第4話 ジャズサックスとクラシックピアノ 奏でよセッション魔法
<ラルゴ>
月光が静かに森を照らし、夜の冷気が肌にしみわたる。その微かな光の中で、テヌートは不敵な笑みを浮かべ、まるで舞台に立つ俳優のように完璧なポーズを決めた。背筋を伸ばし、手をゆっくりと髪へと運ぶ。その仕草は、軽薄さの裏に秘められた確固たる自信を示しているかのようだった。
「色男よ。最後の忠告だ。死にたくなければその女を渡せ」
魔人の声は低く、地の底から響くように冷酷だ。彼の巨体が闇に溶け込むように佇んでいる。月明かりに浮かび上がるその姿は、自然の風景に反する異物感を放っていた。
「女の前でかっこつけるだけのために死に急ぐことはあるまい」
テヌートはその言葉を鼻で笑い飛ばし、手を止めずに、むしろその冷静さを誇示するかのように軽やかにピアノのホログラムに手をかけた。「死に急ぐ?」彼の声は滑らかで、月光と同じく冷たく澄んでいた。
「僕の辞書にそんな言葉はない。女を守るのも、悪党を倒すのも、俺のライフスタイルさ」
その瞬間、魔人の顔に怒りが燃え上がる。
「ぬかせ!」
巨体が前に進み、その拳が大気を切り裂くように振り下ろされる。しかし、テヌートは微動だにせず、軽やかにピアノの鍵盤に指を走らせた。彼の動きはまるで演劇の一部であり、周囲の緊迫感を意識的に無視しているかのようだった。
彼の演奏が始まる。月光を浴びたホログラムのピアノが、3年前に発明されたピアノ用魔法曲、ムーンライトソナタの旋律を奏でる。ピアノから放たれる音は、夜の静寂を切り裂き、テヌートを包む月光が魔人に向かって光線となって反射する。音と光が一体となり、彼の周囲に神秘的な雰囲気を漂わせる。
「こんなもの効くかっ!」
魔人は叫び、光線を拳で弾き飛ばした。その力で遠くの山が揺れ、軽い土砂崩れが起きた。大地が震え、木々がざわめく。
その光景に僕の心は震えた。テヌートが、命をかけて僕のために戦ってくれている。このままではいけない。僕も何かしなければならない。声は出せないが、サックスの音は響かせられる。僕はサックスを手に取り、すぐに風の魔法を奏でる準備を始めた。
だが、テヌートが僕の方に目を向け、微笑んで言った。
「ほう、そのサックスはただの飾りじゃないみたいだな」
彼の目が一瞬輝いた。
「僕とセッションしないかい?」
その言葉に、僕の胸の奥で何かが燃え上がる。セッション魔法――アドリブで一定のスケールでセッションすると、ランダムで強力な魔法が発動するという噂が頭に浮かぶ。僕は深く息を吸い込み、サックスを唇に当てた。息がサックスを通り、音が空気を震わせる。
テヌートは僕の演奏に合わせてピアノの伴奏を始めたが、彼のリズムはどこか硬く、クラシックのリズムに引き戻されてしまっている。
「それは、スウィングのリズム!」
テヌートが叫ぶが、その音色にはどこか違和感があった。彼が合わせようとするジャズのリズムに乗り切れず、重苦しいクラシックの響きが僕のサックスと噛み合わない。
魔人はその隙を見逃さなかった。
「その程度か!」
彼は闇の拳を再び振り下ろし、僕たちの魔法を押し返してきた。竜巻の勢いは弱まり、火の力も魔人の闇に飲み込まれ、決定的な一撃を放つことができなかった。
僕は焦りながらも、心の中で叫んだ。
「リズムだ……僕たちのリズムを合わせなきゃ……!」
息が上がりそうになる中で、もう一度サックスに吹き込む。今度は心を落ち着け、テヌートに合わせるのではなく、自分のリズムを信じることにした。
テヌートは僕の目を見つめ、深呼吸をして指を動かし始めた。彼の音が次第に僕のリズムに溶け込み、ジャズの軽やかなスウィングが再び響き始めた。ピアノの音が僕のサックスと共鳴し、一つの旋律が森に溶け込む。
僕たちの音楽が一体となり、風と炎が再び力を取り戻した。ジャズのリズムに乗ったテヌートのピアノが、僕のサックスと完全に調和し、魔人に向かって放たれた。魔人は驚愕の表情を浮かべたが、もう手遅れだった。
「何だこれは……!」
魔人の声が揺らぎ、闇の力が音楽の力に押し戻される。炎を纏った竜巻が魔人の巨体を再び包み込み、今回は完全に飲み込んだ。音楽の力が増幅され、竜巻がさらに強力な力を発揮する。
「今度こそ終わりだ!」
僕は心の中で叫んだ。
テヌートも同じ思いだったに違いない。僕たちの息が完全に合ったその瞬間、光の柱が竜巻に変わり、魔人を貫いた。魔人の断末魔の叫びが森に響き渡り、彼の体は再び砂のように崩れ落ち、そして完全に消滅した。
森の中は再び静寂に包まれ、月光が優しく僕たちを照らした。肩で息をしながら、僕はサックスを見つめ、そしてテヌートに視線を移した。彼は疲労の中で微笑んでいた。今度は僕たちの音楽が魔人を打ち倒したのだ。
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