第2話 謎の大剣豪はバズりたい。
「……いつになったら
掲示板を騒がしている謎の大剣豪こと
齢十六の女子。黒髪、長髪、袴。
風貌は侍たがわぬ、それもそのはず、彼女はかの有名な大剣豪の末裔だった。
岡山の集落、師である叔父の元で幼き頃から剣を振っていたが、この夏、叔父の死をきっかけに東京へ引っ越してきたのである。
椿姫の夢は宮本の名と剣術を世に広めること。だがしかし、その手段が分からない。
渋谷のハチ公前で通りすがりに尋ねたところ「ダンジョンで魔物を倒せばバズるんじゃないですか?」 と若人に教えてもらった。
紆余曲折を経て、椿姫は何とかダンジョンに辿り着いたのだが、一向にバズらない。
それもそのはず、椿姫は配信をしていなかった。
そもそも、住んでいた場所には電波がなかった。椿姫は、スマートフォンの類も持っていない。
入口で独り言を叫んでいる人、ダンジョン内部で面妖な四角い機械を持つ者を見かけたが、都会は寂しがり屋が多いと聞いていたので、椿姫は気にしなかった。
自分に出来ることは剣しかない。叔父の剣をバズらせるには、とにかく魔物を倒すこと。
しかし、倒せど倒せど何も起きず。
一体何が間違っているのか、椿姫はまたハチ公前にわざわざ出向いた。というか、椿姫は都会といえばここしか知らない。
するとそのとき尋ねた、面妖な音を耳から鳴らしている女性から、「ググったら?」に言われたのだ。
椿姫は急いでダンジョンに向かった。それっぽい穴を見つけては潜ってみたが、何も起こらない。
「……まだ……私の研鑽が足りぬのか」
剣を振ることでしか自己表現ができぬ椿姫は、ふたたび手に力を込めた。とはいえ、椿姫にとってダンジョンは存外楽しかった。
魔物を全滅させたかと思えば突然に沸きはじめ、暗い廊下を歩行していれば剣山の落とし穴にかかる。それはまるで、かつての叔父が自身に仕掛けたものと似ていた。
懐かしい思い出に浸り微笑んでいると、
椿姫の耳は良い。
十キロ先の針の落ちた音が聞こえるとか、聞こえないとか。
誰かが襲われていることは容易に理解した。
椿姫は悲鳴に向かって走り出す。
視界の先、都会っ子な風貌、金色の長髪、女子が震えていた。
一軒家ほどの大型の魔物が数十体、椿姫は深呼吸した。
体の姿勢は、顔はうつむかず、あおむかず、かたむかず、曲げず、目を動かさず、額にしわをよせず、眉の間にしわをよせ、目の玉を動かさないようにして、またたきをしないような気持で、目をやや細める。
「宮本流――
上段から下段振り下ろしで、大型魔物の命を絶つ。
これは、椿姫の得意技である。
しかし彼女は知らない。その魔物たちが多くの探索者を震えさせている最強魔物種だったことも。
深淵を見据えし闇の魔龍カラザール。
業火の灼熱の鬼神イグニス。
巨岩の巨人ゴルガン。
全ての防御を打ち砕く攻撃を寸前で回避しながら、椿姫は敵の戦闘力を削ぎ落していく。
その鋭さは鬼人の如く。
そのとき、声が聞こえた。椿姫の耳に入るが、今は必要がないと雑音として処理をする。
”は? 何者!?”
”袴!? これ、大剣豪じゃね!?”
”マジ!? いや、視えねえんだけど!?”
”ぐえええええええ、動きが見えねええ!?”
”……は? 今のなに? え? どうやって倒したの!?”
”今のカラザールだろ!? 鋼の肉体って話じゃ……?”
”いやそれより巨岩をまるでプリンみたいに斬ってね!? 嘘でしょ!?”
”やばいやばいやばいw イグニスがまるでおもちゃみたいにあしらわれてるw”
”とんでもねえ大剣豪wwww”
”残像しか見えねえwww”
”こりゃ予想以上だわ”
椿姫は叔父の形見である日本刀を所持していた。ダンジョンが現れていなければ、おそらく椿姫は銃刀法違反で逮捕されていたくらいに世間を知らない。
時代が、彼女の味方をしていた。
椿姫の刀には鍔がない。
受け流すこと、それすなわち弱者――叔父の教えを守り、椿姫は攻撃を受けず、魔物を倒していく。
その姿は鬼人の如く。
全ての魔物を地面に触れ伏せさせたあと、金髪女子に近づいていく。
「……だ、だだ、だだ大丈夫か? け、け、け、怪我はないか?」
椿姫は極度の人見知りである。
生まれてからずっと叔父と生活しており、都会に来てから他人といえば駅員と
今は一人暮らししているが、それも叔父の親戚が手配してくれた。椿姫は立ち合いの際、緊張で固まっていた。
特に年齢の近い女子と話すことは、椿姫にとって自力で空を飛ぶくらいの難易度である。
突如、またもや声が聞こえた。
”大剣豪って、侍だったんだ!?”
”強めちゃくちゃ可愛くね?”
”同接続凄いことになっているぞwww”
”可愛すぎるwww”
”何だこの日本美人”
”マジで綺麗だな”
”こんな可愛い人が、さっきネームド級をぶち殺してたの……?”
”マジかよwwwwwww”
”美人すぎる”
椿姫は、眉をひそめた。
面妖な機械が言葉を話している。
何度か見たことはあるが、こんな近くで見るのは初めてだった。
するとそのとき、目の前の女性が声を上げた。
「あ、ありがとうございます! あ、あの、助けてくださって!」
礼を言われ、あまりにも恥ずかしくなった椿姫は、頬を赤らめた。
”剣豪照れてね?w”
”可愛すぎるwww”
”これは照れてるwww”
”強くて照れ屋さんは可愛すぎんだろww”
”好きです”
椿姫が助けた女子は、界隈で有名なダンtuberだった。
類まれな美貌を持ち、人助けしながら配信をするその姿に多くの視聴者が心を打たれ、先日100万人を超えたところだ。
その際、迷惑ダンtuberのせいで
「……気にするな。早く後ろの扉から出た方がいい。――まだ来るぞ」
椿姫は魔物の気配を感じ取ると、女子の前に立つ。
「で、でも!?」
「――ここから去れ」
「……は、はい!」
椿姫は女子が扉から出るのを確認したのち、笑みを浮かべた。
「ふふふ……初めての友達ができたぞ」
当然だが、椿姫はコミュニケーション能力が乏しく、友達はいない。
剣が友達ではあるが、人間の友達が欲しいと思ったことはある。
一度だけ、岡山の都会に出たとき、同じ年齢の女子たちが仲良くアイスクリームを食べていた。
椿姫はそれを眺めて、羨ましいなと思った。
だが当然、それを叔父に言うことはなかった。
椿姫は、会話さえすれば友達になると本気で思っていた。
山の動物友達は、そんな感じで出来たからだ。
そして叔父が亡くなってから、ずっと心にぽっかり穴が開いていた。
1人は、寂しかったのだ。
椿姫は表情を戻すと、ふたたび駆けた。
初めての友達に興奮しつつも、椿姫は表情を切り替えた。
そして、おそろしいほどの集中力を見せる。
大型の魔物は、先ほど以上に増えていた。魔力を漲らせ、どう猛な牙をギラリと光らせ、唾を垂らす。
椿姫は深呼吸した。油断せず、魔物を一撃で堕とす。
大型魔物が一斉に悲鳴を上げた。耳をつんざくような叫び声が、ダンジョンの中に響き渡る。
しかし椿姫は眉一つ動かすことなく、剣を水平に構えた。
「――宮本流、
瞬間、軌跡――
剣尖から放たれた空斬撃が、その場の空気を切り裂くと、乾いた音が鳴った。
次の瞬間、前方にいた魔物たちの身体が
そして悲鳴も上げることなく、真っ二つとなり倒れこんだ。
だがそれを見て、椿姫はふうとため息をつく。
「……まだまだだな」
叔父ならばすべてを切り裂いていただろう。己の未熟さに悲しみを抱きながら、後方に控えた魔物に駆けた。
全てが終わり、友達ができた嬉しさと合わさって、何とも言えぬ感情がふつふつと湧いてくる。
そして、一人ごちる。
「……バズるには、どうしたらいいのだ。教えてくれ――
それから椿姫は、柱に空いた穴を見つけ、静かに潜ってみたが、やはり何も起こらなかった。
そして知らなかった。
先ほどの配信が、ダンジョン始まって以来の最高同時接続者数100万人を記録していたことを。
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