第22話 向かう先は斜め上


 ほとんど触れたことのないジャンルであったが、格闘ゲームというのはとりわけ難しいゲームだと感じる。


 そもそも必殺技のコマンドが安定しない。単純な移動や攻撃であればまだしも、細かなレバー入力や操作精度を求められると途端にハードルが跳ね上がる。


 画面上にいるキャラクターは虚空こくうに向けて拳を繰り出し、意図せずジャンプしながらの足技を繰り出したりと、俺の素人しろうとぶりを見事なまでに反映してくれる。いっそ見ていて恥ずかしいぐらいだ。


 つたない立ち回りとは裏腹に、他方、芽衣さんは洗練された動きで俺を追い詰め――華々しい筋書きは漫画や、それこそゲームの中でしかありえないのだろう。


「あの、芽衣さん」


 隣に座る彼女とゲーム画面を交互に見やりながら、


「すごく聞きづらいんですが……本当に、格闘ゲームを遊んだことが?」

「は、はい……! 四人ですごろくをしながら“星”を取り合うゲームで、その中のミニゲームにみんなで殴り合うものがあるのですが――いたっ、これ思ってたのと全然違いますわぁっ!?」

「思いっきりパーティゲームじゃないですかそれ……! どうりで、何と言うか……」


 あまり上手じゃないんですね、とは言えなかった。


 焦るあまり、レバーを上に倒しっぱなしにしていることに気付いていないのか。芽衣さんのキャラクターは前へ後ろへ、俺のキャラクターの頭上をバッタのように飛び跳ねながら忙しなく剣を振るっている。


 かくいう俺も、その動きに翻弄ほんろうされる始末だった。


 攻撃を当てようとするもとらえきれず、じわじわと体力を削られていく。実力的には完全にどんぐりの背比べといった具合で、悲しいことに戦いの絵面は見るに堪えないものだった。


「ぎ、銀平さま! 離れないでくださいませ! 剣が当たりませんわっ!?」

「嫌ですよ、ずっとチクチクされるじゃないです――あっ」


 自分のキャラクターに画面が寄った瞬間、技の構えをとりながら電撃のようなエネルギーが全身をほとばしる。そのまま気合の入ったボイスとともに両腕を突き出し、


「……とても綺麗な光が飛んでいきましたわね。お空の方に」


 ――頼むからそこはまっすぐ撃ってくれ。


 文字通り斜め上に放たれたエネルギー波はむなしく霧散むさんし、とどめの一突きをくらったキャラクターがダウンする。必殺技のコマンドが成立したのはまったくの偶然だったが、逆転の一撃にはなり得なかった。


 その後も何度か対戦を重ねてみたが、俺も芽衣さんも初心者同士。内容は必然、牧歌ぼっか的なものに成り下がる。


 ふらふらと動き回り、ぽかぽかと殴り合う。キャラクターを操作している間は必死でも、それが見映えのいい試合かと問われれば答えはノーだった。不格好なダンスのように、ただぎこちなさが目立つだけ。


 しかし、対戦後に吸った外の空気が美味しく感じられたのは、それだけ夢中になっていた証拠だろうか。


「――凄いですね。上手い人はこんなふうに戦うみたいです」

「次元が違いますわぁ……わたくし、ただ飛び跳ねていただけですもの」


 ほどなくしてやってきたお昼時。俺たちは立ち寄ったレストランの一席で、先の格闘ゲームの、プロゲーマー同士による対戦動画を眺めていた。興味があるから見たというより、注文が届くまでの時間を潰すために。


 半地下に構えられた店舗は隠れ家的な雰囲気が漂わせ、ゆったりとしたピアノの音楽が穏やかな空間を演出。混雑するであろうお昼時でも、店内には落ち着いた様子で食事を楽しむ客が多かった。


 フィーリングにしたがって選んだ店だが、悪くはない。


「振り返ってみれば、今まであまり、ありませんでしたわよね。こういった時間は」


 呟きながら、芽衣さんが前のめりになっていた姿勢を正す。俺はスマホをしまってから、


「目的ありきで動いてましたからね。何のしがらみもない自由時間となると、今回が初めてなのかも」

「不思議ですわ。銀平さまと知り合ってから、もう二週間が経つというのに」

「あれ、もうそんなに経ちます……?」

「ふふっ。わたくしはまだ、という感覚ですけれど」


 大人と子供で、感じる時間の早さは異なると聞いたことがある。それでも二十歳になったばかりの俺にとっては、まだ自分が大人であるという感覚に乏しかった。一人で生活して、仕事をする。けれどこれまでの人となりを振り返るに、目の前にいる芽衣さんの方がずっと大人らしく見えてしまう。


 注文していた料理が届く。俺も芽衣さんも頼んだものは一緒で、夏野菜のカルボナーラ、それからひとつのマルゲリータをシェアして食べる。


 ピザ生地のもっちりとした食感に芽衣さんの頬が緩み――俺はと言えば、ユミさんにおごってもらったガレットの食感を思い出した。ひるがえって、それが眠りかけていた疑問を呼び覚ます。


「芽衣さんって……どうしてボランティアを始めようと思ったんですか?」


 ――なんであんな子がボランティアしてるんだろう。


 他ならぬユミさんの口からこぼれ落ちた言葉が、今度は俺の唇を借りていた。


「どうして、ですか?」

「あ……いえ別に、ふと気になったというか。そういえばどうしてなんだろうって、本当に今さらですけど」


 言い訳がましく言葉を並べると、品のある淡い微笑みが返される。細い指先が髪の毛を遊び、伏せた瞳にはほんのかすかに、仄暗ほのぐらさが見え隠れする。


 芽衣さんは口を湿らせる程度に水を含み、


「小学生だった頃、いじめられている男の子がいましたの」


 ドアベルの音が鳴り響く。

 転がり始めた話の種に、俺は黙って耳を傾けた。

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