第29話 ウォーターサクリファイスvs水着の大剣豪=???

 “残すは宮本――ただ一人”

 “みんな順調に水着姿になっていっているな”

 “なあに、まだ楽しみが残っていると思えば悪くない”

 “ていうか、これ未到達ダンジョンの配信だよね? ……緊張感どこ?”

 “属性付きダンジョンは、本来無条件で『A』認定だもんね”

 “未到達は一階あげるだけでも数か月かかるはずなのにな”

 “それだけ危険と取り合わせだからなあ”

 “三階層から大型級ネームドが出現可能性は高い。そろそろヤバイの来るぞ”


「にしても、魔力減退効果は思っていたよりも効果が強いね。みんなは大丈夫?」

「私は何とか大丈夫です! 治癒ヒールもできますので、おっしゃってくださいね」

「小倉はなんかちょっと疲れてきましたー!」


 帆乃佳は上半身がすでにあらわになっていた。たゆんたゆんの黒ビキニ。

 伊織は、たゆんたゆんたゆんたゆんぐらいある。パレオ付きのブルー。

 小倉は、ビキニのピンク色。スポーツタイプで、引き締まったふとももが見えている。たゆん。


 配信は既に最高潮だが、ここで更に加速する。しかし、それは悪い意味で。


「――な、サクリファイス!? みんな武器を構えて!」


 帆乃佳が初めて本気で叫んだ。それに気づいた全員が警戒する。


 目の前から現れたのは、超大型級の魔物、サクリファイス。

 巨大な体躯、身体中に無数の目が付いており、そこから凄まじいほどの魔力漲っていた。

 目は回復機能がついており、ダメージを受けても、残った目が別の目を癒していく。


 ファイアダンジョンでは無敵のボスとされており、『A』級が束になってもかなわず、討伐困難指定で手配されている。


 しかしここはボスではなく――まだ、第三層である。


 風貌はウォーターダンジョンということもあって大量の水によって形どられていた。動くたびに、水が跳ねる。


 まさかの魔物の出現に視聴者は混乱していた。


 “サクリファイス!?”

 “大型級こいとか思ってたけど、これはマジやべえ……”

 “マジで逃げてほしい”

 “討伐不可能で撤退したボスだよね……?”

 “いやでも、この面子なら……”

 “流石にヤバイって”

 “俺も逃げたほうがいいと思う”


「小倉、どう思う」

「結構ヤバイですね。私は即撤退したいですが、逃がしてもらえるかどうか」


 帆乃佳の問いかけに、小倉が真剣な表情で答える。

 ダンジョンの外に出るには、特殊なアイテムを使うか、元来た場所から戻るか、特殊な出口を見つけるかの三択。

 アイテムに関しては使用不可能だった。それは、既に全員が把握している。

 後ろへ戻るには、しんがりが必要だった。


 それに気づいた伊織が、魔力を強くみなぎらせる。


 しかしそこで椿姫が前に出た。目覚めし者アウェイカーの武器である、光の剣と闇の剣を両手に携えながら。


「私は魔力減退の影響を受けていない。任せてくれ」

「椿姫、さすがにあなたでも危険よ」

「かもしれないな。帆乃佳の言葉は信じてる。――だが、自分の力を試してみたいんだ」


 椿姫は臆するどころか武者震いしていた。それに気づいた帆乃佳が、同じように頬を緩める。


「まったくあなたは変わらないわね。伊織さんは――」

「もちろん。私はみんなの防御シールドをしますから」

「なら……小倉も頑張ります。でも、ダメそうだったら逃げましょうね!」


 “マジかよ!?”

 “絶対に死なないでくれ”

 “この面子なら……いやでも”

 “大剣豪ならいけるかも”

 “流石に不安だ”

 “でも確かに逃げるにしても時間稼ぎは必要だよな”

 “攻撃パターンもダンジョンによって変わるしね”

 “気をつけてくれ……!”



 コメントが鬼のように流れていく。しかし椿姫はまったく逆の事を考えていた。

 誰にも勝てないであろう敵。魔物。未知の攻撃。


 それが自分の身に降りかかるであろうと思うと――気分が高揚してしまう。



 ――椿姫よ。お前は天性の素質を持っている。それは努力ではどうにもならぬものだ。


 ――叔父様、それはなんでしょうか。


 ――戦う事が、何よりも好きなことだ。



「――さあ、何を見せてくれる」


 椿姫が勢いよく飛び出す。サクリファイスは、少しだけ怯えたかのように声を上げた。

 耳をつんざくような高音、椿姫以外の三人が、思わず顔をゆがめる。


 それは、配信の音声にも通じていた。。


 “い、いてえええええええ!?”

 “動画配信でも耳が痛いんだが”

 “これ、実際はどうなってんだよ”

 “びびってヘッドフォン外したわ”

 “この中で駆ける大剣豪やばすぎる”

 “無理しないでくれええ”


 帆乃佳は一歩も動かなかった。

 臆しているわけじゃない。椿姫に危険が迫ったとき、長刀を伸ばせば間に合うという判断。

 何が起こるかわからない。ならばその渦中に行くわけにはいかない。

 何かあったとき、助け出す必要がある。


 だからこそのけん


 サクリファイスは、無数の目玉をぎょっと動かし、魔力をみなぎらせる。


 椿姫は高揚していた。

 何が起きるのか、どんな攻撃をするのか、椿姫の頬が緩む。


 直後、目から水の魔力砲が一斉に放たれる。その一つですら、今までの魔物以上の力を持っていた。


 当たれば椿姫でもただでは済まない。伊織は、すぐに防御シールドを構えた。

 しかし椿姫が、「――必要ない。まだ温存してくれ!」と叫んだ。


 伊織はそれを信じて待機。


 椿姫は、光の剣ライトソードで水魔法を斬る。


 身体をねじり、不必要な魔法は後ろに受け流す。その凄まじい速度は、動画で映らなくなっていく。


 “み、見えねえ大剣豪”

 “どんな眼をしてるんだ!?”

 “動画のFPSが追い付いてない”

 “これ……凄すぎるだろ”

 “大剣豪じゃなかったら身体中に穴が空いてる”

 “マジでヤバイ”


 それを見た帆乃佳と小倉が駆ける。

 ゼロ距離まで近づいた椿姫、ここから何が起こるかわからないと、魔力を漲らせる。


「――グォオオォオン」


 サクリファイスは、全身をさらなる水で覆った。

 椿姫は闇の剣ダークソードで切り刻む。直後、武器が魔力を吸収して水を帯びていく。


「――おもしろい。これが、この武器の本当の力か」


 更なる笑みを浮かべる椿姫。

 そこに帆乃佳と小倉が目を狙って攻撃を開始した。

 眼がつぶれると水が飛び散る。しかし瞬時に傷が塞がっていく。


 ギョロッと目が動き、帆乃佳と小倉に凄まじい魔法が放たれるも、それを完璧に防いだのは伊織。


 “すげえ、あれ防げるのか”

 “ファイアサクリファイスの攻撃、誰も防げなかったよな”

 “それよりも相手強そうだぞ……”

 “さす伊織”


「――お前の相手は、私だろう」


 椿姫は一言そういいながら、剣を突き立てた。

 ぐちゅぐちゅと水が飛び散り、深く中に入っていくと、断末魔を叫び始めた。


 暴れまわるサクリファイスに。帆乃佳と小倉は後方に下がるも、椿姫だけはその場にとどまる。


 次の瞬間、無数の手が出現した。その指先には、鋭利な刃物が光っている。

 一斉に切り刻もうとするが、そのすべての攻撃を椿姫は回避して攻撃、回避、攻撃。


 それはまるで演舞のようだった。帆乃佳も、小倉も、伊織ですらもただ見ることしかできなかった。

 やがてすべての水の防御が消え去ったとき、椿姫はため息を吐いた。


「――これで終わりか」


 まるで壊れたおもちゃを見るかのような瞳で、サクリファイスの命を絶つ。


 “……は、倒した?”

 “え、嘘でしょ!?”

 “マジ……!?”

 “大剣豪やばすぎる”

 “すげええええええええええええ”


 それにはさすがの帆乃佳も、呆れ顔だった。


「あなた、凄すぎよ」

「小倉、宮本さんには勝てないかもしれないです」

「ほんと、椿姫さんってすごい……」


 しかしそこで、異変が起きる。

 サクリファイスの死体が、突然グググと音を立てた。


 そして――はじけ飛ぶ。


 伊織は防御シールドを発動させようとしたが、その水が魔力を帯びていないことに気づく。

 帰り道の事を考えると、できるだけ温存していきたい。

 ただ、それだけだった。


 まるでプールのように流れこんでくる大量の水。

 そして――。


「……な――こ、これは今配信で見られているのか?」

「あら椿姫、可愛い水着じゃない(可愛い可愛い、好き好き好き好き。え、なんで、なんでなんで――純白の水着なの!? 清楚系? 可愛すぎ!!!)」

「宮本さん、可愛いですね!」

「……確かに、綺麗かも」


 “サブアカでもチャンネル登録しました”

 “ヤバイと可愛いと綺麗が見えるのは、大剣豪のチャンネルだけ”

 “えろ……すぎ……”

 “この性格、この強さで純白”

 “可愛いが渋滞しすぎている”

 “お前ら興奮してるのはわかるが、サクリファイス討伐したんだぞwww”

 “確かに。でも大剣豪の水着のほうが凄い・・


 未到達ダンジョンで異例のウォーターサクリファイスの討伐。

 それを行ったのは大剣豪率いる御一考。


 後にその切り抜きがニュースで流れるも、それを上回ったのは、大剣豪の水着姿だった。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 ウォーターダンジョン内、二階層。


「どうしたのゼニス、今もう二階層よ。今、サクリファイスはどうなってる? ――え、サクリファイスを討伐した!? え、どういうこと!? 四人で!? たったの四人で!? え、なんて!? 水着!? 大剣豪が水着!? ちょっと、アーカイブ保存しときなさいよ!? え、今配信に映るときっと非難されるから戻ってきたほうがいいです? ……私も生で水着みたいのに。――さて、帰り道ぐらいは確保しておくかな」


 びちょびちょのまま一人で帰る、アルメリア会長であったが、椿姫たちが元の道を戻るとき、魔物はただの一匹も出てこなかったという。



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