第6話 背反する空の下で
ファミレスの店内は
時刻は午後四時半過ぎ。窓越しに見える夕陽はオレンジ色に街を染め上げ、水たまりをきらきらと輝かせていた。
「あの、ティラミスを頼んでもよろしいでしょうか?」
遠慮がちな芽衣さんに俺はひとつ
「どうぞ。会計も俺が持ちますから、気にせず」
「まあ……! では、お言葉に甘えて!」
下手に気を遣われるより、素直に頼られた方が居心地がいい。
二十歳の整形野郎が、五歳も年下のお嬢様とファミレスにいる――いや、人によっては五歳しかにもなるのだろうか。どちらでもいい。何かボタンの掛け違いでも起きなければ遭遇し得ないシチュエーションに、乾いた笑みがこぼれそうになる。
ドリンクバーを二つとティラミスを一つ。店員にオーダーを告げた俺たちは、各々の飲み物を取りに立ち上がる。
「銀平さまはご実家にお住まいなのですか?」
「……いいえ、今は一人暮らしです。そういう芽衣さんこそ、実家暮らしに見えますが」
「ふふっ、そうですわね。でも将来的には一人立ちしたいみたいなぁ、なんて」カップに紅茶のパックを入れて、お湯を注ぎ始める。「……そうですわ。せっかくですし、お部屋選びのコツもお聞きしたいのですがっ!」
「気が早いですね……けど、その話はいったん横に置いておきましょう」
そこまで付き合いが続けばいいですけどね、という言葉は、席に戻ってジンジャーエールで流し込んでしまう。
芽衣さんについてはまだ表面的なことしか分からないが、家や家庭に深刻な問題を抱えているようには思えない。となると、自分のやりたい事や夢を叶えるために自立したいと考えるのが
彼女には選択の自由がある。両親の事故をきっかけに自立を余儀なくされた俺とは正反対だ。
「それで芽衣さん。その、ボランティアというのはいったい……?」
ティラミスを平らげたタイミングで本題にメスを入れる。
芽衣さんは口の端についたチョコレートパウダーを拭き取り、紙ナプキンと一緒に皿をどけた。正された姿勢にこちらの背筋も伸びてしまう。
「地域のゴミ拾い、それから学校にいけない子供たちに勉強を教えたり、体が不自由な方やお年寄りのお世話をしたり……内容は様々ですわ。困っている人を支援したり、住みやすい街にするために活動していますの」
当たり前のことですが、と小さな笑みを添えられる。彼女が語ってくれたのは、探せば日本中のどこにでもありそうなボランティア団体の手伝いをしているという話だった。
活動内容は先に同じく、他には団体が運営しているボランティアハウスの利用者を海や山まで介助し、自然と触れ合うことを目的とした行事もおこなっているらしい。言い方は悪くなってしまうが普段の活動が比較的地味である分、華があるイベントだと思える。
しかし、俺に子供や老人の相手が務まるだろうか。
高校受験の際は必死になって勉強したが、以降の学力は下り坂。年配の人とはそもそも接する機会すらほとんどなかった。俺が役に立てることなど、せいぜいゴミ拾いが関の山ではないだろうか。
「……いろいろやられてるんですね」
苦し
――今からでも断った方がいいのかもしれない。
弱気な影が差した時、芽衣さんはスマホを操作して画面をこちらに差し出してくれる。見せてくれたのは、ボランティアの活動中であろう写真だった。
「わたくしが勉強を教えている中学校の子、先日テストの点数が六十点を超えたと言ってくれました」
「……前の点数は?」
「たしか、三十八点」にこりと微笑んで次の写真へスクロールする。「敬子おばあさ――ええと、このおばあさまはお手玉が上手なので、今度はわたくしが教わっていますわ。いつも孫が出来たみたいだと可愛がってくれますの」
さらに次の写真へスクロールされると、俺はグラスに伸ばそうとした手を止めてしまった。
「……この子は……」
「はい。笑顔がとても素敵な男の子です」
――片腕が、ない。
白い砂浜、深く鮮やかなコバルトブルーを
それでも間近で見た人間にとっては、かけがえのない笑顔だったのだろう。
ふと七夕まつりの日にゴミ拾いをしていた芽衣さんを思い浮かべれば、なるほど彼女の奉仕精神がどうやって育まれたのか、今なら容易に想像ができてしまう。
俺は同意を示すどころか、お茶を濁すようなことさえ呟けなかった。
「特別な何かが出来るとか、経験があるとか……突き詰めていけば、もちろん必要なのかもしれません。ですが困っている人を助けようと思った時、まず必要なのは……優しさがあることと、人に対して誠実であること。それが大切なのだと、わたくしは思いますわ」
目の前にあったハードルがぐん、と小さくなる。まっすぐで穏やかな視線は、俺にはどこまでも大人びて見えた。
「近々また別のボランティアがあって、銀平さまにはわたくしと一緒にそれを手伝っていただけたらと考えておりますの。場所は岩手で、一泊二日の予定になってしまうのですが……」
「……具体的にいつ?」
「はい。来週の土曜日と日曜日に――って」
途端に驚くほど
「も、もしかして銀平さまっ、やる気になってくださったのですかっ!?」
「え? あっ……」
俺は無意識のうちに自分が口にしてしまった言葉に気付いた。
「嬉しいですわぁっ! 自分から興味を持っていただけるなんてっ!」
「き、興味って……! そこまでじゃないですけど、その、なんというか……!」
「はい?」
「……困ってる人がいたら手を差し伸べるようにと、言われた事があるので」
親がいなくなっても受け取った言葉は生きている。その事が嬉しくもあり、けれども自分の泣き所にもなってしまったようで、素直に喜ぶのは難しかった。
先の説明に
さらに詳細な内容を――と踏み込もうとしたところで、芽衣さんの視線がしきりに時計を気にし始める。
「もしかして、門限が?」
何の気なしに置いた言葉ではあったが、図星だった。どこか困ったように笑いながら、
「ええと……はい。どうしましょう、また次に会う約束をして……」
「……いっその事、連絡先を交換するのはどうでしょう」俺はチャットアプリを起動し、友達登録用のQRコードを差し出す。「あとはたぶん、内容とか注意事項ですよね。タイムラインに残しておけば後で確認もできますし、やり取りもできますから」
俺からそんな申し出をされるとは思っていなかったのか、ただでさえ丸い芽衣さんの瞳がいっそう丸くなる。それでも最終的には理性が戻ってきたようで、やや慌てた様子で連絡先を交換してくれた。
友達リストに表示された名前は“さなだめい”。
窓枠に切り取られた空は
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