第13話 母エリーゼとの接触
<ラルゴ>
翌朝、執事さんが準備した朝ごはんも食べずにフォルテは僕の手を引っ張って屋敷を出ていった。
森の行く手には木漏れ日が漏れ、青い鳥がさえずっていった。
目線で「食べていこうよ」と訴える僕に対して
「あんなやつにこれ以上世話になるわけにはいかない。だいたい、君は無防備すぎ。女としての自覚が足りない。私の体があいつに触られたらと思うと虫唾が走る」
僕の心が見抜かれていたらどうしよう。
「あと、君ねえ。男に惚れっぽすぎ。どういうメカニズムなのかわからないけど、男に惚れたら体光るでしょ?」
み、見抜かれてる。知られたくないのに知られてる。
「だから、手をつないで帰ろう。あいつ、どうせ、窓から見てるんだ。見せつけてやるんだ」
自分の身体を守るためとはいうものの、ちょっと、大げさじゃないかな。ううう。自分を女の子であると意識するようで恥ずかしい。フォルテと手をつないでるなんて、しかも、お互い体を入れ替えたままで。だが、なぜか、体は光らなかった。
何はともあれ、僕たちは、生まれ故郷の村に帰ったのだった。
「どこ行ってたの!」
フォルテの家で出迎えたのは、フォルテのお母さんのエリーゼさんだった。きれいな女性だ。
「エリーゼさん。ごめんなさい。フォルテのやつが夜中に探検しようっていうから仕方なく。それじゃあまたね」
と、一方的にまくしたてて人に責任押し付けて去っていった。入れ替わったことも言わないし! そんなわけで、僕とエリーゼさんはふたりきりになったのでした。
「まったくもう! フォルテったら、入れ替わったことも言わないんだから。ねえ」と自然体で腰に当てて怒りだす。
さて、どうやって誤魔化そうか。ん? 待てよ。僕たちが入れ替わってることに気づいてるの? どうやって誤魔化そうか考えてたのに初手から、バレてる。チェスプロブレムすらさせてもらえない。
「ふふ。驚いたでしょ。おばさん。ちょっとした、入れ替わりのプロなのよ。あら、大変。声を出せない呪いもかけられてるじゃない。そっちだけでも解呪してあげるわね。ちょっと待ってて。HAAAAH!LA!LA!LA!LA!AAAH!」
お腹を押さえながら、異世界地球の西洋のクラシック歌手がするようなウォーミングアップをしはじめる。低音にはじまり、高音域までリズムよく声を出していく。フォルテのお母さんすごいな。確か昔、みにくいあひるの子の芝居を成功させたことがあると聞いたことあるが、この声を聞けば納得だ。
「さて、解呪の女声魔法を唱えるわよー!」
高音の流れるような歌声を聞かせられる。ビブラートが効きすぎていて頭が痛くなる。っていうかご近所迷惑じゃないかな。でも、もう朝の9時半だからいいかな。なんて時計を見やり思っているうちに、喉を締め付ける感触が弱くなる。
「どう? 喋れる?」
「あ、あ、喋れる! 喋れます! エリーゼさんすごい!」
フォルテの声を自分が操っているのが変な気分だ。
「そうでしょう。なにせ、私は魔法の研究者なんだから。最新の呪術、魔法研究なんかもなんのその!」
「ついでに、筆談できない呪いも!」
「まっかっせなさい!」
ハイトーンボイスが響き渡り、指の関節に力が戻る。よくこんな指でサックス演奏できていたなって我ながら思う。
「そのサックス、小屋に置いてたやつでしょ?」
「あ、はい。ごめんなさい。ちょっと、使わなきゃいけないことがあって」
「誰かと戦ったのね」
ちょっと低くて怒ったようなトーンで言ってくるのしまったと思った。口が軽い自分が嫌になる。
「もしかして森に棲む魔女?」
ひいっ! 当てられてる。僕の表情を見て、優しい顔がジト目になる。
「危ないところに行っちゃダメじゃないの! こうして呪いもかけられちゃうし! 死んじゃうかもしれない!」
「ごめんなさい」
言ってることはまったく正しかった。なんで、あんな危険なことしちゃったのだろう。
あれ? なんか家に向かって怪しい黒服の男たちが近づいてくる。少し小走りに。
「中で待っていなさい!」
エリーゼさんはドアを手早く開けると、僕を家の中に押し込んで閉めた。僕を守ろうとして戦おうとしてるんだ! エリーゼさんが危ない! ドアをカチャカチャとひねるが、開かない。魔法の鍵がかかっている。
しばらくして、きれいな音色が鳴り響く。この楽器の音色は耳にしことがある。フルートだ。
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