連邦議員を葬ったことを後悔しているかい?」


若い頃、スキャンダルを暴いて失脚に追いやった政界の大物の名前をふいに出される。エッジシャドウ社の台頭の一因にはアマデウスが実権を失ったことも一因としてある。たとえ、正義のためだと思ってやったことにであっても、コインのように裏表があるものだ。


「私は過去のことを悔いたりしないわ。アマデウスと戦ったおかげで、こうして、母親としてかけがえのない宝物である家族と共に暮らせている」


「そうかい。じゃあ、俺の用件を言おう。さっさとくたばりな!」


「LALA♪」


魔法のフルートを取り出す。高音域であれど、男声魔法のような威力を発揮するよう施してある魔法の武具。パワーがない女性であっても男性と対等に渡り合えるため、病弱な女性に人気があるこのエリーゼお手製の人気商品だ。今のところハンドメイド品の生産が追い付かず量産技術の向上中だ。


マスターアースの旋律を奏でる。地面から植物が生え、うさぎの足をからめとる。


「なるほど。大した魔法力だ。LALA♪」


空間からうさぎが取り出したのは、バイオリン。エッジガード社のブランド製品だ。異世界オーストリアから輸入したものに、加工を施したものだ。製品として評判がいいのは、土台となる楽器としての性能がすこぶる良いためだ。イタリア、フィエンメなる地方の木材を使っているためだと聞く。


うさぎは、バイオリンでアドバンスウィンドを軽く演奏すると、植物を次々となぎ倒し、軽々と束縛を解除する。


「なるほど。奥さん。いい趣味してらっしゃる。旦那のアキラも本望だろう。思えばやつもなかなかの強敵だった」


「アキラ……!! まさか!!」


愛しの彼が負けた? そんなバカな。


「まあ、生かしてはおいては、いる。お前たち夫婦には山ほど聞き出したい知的財産の情報がわんさかあるんでな」


少し後ろずさる。勝つ前提で戦ってはいたが、負けることも計算しないといけない。


「召喚! ウサモフ!」


アキラの召喚獣、小うさぎを呼び出す。


「モフモフ! 大変モフ! アキラが! アキラが!」


どうやら、ウサモフもアキラの戦いを間近で見ていたようだ。


「状況は把握しているわ。この楽譜を娘に……娘のフォルテに届けてほしいの。お願い!」


ウサモフは最初目が泳いでいたが、すぐに落ち着き、楽譜を無言で咥えると、四本足で走り出した。


「させるか!」


殺し屋うさぎが、ウサモフの進路をふさごうと、手早くベーシックウィンドを唱えたが、こちらも、ベーシックウィンドで中和する。


「大事なウサモフちゃんになにするのっ! 絶対に危害は加えさせないわっ!」


「まあいい。フォルテごと後で倒して、回収すればいいだけのこと。全力であんたを倒させてもらう。魔曲、影のカノンだ!」


殺し屋はバイオリンを抱え、不協和音を奏でる。


「視界が……」


頭痛がして、目の前が暗くなる。


「音楽魔法のコントロールは、視力が命だ。ふはは! どうだ。これで、魔法は操れまい」


「心の目があるっ……!」


私は、幼少期、女声魔法のトレーニングを受けていた。その中で、伴唱相手の男性の声をよく聞くことを仕込まれた。その要領で、相手の位置をつかめれば!


使う魔法をアドバンスアイスに切り替える。詠唱時の雑音が小さく、耳で敵の場所を察知する動作を遮られることはない。


「なるほど。なかなか手ごわいようだ。では、轟音が鳴る魔法、アドバンスサンダーはどうだ」


雷の轟音が響き渡り、体にしびれがやってくる。


「くっ!!」


「このままでも、お前を葬るのはたやすい。だが、このままくたばってもらわれては、それはそれで困るのでな。こちらも最後のとっておきの必殺技を出すことにしよう。死へのプレリュードだ。これを聞いたものは昏睡状態に陥り、睡眠薬と自白剤を飲んだような状態になる。そして、じわじわと苦しみ、1か月後には死に至る」


「そんな……禁呪じゃない。エッジシャドウ社もまがりなりにもコンプライアンスを守る大企業のはず……」


「ふふっ。そもそも、殺し屋を雇うこと自体がコンプライアンス違反だ。コバルトプリンセスはそうでもして葬らねばならないのだ」


バイオリンの心地よい響きが耳に届く。これが悪魔のメロディだなんて知らなければ、ついつい耳を傾けたくなることだろう。フォルテ……。フォルテの体に入ったラルゴくん。私がお腹を痛めて産んだ大事な娘。お願い……逃げて……。

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